ユウコロ!〜勇者が殺しにくる前に〜

エルアール

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第一部 二人の囚人

第1話 始まりは刑務所から

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……約1000年前。

女神インバダの手によって、人間という種族は
魔物達がはびこる危険な、この世界の中心で生まれた。

鋭い牙や鉤爪、外敵から身を守る硬い鱗などを
持たぬ弱き人間達は、もちろん多くの魔物達から標的にされた。

多くの人間たちが魔物に喰われ、絶望の声を上げながら死んでいく。

それでも人間達は希望を捨ててはいなかった。

皆、女神インバダの救いを求めて天に祈り続ける。

何度でも、何度でも…………。

やがて、その祈りが通じたのだろう。

天界より再び降臨された女神インバダは、その大いなる力で迫りくる魔物達を打ち払った。

そして残された人間達のために、
女神インバダは善の心を持つ一人の青年に、
大いなるを授けられた。

それは何度殺されたとしても生き返る、
不死身の力。

後にその不死身の力を与えられた青年は、人々から「勇者」と呼ばれ、魔物たちの脅威から人々を守る守護者となった。

そして人間達は、自らが住むこの世界の中心の地を「インバダ王国」と名付け、繁栄していくのであった…………。

(インバダ創世記)





******








        16:00 所長室


「なぁ、いい加減考え直せ。
お前はもう刑期を終えた。もう自由なんだぞ?」

所長が言った言葉に,僕は黙って首を振った。

「どうしてなんだ? 私に教えてくれ!
どうしてお前は,『出所命令を拒否』する⁉︎」

案の定、それを見た所長は顔を真っ赤にして僕の肩を掴む。

しかし、何度所長に尋ねられたって、僕は首を振り続けた。

否,そうする事しかできなかった。

——僕は刑務所から出るワケにはいかないんだ。

何故なら外の世界には,僕を殺そうと血眼になって探し回る,『勇者』がいるのだから。

そうそう,いい忘れていた。

——これは、『逃亡』の物語。

現在勇者に追われる身であるこの僕,『ナナシ』の物語だ。



*******


インバダ王国の最北端。

魔物達がうごめく『危険区域』の境界線、
そのすれすれに存在する『インバダ国立刑務所』。

その所長室内に耳が痛くなるほどの大声が響き渡ったのは、もう今日で7度目のことである。

声の主はこの刑務所の所長であり、その声の対象はこの僕だ。
 
しかし、僕はただその場で俯き,時間が過ぎるのをただ待っていた。

それを見た所長はより一層、声を大きくし、僕の肩を掴んでくる。

「何故なんだ!? お前はどうして『出所命令』を拒否する?
何か刑務所の外に出たくない、理由でもあるのか?」




先程から所長が言っている『出所命令』とは、
刑期を勤め上げた囚人に下される
『もう刑務所から出ても良いよ』という、
いわば許しの許可のようなものである。

普通の囚人ならば,その出所命令が下されたと知った場合,それはもう手を叩いて喜ぶに違いない。

何故なら,『外の世界』に出られるからだ。

まぁ、当然だろうな。

もう刑務所という狭苦しい環境から解放される。

もう刑務所の『臭いメシ』を食わなくても済む。

これからはシャバに出て,好きなところに住み,好きなものを食べ,好きなように生きれる。

『外の世界』という言葉はいわば,『自由』の象徴ともいうべき言葉だ。

しかしそんな貴重な出所命令を僕は『拒否』した。

こんな事は、刑務所側の人間にとって,前代の未聞の事だっただろうな。

皆飛び跳ねるように大騒ぎし,たちまち僕は所長室へと連行された。

そして3時間経った今現在でも,所長直々の事情聴取が行われているというワケなのだ。

しかし,僕はずっと今のように俯き,そして黙秘を続けている。

そんな僕の態度に,所長は頭がカンカンだ。

いや,最早怒りなどは既に通り越しているのかもしれない。

その証拠に先程から社長の怒りの声は,まるで母親に駄々をこねる、子供の様な情けない声へと変わっている。

「なぁ、頼むよ。私に教えてくれ。
どうしてお前は出所命令を拒否するんだよぉ。
頼むから何か言ってくれって……」

そんな所長の姿を見て,僕は心が痛くなった。

——ごめんなさい,所長。でも、言えないんです。

僕はそんな所長への謝罪の言葉を心の中で呟きながら,ただただ、俯き続ける。

いつの間にか時計の針は、午後の5時を指し示していた……。




*****


     


      17:00       一般房へ続く渡り廊下



あまりにもダンマリをし続ける僕を見た所長は、いい加減ラチがあかないと判断したらしい。

ようやく僕は、今日のところ解放された。

刑務官に手錠をかけられ,僕の部屋である
一般房へと連行される。

一般房とは囚人たちが暮らす,牢屋の事である。 

他にもこの刑務所には『懲罰房』という、悪い事をした囚人が収容される恐ろしい牢屋も存在する。

最も、『模範囚』である僕には関係ない事だ。

いや、たった今『模範』では無くなったのかな?

所長をあんな風に困らせる囚人なんて,もはや
模範囚とは言えないに違いない。

そんな事を考えていると、前方の方に大きな鉄格子の扉が見えてきた。

だが,あれはまだ牢屋ではない。

あれは一般房の入り口の扉。

あの扉の鍵を開け,そして再びもう一枚の扉を変えた先に,僕ら囚人の一般房は存在する。

つまり囚人達がもし、牢屋を壊して脱走したとしても,この『2枚の鉄格子』をどうにかしない限り,脱獄は不可能なのだ。

そんな事を考えていると,やがてその2枚の扉のロックも外され,一般房のエリアへと辿り着いた。

一般房のエリアは、とても広い。

もともとは、『馬車』などを整備する為の
大きな倉庫だったらしいのだが,改築されて完成したのが,この一般房エリアというわけなのだ。

エリアは階段がそこらについており,4階建て。

牢屋の数は合計で200。

その姿はまるで、動物園のようだ。

だがライオンやシマウマとは違い,
檻の中には灰色の服を着た、こわ~いおっちゃん達が収容されている。

しかし今現在、牢屋の中に,そのおっちゃん達の姿はどこにもなかった。

それもその筈である。

今はまだ午後の5時。

囚人達は皆,所長室に呼ばれた僕を除いては『刑務作業』の真っ最中なのだから。

しかし,もうそろそろ作業から帰ってくるだろう。

17:30分からは食堂で食事が始まる。

——今日こそは早めに食堂へ行かなきゃな。

そんな事を考えていると,房の鍵を外した刑務官が、「よし、入れ」と、僕に促した。

その指示に僕は素直に従い、一般房の中へ入る。

すると扉は閉じられ,カチャリとロックされる音がした。

「よし、ちゃんと中に入ったな。
手錠の鍵を解いてやる。隙間から手錠を出せ」

僕は言われるがままに手錠を刑務官に差し出し、手錠の鍵を解除してもらう。

それが全て終わると、最後に刑務官は僕に向かってこう言った。

「……他の囚人達が皆無作業を終えて戻ってくるまでここで待機してろ。
後はいつものように,刑務官の指示に従って,食堂へ行け。 良いな?」

僕はうなづいた。

所長直々の事情聴取という今までにない、特殊なイベントがあったりはしたが,今日もこうしていつものように、刑務所での1日は終わっていく。

食堂から帰ってきたら後は消灯。

僕はこの『トイレ』と『硬いベッド』しかないこの一般房の中で今日を終え,そしてまた明日を迎えるんだろうな。

でも、これで良いんだ。

これこそが僕の望んだ『幸せ』なのだから。

僕はそう自分を納得させると,ベッドへ座り込んだ。

17:00まであと10分。

懲役2年でブチ込まれて始まった
ここでの暮らしも,気付けばもう1日オーバーだ。

『出所命令拒否』。

囚人に出所を強制する事が出来ない刑務所側の弱みをついた,まさに僕にとっての魔法の言葉。

この言葉がある限り,僕はいつまでもこの刑務所に滞在し続けることができる。

刑務所からの『出所』なんて、僕には無縁な言葉だ。

『脱獄』なんてそれこそもっと無縁だろう。

そう、僕は思っていた。

は。

僕の運命の歯車は,とある一人の囚人と出会った事で、大きく動き出すこととなる。

そう、彼の名はマチミヤ。

赤髪の囚人である彼は、まさに僕の人生を大きく事になったんだ。

しかし,それはまだ先の話。

当然,今の僕には分かるはずもなかった……。


















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