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第1話 シリアルキラーのサトリさん

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「あーあ、今すぐこの学校に隕石落ちて、ここにいるクラスのヤツら全員◯んでくれねぇかな……」

窓際の教室の隅で卵焼きをつつきながら、彼はそんな物騒な言葉をポツリと呟いた。

だがそのあまりにも小さな独り言は、教室内に響くワイワイとした周りの喧騒にかき消されてしまう。

「いやいや、『サトリさん』。
隕石が降ってきたら、あなたも死んじゃうじゃないですか」

窓から身を乗り出しながらその言葉を聞いていた隣のクラスの唯一の友人、『テンドウ』は彼にそんなツッコミを入れた。

「いつの間にやって来てたんだよ、テンドウ。
いいよな、お前は。クラスに友達がいて。
高校生となり、お前とクラスが分かれた今、俺は地獄を見てる。
……見ろよ、あの女子グループ。
『ヒロインコース』志望の連中だ。
ほとんどが陰口を叩き合う、ギャル共だよ。
あの女どもに睨まれ、あからさまなヒソヒソ話でもされてみろ。 ホントに冗談抜きで、◯にたくなるよ」

『サトリ』から、そんな愚痴に近い言葉を聞いて、テンドウはおかしそうに笑い声をあげた。

「そんな大袈裟ですよ、サトリさん。
……でもハッキリ言って、陰口を叩かれるあなたにも原因はあるんじゃないですか?
だって今のあなたのその格好、私でもヒソヒソ言いたくなりますよ(笑)」

テンドウに指摘され、改めてサトリは自分の服装を見直した。

薄手の緑色のワークシャツを身に纏い、白いズボンを履いている。

だがその生地には鮮血が飛び散って出来たような、『赤い返り血』が付いていた。

そしてその顔には素顔を完全に覆い隠せるような、大きな『ホッケーマスク』が付いており、側からみれば完全な不審者である。

「いやいや、なんなんすか!
その血の付いた服とホッケーマスクは!?
明らかに先程まで『人体解剖』していたみたいですよ!
それにちょっと血生臭いし……。
そりゃクラスのみんなにヒソヒソ言われ、
孤立だってしますよ!」

「いや、お前!! 知らないのか!?
これは、かの有名なスプラッターホラーの神。
『13日の金曜日』に登場する、『ジェイソン・ボーヒーズ』様でしょうが!!
無いわー!! 
ジェイソンを知らないとか、お前ホント無いわー!!」

「……やけに腹立つ言い方するなぁ。
いやまぁ、ジェイソンは知ってますけど。
中学まではそんな奇抜な格好してなかったじゃないスか。
何でまた高校に入って急に??」

サトリの勢いに呑まれたテンドウは、もっともな疑問を投げかけた。

その言葉を聞いて、サトリは鼻で笑う。

「いやいや、何度も高校に入って説明したよ!!
お前、一回で覚えとけや(笑)!
何度も説明するの面倒くさいんだわ」

そう言って耳の穴をホジホジとメンドくさそうにほじるサトリ。

しかし、その顔はどこか嬉しそうでもあった。

どうやら彼は、他人に自分の過去を語るのが好きらしい。

「仕方がないな。お前よく聞いとけよ?
中学卒業しての春休み。俺はとある一つの映画を見たんだ。
それがこの『13日の金曜日』だったんだよ!
いやぁ、僕はふるえたよね。
リア充のカップル達を様々な方法で惨殺していく、あのジェイソン・ボーヒーズ様の勇姿に。
ホントかっけぇわ! ジェイソン・ボーヒーズ様。
マジ尊敬するわ!」

そう言ってサトリは満足そうに顔のホッケーマスクを大切そうに撫でる。

その様子を、テンドウは呆れたような目で眺めていた。

「……て事はサトリさんも私と同じ、進路選択は『悪役コース』にするんですか?」

「うん、まぁそうなるね。
でもまぁ、ちょっと心配かな……。
『悪役コース』を選ぶ生徒ってさ、大体ヤバイ奴が多いらしいじゃん?
学校の校則守らない不良とか、協調性のない自己中なヤツとかさ」

「……いや、今のあんたが言います?」










***********



「ヒラメキ」の正体がなんなのか、漫画家や小説家、脚本家などのクリエイター達は考えた事があるのだろうか。

キャラクターのアイデアが何の前触れもなく一瞬の内に閃めき、それが作品に採用される。

そのメカニズムの真の正体を知る者は、人間には一人もいない。

現代の人間社会で日々、作品を創造をし続ける『クリエーター』達。

その頭の中のアイデアが『具現化された世界』。

そんなものがあったと知るならば、彼らは白目をむいて驚くこと間違いなしだ。

だが、そんな世界は本当に『実在』する!!!!

それがサトリやテンドウ達が生きる、『イメージ界』なのだ。

そこでは現実世界への誕生を夢見るキャラクターの卵、通称『イメージ』達が日々自分の『キャラクター』を追い求めて生きている。

ある者は物語の中心である『主人公』を目指し、ある物は物語に咲く華、『ヒロイン』を目指す。

そしてその魅力を探究し、今日も人間世界をときめくキャラクターへと誕生するべく、研究しているのだ。

だが、人間世界を生きる『クリエイター』達のアイデアとしてインストールされ、この世に誕生する為には、彼ら『イメージ』に課せられた条件は二つある。

一つは3年間の高校生活を何の問題も起こさずに無事乗り切ること。

そしてもう一つは『先生達』から合格をもらう事である。

『先生』とは、いわばこの世界の『イメージ』達を教育する、管理者のこと。

彼らに『合格』を認定された者だけが、人間世界に作品のキャラクターとして誕生することが出来るのである。

————そして今年の春。

このイメージ界、唯一の『イメージ高等学校』に進学したサトリとテンドウは、『悪役コース』に進む事を決めたのであった。






「……あの、サトリさん。サトリさーん。おーい?
もう今日の授業は終了しましたよ?
早く私達の寮に帰りましょうよ」

そう言いながらテンドウは、地面に突っ伏してピクリとも動かないサトリの身体をユサユサと揺らす。

だがそれでも、ゴンダワラからの反応は無かった。

仕方が無いので、テンドウはいつものように恐る恐るこんな言葉をかける。

「あの……、もしかして。
何か、またイヤな事でもありました?」

———————ピクリ。

サトリの体がピクリと動いた。

それを見て、テンドウはため息をつく。

「ハァ、またですか?
ほら、愚痴ってもらって構わないですよ。
その代わり、帰りながらですけどね」

————ムクリ。

まるでそのテンドウの言葉が死者を蘇生する復活魔法であるかのように、サトリは起き上がった。

それを見て、テンドウは苦笑する。

やっぱり、ただ拗ねてただけなのか(笑)

サトリは何も言わずに机の横にかけてあるカバンを手に取ると、テンドウの手を引っ張って教室を後にした。



***********




「……テンドウ君、聞いてくれよ!
あの体育教師がさ、ヒドいんだぜ!?
体育の従業で『準備体操するから2人1組になれ』なんて言うもんだから、ボクは誰とも組めずに勿論ボッチになったよ。
そしたらさぁ! なんて言ったと思う!?」

「……なんて言ったんですか?」

そう言わないと先に進まないのを知っている為、テンドウはサトリの醸し出す『聞けよ』という『空気』に従った。

するとサトリは、ペラペラとその愚痴を叫び始める。

「『先生と組むか?』だってよ、ちくしょう!!
そう言われちゃ、うなづく事しか出来ないから、クラスの中で結局、ボクだけが先生と準備体操したよ!!
想像してみろ? 地獄だぜ?
50過ぎのハゲた体育教師のオッサンと体を触り合うんだ!
周りの注目は浴びるし、その日の体育は女子と合同だった!
また、あのヒロインコース志望の性格ブスなギャル共にナイフの様な『視線』で見られたんだ!」

「ホント、愚痴の事となると舌がよく回りますね。
あ、褒め言葉ですよ? サトリさん」

「……うん、そうだな。
褒め言葉じゃなかったら今すぐお前をぶん殴る所だわ」

「まぁまぁ、サトリさん。
今はグッと歯を食いしばって我慢するんですよ。
そしてその殺意を、いつか立派な悪役になれたら解放するんです」

「うん? どういうこと?」

うなづくサトリに、テンドウは満面の笑みで諭すように、こう言った。

「サトリさんは殺人鬼志望でしょ?
もしかしたら、そのヒロイン科のギャル達とも将来共演するかもしれない」

「まぁ、そうだな」

「その時は遠慮なくぶち◯してやればいいんですよ!!
作品の中なんですから! ムカつくヤツはヤりたい放題!
そうでしょ、サトリさん。
首チョンパでも、滅多刺しでも何でもアリですよ。
アレ? 私なんか間違ったこと言ってます?」

サトリの若干引いたような表情を見て、テンドウは不思議そうに首を傾げた。

やがてサトリは、苦笑いしながらこんな言葉をかける。

「……お前はきっと悪役じゃなくて『悪人』の方が向いてるよ」

そんな会話を繰り広げていると、やがて前方に我らの寮が見えてくる。

こうして彼らの1日は、ようやく終わった。

しかし、まだ明日からも学校生活は続いていく。

それは彼らが立派な『悪役』となるまで。

————卒業試験まで、後1093日。
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