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最終章
夢の名を待つ子
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私はソファの端に腰を下ろした。
膝に両肘をつき、顔を覆うように手を当てる。ロボ犬は足元でのんびりと体を動かしているが、そんな様子さえ白々しく見えた。
「おかしいな……こんなはずじゃ……」
私はつぶやいた。
かつて、科学は未来を変える魔法だった。
空想は現実になるはずだった。
そのために私は人生の半分を賭け、装置を作り、眠りについた。未来を信じて。
「これのどこが未来なんだ……」
アトムは何も言わない。ただ背を向け、部屋の片隅で何か書類を片付けている。
「もう一度、眠らせてくれ」
私のその言葉に、アトムの眉が動いた。
「……は?」
「これは“未来”じゃない。だから、もう一度眠る。次の時代に――アトムがいる世界に行くんだ」
「……はぁ?」
アトムは鼻で笑った。
「冗談だろ。30年もコールドスリープして、起きて、現実が気に入らないから“やり直し”ってか? そんなの、ただの逃げだろ」
「逃げだと?」
私は立ち上がった。足元がふらつくが、怒りが支えになった。
「オレは、夢を信じて生きてきた。科学がすべてを変えると信じて、人生を賭けた。お前にその重さがわかるか!」
「重さ? 何の話してんだよ!」
アトムも立ち上がる。
「勝手に眠って、勝手に父親ヅラして! こっちはお前がいない30年を現実として生きてきたんだ! 理想だの夢だの押し付けんなよ!」
そこで、アトムの声が少しだけ震えた。
「本当はさ……普通の親子が良かったんだよ」
私は言葉を失った。
「キャッチボールしてさ、運動会に来てくれて、勉強教えてもらって……そういうのが、羨ましかった。ただ、おかえりって言いたかった。でも、言えなかったんだよ。あんたはずっと夢の中にいたから!」
胸の奥を、何か鋭いもので貫かれた気がした。
「お前は――お前は、“アトム”なんだぞ……!」
「だから何!? 俺は飛ばないし、悪を倒す正義の味方でもない。ただの人間だよ! 期待なんか知らない! “アトム”の名前を押し付けたのはそっちだろ!」
「それでも……!」
「もういい!」
アトムが叫んだ。
「この時代に生まれたなら、この時代で生きろよ! 失望した? だったら何だ? お前の未来は、お前だけのもんかよ!」
「……お前に、オレの痛みがわかるか……!」
「わかるかよ! でも、だからって全部投げるなよ……!」
部屋に、怒鳴り声の残響だけが漂う。
ロボ犬が驚いたように、少しだけ動いた。
どちらからともなく、静かになった。
アトムが、ぽつりとつぶやく。
「装置は……もう動かない。冷却系が死んでる。修理は無理だった」
私は、空になった装置を見下ろし、乾いた笑いをもらした。
「……そうか。夢は、また逃げたな」
しばらく沈黙が流れた。
「……今日はもう、遅いな」
私はそう言って立ち上がり、背を向ける。
「明日、私の故郷に行かないか? 30年の埋め合わせとは言わないが……これから、よろしく頼む」
アトムは驚いたようにこちらを見たが、やがて、静かに頷いた。
二人で寝室に向かって歩き出す。
部屋の灯りが消える。
――それから、少し時間が経った。
別の部屋に、アトムがひとりで戻ってきた。
コールドスリープ装置の前に立ち、そっと手を添える。
中に貼られた、色褪せた少年の落書き。
空を飛ぶロボット、笑っている家族、そして「未来」の文字。
「……母さんまで、あと十年か……」
ぽつりと呟き、灯りのスイッチを押す。
部屋は闇に沈み、静かに幕が下りた。
膝に両肘をつき、顔を覆うように手を当てる。ロボ犬は足元でのんびりと体を動かしているが、そんな様子さえ白々しく見えた。
「おかしいな……こんなはずじゃ……」
私はつぶやいた。
かつて、科学は未来を変える魔法だった。
空想は現実になるはずだった。
そのために私は人生の半分を賭け、装置を作り、眠りについた。未来を信じて。
「これのどこが未来なんだ……」
アトムは何も言わない。ただ背を向け、部屋の片隅で何か書類を片付けている。
「もう一度、眠らせてくれ」
私のその言葉に、アトムの眉が動いた。
「……は?」
「これは“未来”じゃない。だから、もう一度眠る。次の時代に――アトムがいる世界に行くんだ」
「……はぁ?」
アトムは鼻で笑った。
「冗談だろ。30年もコールドスリープして、起きて、現実が気に入らないから“やり直し”ってか? そんなの、ただの逃げだろ」
「逃げだと?」
私は立ち上がった。足元がふらつくが、怒りが支えになった。
「オレは、夢を信じて生きてきた。科学がすべてを変えると信じて、人生を賭けた。お前にその重さがわかるか!」
「重さ? 何の話してんだよ!」
アトムも立ち上がる。
「勝手に眠って、勝手に父親ヅラして! こっちはお前がいない30年を現実として生きてきたんだ! 理想だの夢だの押し付けんなよ!」
そこで、アトムの声が少しだけ震えた。
「本当はさ……普通の親子が良かったんだよ」
私は言葉を失った。
「キャッチボールしてさ、運動会に来てくれて、勉強教えてもらって……そういうのが、羨ましかった。ただ、おかえりって言いたかった。でも、言えなかったんだよ。あんたはずっと夢の中にいたから!」
胸の奥を、何か鋭いもので貫かれた気がした。
「お前は――お前は、“アトム”なんだぞ……!」
「だから何!? 俺は飛ばないし、悪を倒す正義の味方でもない。ただの人間だよ! 期待なんか知らない! “アトム”の名前を押し付けたのはそっちだろ!」
「それでも……!」
「もういい!」
アトムが叫んだ。
「この時代に生まれたなら、この時代で生きろよ! 失望した? だったら何だ? お前の未来は、お前だけのもんかよ!」
「……お前に、オレの痛みがわかるか……!」
「わかるかよ! でも、だからって全部投げるなよ……!」
部屋に、怒鳴り声の残響だけが漂う。
ロボ犬が驚いたように、少しだけ動いた。
どちらからともなく、静かになった。
アトムが、ぽつりとつぶやく。
「装置は……もう動かない。冷却系が死んでる。修理は無理だった」
私は、空になった装置を見下ろし、乾いた笑いをもらした。
「……そうか。夢は、また逃げたな」
しばらく沈黙が流れた。
「……今日はもう、遅いな」
私はそう言って立ち上がり、背を向ける。
「明日、私の故郷に行かないか? 30年の埋め合わせとは言わないが……これから、よろしく頼む」
アトムは驚いたようにこちらを見たが、やがて、静かに頷いた。
二人で寝室に向かって歩き出す。
部屋の灯りが消える。
――それから、少し時間が経った。
別の部屋に、アトムがひとりで戻ってきた。
コールドスリープ装置の前に立ち、そっと手を添える。
中に貼られた、色褪せた少年の落書き。
空を飛ぶロボット、笑っている家族、そして「未来」の文字。
「……母さんまで、あと十年か……」
ぽつりと呟き、灯りのスイッチを押す。
部屋は闇に沈み、静かに幕が下りた。
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