34 / 48
第二章 神崎透
第33話 運命の日①
しおりを挟む
寝汗を拭きながらフラフラと立ち上がった俺の目の隅で、一冊のノートが大胆に机の上に広げられているのが見えた。人格日記だ、と、すぐに分かった。
その広げられたノートの横に、事件ノートと、今回の事件についてこと細かく叙述された資料が置いてある。
それらを手に取る前に俺はやはり、そのいつもと違う人格日記に手を伸ばしていた。
昨日の人格は『怒』。日記には、見開きの両面を丸々使って、「今日は運命の日」とデカデカと書かれていた。
昨日の一日が書かれていたのはそのひとつ前のページだった。
長い。今まで透の中にいる住人たちは、『怒』ももちろん含めて、皆浅薄な内容や、単純な文を日記に記してきた。
だが今回あの短気な『怒』が生真面目に、罫線に沿ってまで文字を並べている。
何かを訴えているかのように感じた。
俺は資料、事件ノート、日記の三点セットを鞄に入れてから、『無』の一日を始めることにした。
自分の席に着くやいなや、俺はすぐさまさっきの人格日記を鞄から取り出した。勢いに任せてページを開こうとしたが、指は一旦躊躇する。
ここで読むのか? クラスの誰かに、何読んでるのとでも聞かれてみろ。お前は何て答える?
そんな自問に、答えを出すのは簡単だった。
関係無い。周りの視線など気にしない。この日記が、今回の事件を紐解く鍵になるかもしれないのだ。
その可能性がある以上、俺は今すぐにこのいち人格の記述を把握しなければならない義務がある。覚悟を持って俺はページを開いた。
収穫はあまりにも乏しかった。最初に眉間に力を入れながら熟読していた自分が恥ずかしい。視線を下に落とすにつれて、目の周りの力が抜けていった。
昨日の内容は、占い師の老婆の話がほとんどを占めていた。終盤の、「個人情報を的確に言い当てられた!!!」の文などさすがに目も当てられない。ビックリマークが書かれた紙面はくぼんでいて、癇に障るテカりを見せている。彼は興奮状態のまま書き殴ったのだろう。
客観的に見れば、とてつもなくバカバカしい内容だった。しかし、もし彼と同じ場面に立てば自分もこうなっていたかもしれない。まあ、『無』である俺がここまで気を乱すことは無いだろうが。ひとまず、一つの解釈の仕方では、この『怒』が書いたのは人格日記史上一番無味な内容になっていると言える。
問題はもう一つの解釈の仕方。〝これらの記述が全て真実だとしたら〟と考えた場合だ。勿論……もちろん有り得ないことだろうとは思っている。だが、「老婆は人格日記のことについても言ってきた」の文が咽に引っかかっているせいで、この可能性も考えざるを得なかった。
鞄にノートを入れ戻し、腕を組んで目を瞑った。俺は脳を絞って絞って苦しませた。老婆が何故日記について触れることが出来たのか、その珍事を暴くために。
三つ、可能性が浮かんだ。一つ目は、別人格が仕込んだ可能性。透の中の一つの人格が、他の人格を困惑させるため、一般人の老婆を何処からかしょっぴって来て道端に待機させたのかもしれない。これは、人格がお互いの記憶を共有出来ないからこそ出来る所業である。
老婆に、「~日にここで、いかにも占い師という雰囲気を出しながら待機してて! 別人格の俺が通ると思うから!」とでもお願いしたのだろう。……。
二つ目は、『怒』の勘違いである。『怒』がいくら字で昨日のことを書き起こそうとしても、記憶を持ち合わせていない俺にとってそれが事実であることを証明出来ない。同じ老婆をとっ捕まえて、「昨日俺に会ったか!?」と聞けばいい話だが、もちろん老婆の顔すら分からない俺には無理だ。だから、『怒』がただ日記のことを聞き間違えただけなのかもしれない。
……三つ目は、〝本物の占い師〟だという可能性だ。この場合、俺は『怒』が最後に書いた「今日は運命の日」を肝に銘じなければいけなくなる。……そんな脳内お花畑になるまで、俺の花壇は広くないんだがな。ともあれ、深く考えたくない可能性だ。
それから俺は、「松坂先生にハンカチ返すの忘れた」という、『怒』が日記に書いた唯一まともな文を思い出した。それはズボンのポケットにしまわれていたが、幸いシワは付いていない。
俺は教室を出た。
その広げられたノートの横に、事件ノートと、今回の事件についてこと細かく叙述された資料が置いてある。
それらを手に取る前に俺はやはり、そのいつもと違う人格日記に手を伸ばしていた。
昨日の人格は『怒』。日記には、見開きの両面を丸々使って、「今日は運命の日」とデカデカと書かれていた。
昨日の一日が書かれていたのはそのひとつ前のページだった。
長い。今まで透の中にいる住人たちは、『怒』ももちろん含めて、皆浅薄な内容や、単純な文を日記に記してきた。
だが今回あの短気な『怒』が生真面目に、罫線に沿ってまで文字を並べている。
何かを訴えているかのように感じた。
俺は資料、事件ノート、日記の三点セットを鞄に入れてから、『無』の一日を始めることにした。
自分の席に着くやいなや、俺はすぐさまさっきの人格日記を鞄から取り出した。勢いに任せてページを開こうとしたが、指は一旦躊躇する。
ここで読むのか? クラスの誰かに、何読んでるのとでも聞かれてみろ。お前は何て答える?
そんな自問に、答えを出すのは簡単だった。
関係無い。周りの視線など気にしない。この日記が、今回の事件を紐解く鍵になるかもしれないのだ。
その可能性がある以上、俺は今すぐにこのいち人格の記述を把握しなければならない義務がある。覚悟を持って俺はページを開いた。
収穫はあまりにも乏しかった。最初に眉間に力を入れながら熟読していた自分が恥ずかしい。視線を下に落とすにつれて、目の周りの力が抜けていった。
昨日の内容は、占い師の老婆の話がほとんどを占めていた。終盤の、「個人情報を的確に言い当てられた!!!」の文などさすがに目も当てられない。ビックリマークが書かれた紙面はくぼんでいて、癇に障るテカりを見せている。彼は興奮状態のまま書き殴ったのだろう。
客観的に見れば、とてつもなくバカバカしい内容だった。しかし、もし彼と同じ場面に立てば自分もこうなっていたかもしれない。まあ、『無』である俺がここまで気を乱すことは無いだろうが。ひとまず、一つの解釈の仕方では、この『怒』が書いたのは人格日記史上一番無味な内容になっていると言える。
問題はもう一つの解釈の仕方。〝これらの記述が全て真実だとしたら〟と考えた場合だ。勿論……もちろん有り得ないことだろうとは思っている。だが、「老婆は人格日記のことについても言ってきた」の文が咽に引っかかっているせいで、この可能性も考えざるを得なかった。
鞄にノートを入れ戻し、腕を組んで目を瞑った。俺は脳を絞って絞って苦しませた。老婆が何故日記について触れることが出来たのか、その珍事を暴くために。
三つ、可能性が浮かんだ。一つ目は、別人格が仕込んだ可能性。透の中の一つの人格が、他の人格を困惑させるため、一般人の老婆を何処からかしょっぴって来て道端に待機させたのかもしれない。これは、人格がお互いの記憶を共有出来ないからこそ出来る所業である。
老婆に、「~日にここで、いかにも占い師という雰囲気を出しながら待機してて! 別人格の俺が通ると思うから!」とでもお願いしたのだろう。……。
二つ目は、『怒』の勘違いである。『怒』がいくら字で昨日のことを書き起こそうとしても、記憶を持ち合わせていない俺にとってそれが事実であることを証明出来ない。同じ老婆をとっ捕まえて、「昨日俺に会ったか!?」と聞けばいい話だが、もちろん老婆の顔すら分からない俺には無理だ。だから、『怒』がただ日記のことを聞き間違えただけなのかもしれない。
……三つ目は、〝本物の占い師〟だという可能性だ。この場合、俺は『怒』が最後に書いた「今日は運命の日」を肝に銘じなければいけなくなる。……そんな脳内お花畑になるまで、俺の花壇は広くないんだがな。ともあれ、深く考えたくない可能性だ。
それから俺は、「松坂先生にハンカチ返すの忘れた」という、『怒』が日記に書いた唯一まともな文を思い出した。それはズボンのポケットにしまわれていたが、幸いシワは付いていない。
俺は教室を出た。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる