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【Step1】 家族に【世界が滅んだ】ことを打ち明けよう!

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「あのー、妹さん?
食事の用意が出来ました、よ?」

「…………」

返事はなし。 

今日も彼女の返事は返ってこなかったか。

前に妹の声を聞いたのは、何日前なんだろう。

もう遠い過去のような気がする。

「じゃ、じゃあ。 食べ物は部屋の前に置いておくよ。
兄ちゃんはリビングで漫画を読んでるからな。
何かあれば、呼びに来てくれて構わないぞ?」

俺は慌てて取り繕うようにそう言葉を続けたが、後に残るのは静寂だけだった。

「…………」

またまた返事はナシ。

俺は妹へのコンタクトを今日も諦めると、リビングへと退散することにする。

昼間だというのにカーテンを閉め切り、ライトの明かり一つない真っ暗な廊下を1人、とぼとぼと歩く。

そのリビングと妹の部屋を繋げている廊下の距離は僅かなものだったが、俺には無限のように感じた。

父さんと母さんが交通事故で死んでからおよそ3年。

妹はまだ、その死をひきづっている。

嗚呼、妹よ。

どうすればもう一度前を向いてくれるのだ。

どうすれば引き篭りニートをやめ、部屋の外へ出て来てくれるのだ。

俺にはもう、分からない。

毎日毎日、その事を考えていると、頭が痛くなってくる。

どうしたら…………、どうすれば…………。

俺も、引き篭もってしまおうかな……。

そんな冗談じみた、バカな考えが頭をよぎる。

だが自分の中に残っていた僅かな『常識』が、自分で自分にツッコミを入れた。


「……いやいや。
今の俺の状況も、引きこもりとあまり変わらないだろ」



ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!

……さっきから、廊下の奥が騒がしい。

誰かが玄関の扉を叩いている。

だがその正体が俺にはもう、分かっていた。

「……扉を開けて欲しいなら、せめて『ウー、ウー』とかいう『うなり声』はやめた方がいいぜ、『ゾンビ』さん。
正体がもう、バレバレだよ」

俺はソファーから立ち上がり、締め切ったカーテンの隙間から外を見下ろす。

まさにその光景は、『この世の終わり』だった。

車は煙を吹き、窓ガラスが地面に散乱。

空はこんなにも青いというのに、空気はカラカラに乾いていた。

今日もどこかでビルが燃えているんだろう。

すっかり地球の支配者のなった『死者』たちが、まるでこのマンションに対してデモを行うかのように、我が者顔で行進している。

その顔がデモ行進者らしく、『正義』の意思で輝いていればよかったのだが、彼らは口からまるでトマトジュースのように血をタラタラと垂らしていた。

その血でまた車道が赤く染め上げられる。

いや、『車道』といっても、もう車なんてここ1ヶ月、見てはいないのだが。

もう、逃げ惑う人々の悲鳴さえもない。

だが俺と、『引きこもりの妹』は、まだ確かに生きている。

この27階建てのマンション、その20階の『2003』号室で。

もう救助なんて、期待するのはやめた。

一度、軍隊のヘリが助けに来てはくれないものかと、ベランダからスモークを焚いた事もあったが、駆け付けてきたのは『死者』たちだけ。

もうここにいても希望なんかない。

地震などの災害の為に備蓄しておいた食料も、いずれは尽きる。

玄関の扉だって、いつかは破られるかもしれない。

そろそろここから出た方がいい。

そんな事は俺にも分かっている。

だが、出来ないんだ!

何故なら、妹が引きこもっているから。。。。。。。


「……ちょっと、こっちに来て」

その時、リビングの外からか細い声が聞こえた。

……まさか、妹?

俺は慌てて立ち上がり、部屋の前へと駆けつける。

さっき置いた、食事がトレーごと消えている。

俺がリビングに行った後、すぐに扉を開け、食事を部屋の中へ持っていったのか。

でも、今は扉に内側から鍵がかけられてある。

そんなに俺と会いたくないのか? 妹よ。

何日ぶりかにようやくお前の声が聞けたというのに。

兄ちゃん、そろそろ泣くぞ?

「なぁ、呼んだか? 一体どうしたんだ?」

俺は扉に縋り付くように体を付けると、聞き耳を立てた。

まるで盗み聞きをするかのようだ。

でもこうしないと、妹の声は小さ過ぎて聞こえない。

両親が死んだあの日から、ずっとだ。

「さっき、扉が叩かれてたけど?」

「あ、ああ。 知ってるよ。
多分、酔っ払いだろ。昼間から酒飲みやがって、ホント仕方のない大人もいるんだなぁ。全く」

——俺はまた一つ、妹に嘘をついてしまった。

「今日も、また缶詰?」

「ご、ごめんな。 スーパーとかコンビニに行くの、てっきり今日も忘れてたよ。
そろそろ缶詰以外も食べたいよな? ホントごめんな……」

——また一つ。妹よ、本当にすまない……。

3年前からテレビも携帯もない部屋に引きこもってるのお前は、もちろん知らないよな。

世界がゾンビパンデミックで崩壊したことなんて。

知るわけないよな。

俺たちがここら一帯の、最後の生存者かもしれないって。




やがて妹の部屋から声が聞こえなくなり、用件が済んだことを悟ると、俺は再びリビングへとトボトボ歩き出した。

そしてソファーに座り、頭を抱える。

俺は妹に、なんと打ち明ければいいんだ。

ストレートに、

『世界が崩壊しました、外はゾンビだらけです』って!?

そんなのムリムリムリムリ!! 無理に決まってるよ!!

妹は『両親が死んだ』というショックで心が壊れたから、部屋に引きこもってしまったんだ。

世界が崩壊しました、なんて伝えたらそれこそ…………。


ああ、考えるだけでも体が震えてくる。

頭が痛くなってきた俺は、とりあえず現実逃避をする事にした。

漫画好きだった両親の残した遺産(?)である、
大量の本の山。

その中の一つである有名な学園ラブコメの一冊を手に取ると、俺はパラパラとめくり始めた。

あー、恋してェなぁ。






…………『壁ドン』かぁ。

こんなの本当に女子に出来るヤツなんてこの世に存在すんのか?



ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!

相変わらず玄関ではゾンビたちが扉を叩き続けている。

こうして俺たち『引きこもり兄妹』の1日は、瞬く間に過ぎていくのであった。























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