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【Step2】 コンビニへ行こう!〜命を賭けた【近所】への大冒険〜

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ゾンビになってしまう条件はただ一つ。

それは【噛まれる】ということ。

それだけでウイルスだか細菌だかが数分で全身を回り、体から高熱を出して【人間としての生を終える事になる】。

そして後は頭のネジが吹っ飛び、人間の肉を求めて彷徨うバケモノへと生まれ変わってしまう。

奴等を殺すには、唯一の急所である頭を吹っ飛ばすしかない。

でも奴らは意図してなのか、普段は群れて行動している。

いちいち頭を潰していこうと思えば手間がかかり、あっという間に噛まれてしまうだろう。 

広い場所で立ち回る事が、ゾンビとの戦いにおいての常識である。



【サバイバルブック~ゾンビ篇~】  【著者 葛城一茶】






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僕は乾いた笑いを浮かべながら、その『インチキ本』をソファーの上に投げ置いた。

この本は世界が滅ぶ前に作られた、子供が読む為の
【仮想サバイバル本】の、『ハズ』だった。

まさか本当にゾンビが現実に現れるなんて。

この本の作者である『葛城一茶』先生も思わなかっただろうな。

もちろん、俺だってそうだ。

本棚の隅で腐っていたこの本を、まさかこんなに真面目に読み込む日が来るとは。

俺はそんな事を考えながら窓のカーテンを少し開け、外の様子を見下ろす。

死者の行進に、休みはないようだった。

今日は飽きずに歩道、車道と関係なく我が者顔で歩き回っている。

あの中を縫って歩くのは、まさに至難の技だろう。

俺は頭を抱えながら、ゆっくりそのカーテンを再び閉めた。

いよいよ、覚悟を決める時なのかもしれない。

災害用に備蓄していた食料が、いよいよ底をつく。

もう、食べ盛りな若者二人が食べていくには、俺が食料調達の為に外へ打って出るしかないのだ。

狙うのはここから一番近くにある『24時間営業のコンビニ』だろうな。

生モノはもう腐っているとしても、まだ水や缶詰、スナック類は残っているかもしれない。

だが………………。

「あのゾンビの群れの中を、俺は進んでいけるのか?」

そう。

問題はそこなのだ。

敵は大勢。 そして噛まれれば一発でこの世から退場。

コンビニまでの道のりはハードモードだ。

マンションからコンビニまで続く裏路地を使えば、大群とは出食わさずに済むかもしれないが、それでもゾンビとの戦闘は不可避だろう。

おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!!

これヤバくね? 鬼ヤバじゃね? どちゃくそにマズくね?

俺は生まれてこの方喧嘩もしたことないんだぞ。

なのに今からやるのは、『人喰い化け物』との殺し合いだなんて。

情けない事に、俺の体が小刻みに震えてくるのが自分でも分かった。

はは。 まったく、笑えてくるよ。

打って出なきゃ妹と共にこの部屋で餓死、でも打って出たらゾンビ共に八つ裂きにされ、俺もあのデモ隊の一員になるかもしれない。

最悪の二択だ。 まさに悪夢。

…………だけど、もう結論は出ている。

コンビニに行こう。

俺はとうとう、決意を固めた。

ここから出なきゃ、間違いなく俺たちは餓死する。

外へ出て食糧調達の道を選んでも、俺はゾンビに八つ裂きにされるかもしれない。

だが、後者はまだ『かも』の話だ。

もしかしたら、食料を持ってここへまた生きて帰って来ることも出来るかもしれない。

本当に、ほんとうに。 『もしかしたら』の話だが。

人間、覚悟を決めれば、どんな事だって成し遂げられるというもの。

俺は、人間の可能性を信じることにした。




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俺は荷物を確認する。

まずは食料を運ぶ為の空リュック。

何枚も重ね着した灰色のパーカーに、羽織ったジャンパー。

ポケットには台所にあった包丁。

手には父親の学生時代の名残である野球用の木製バット。

ゾンビに出食わした際はこのバットで頭を潰し、いざと言う時はトドメにこの包丁で頭を突き刺す。

もうこれ以外に持っていくものは……無いよなぁ。

身を軽くしておく為にも荷物は少ないほうがいいし、もしかしたらバットだけで、包丁は要らないかもしれない。

だけど、これが折れたら間違いなく殺されるから、包丁も持っていこう。

「……妹よ。 ちょっと買い物に行ってくるな」

返事はない。  寝ているのだろうか。

こんな昼間に? まぁでも、それが引き籠りというものか。

大きく吸って息を吐く。

これが妹との今生の別れじゃない。

シスコンの俺は例え何があっても必ず帰ってくるからな。

俺は玄関のドアノブに手を触れると、音を立てないように捻り、ゆっくり開けていく。

扉に顔を擦り付け、開いた隙間から廊下を確認した。

人影は…………ない。

1ヶ月ぶりのマンションの外だ。

俺は世界が滅ぶ前のことを思い出しながら、背を低くして廊下を進み始めた。

全ての部屋の扉は閉まっていたが、血がべったりとこびり付いている。

何があったのかは、簡単に察することができた。

やはり分かってはいたが、窓を介さず実際の目で血を見ると、なかなかくるものがある。

「おお……。すんげぇ匂いだなぁ……」

俺は鼻の穴を塞ごうと必死につまみながら、下のフロアへ続く階段へ目指すことにする。

他の住人とマンションの廊下で出会うことあるなら、普段は軽く挨拶するのだが、今回の場合では挨拶の代わりに頭を潰さなければならない。

階段の段を一歩ずつ下がり、下のフロアを確認するも誰もいない。

このままマンション内には【徘徊者】がいない事を願いながら、俺は階段を再び降り始めた。

……このまま何事もなく一階へ。

そう思いながら俺が10階まで階段を下った時、そ・の・文・字・は・あ・っ・た・。

10階のマンションの扉のうちの一つ。

そこには書き殴ったように、大きくこう書かれていた。


「たすけて。なかにぼくらいる」




































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