ユウコロ!〜勇者が殺しにくる前に〜

エルアール

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第一部 二人の囚人

第9話 最初の夜

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刑務所で過ごす最初の夜が一番新人にとって長く、そして苦しい夜となる。

刑務官に、これから始まる長い刑務所の暮らしの中で過ごす自分の家、つまり一般房に案内される。

古くなった倉庫を改築したものであり、4階建て。

そしてズラリと敷き詰められたように、そこには小さな檻が敷き詰められていた。

そしてその中の一つに入れられ、その扉を閉められた時、新人はそこで、思い知らされるのだ。

自らが犯した罪の重さ、そして刑務所という施設の恐ろしさを。

一般房には、それこそ何もない。

硬いベッドに、臭いトイレ。

そして、嫌でも見えてしまう何本もの鉄格子。

まだ刑務所の中にある図書館すら利用できない新人は、今は己の罪と向き合い、後悔する時間しか与えられないのだ。

ここで、大体の囚人は同じような行動に出る。

硬く閉ざされた鉄格子を掴み、どうしようもなく泣き叫ぶのだ。

「おい! 出してくれぇ!
俺をここから出してくれぇ! 俺は無実なんだ!
俺はここに来るハズじゃなかった!
頼む! お願いします! 出してくださいぃ!」

大の大人が大粒の涙をボロボロこぼして泣き叫ぶ。

しかし、これも仕方のないことなのだ。

それを自分の一般房の中で黙って聞いていた他のベテランの囚人たちは、自分の過去を思い出す。

誰しもが、一度は通る道なのだ。

皆が口を揃えて、「初めての夜は地獄だった」というに違いない。

そんな泣き叫ぶ囚人を眺めながら、警務主任であるノートンはベーコンエッグを食べていた。

口にニヤニヤとした笑みを浮かべながら、泣き叫ぶ囚人たちを切れ長の目で眺めている。

そんな彼を後ろの壁から隠れて見ていた同僚の刑務官二人が、こんな事をコソコソと話していた。

「全く、ノートンさんも趣味が悪いよな」

「ああ、同感だ。
泣き叫ぶ囚人を眺めながら食べるメシは、最高なのだとよ。
そしてそれを完食した後、すぐにこの刑務所恒例のが始まるぞ」

「あ! ノートンさんが完食した!
ついに始まるぞ…………」

その同僚の言葉通り、ベーコンエッグをとても美味しそうにたいらげたノートンは階段をコツコツ言わせながら、その泣き叫ぶ囚人の房の前へと立った。

「あ! 刑務官さん! お願いです!
ここから出してください! 俺は無実なんだ!
お願いです! どうか……、どうか……」

しかしノートンは何も答えず、ニヤニヤとした笑みを浮かべるだけであった。

それはまるで、嵐の前の静けさのよう。

やがてノートンは、何やら手に持っていた書類をパラパラめくり始めると、ある1ページで手を止めた。

「……お前の名前はボン。
罪状は、窃盗。
だが、その盗んだ相手が『インバダ教の信徒』であった為、通常の刑期からさらに倍となり、懲役5年の判決を受けた。 そうだな?」

しかし、そのノートンの問いに檻の中の囚人、ボンは首を振る。

「ち、違うんです! 刑務官さん!
ほんの僅かな出来心だったんだ! 
俺は刑務所に来るべき人間じゃない!
ここにいる連中とは違うんだ!」

悪気もなく放った、ボンのその言葉。

しかし、それを聞いていた周りの他の『ベテラン囚人』を怒らせるには十分な言葉であった。

「なんだと! このクソ野郎!」

「ここに来た時点で、お前も俺たちと同類なんだよ!」

「おい! そんな事を言えば俺も無実だ!
早くここから出してくれ!」

「ノートンさん! そのクソ野郎、俺達にくれ!
全身の骨を殴り砕いて、ゴム人間にしてやるよ!」

「ガハハハ! おーい、俺もここから出してくれ!
明日から高級ホテルに移送してくれ!」

周りの房から、そのボンめがけて一斉に罵詈雑言といった汚い言葉が投げつけられた。

その言葉を聞きながら、一般房の一番奥に寝ていたマチミヤは舌打ちを打つ。

「……やかましいなぁ。
静かにせんかい、囚人ども。
お前らだって、新人の頃はあんな感じやったやろうに……」

しかし、そんな独り言も周りの大きな罵声達に掻き消えて、誰にも届かない。

やがてマチミヤは一言、

「アホらし」

と呟くと、枕を頭に覆いかぶせてそのまま寝てしまった。

隣の房にいるのがこれから2年半後に出会う、運命を変える男、ナナシだとも知らずに。

しかしその3日後、ナナシは刑務官更衣室の近くにある別の一般房に移る事になるのが、それも今はまだ知らない事であった。

ナナシもそこで泣き叫んでいる囚人、ボンと同じく新入りであったが、その反応は変わっていた。

それもそうである。

だってナナシは勇者から身を隠す為に、刑務所の運営携わっていた王国の役人一人を有金全てはたいて買収し、この刑務所に望んでやってきたのだから。

勿論、ノートンを含め、刑務所内にその事を知る者は誰一人としていない。

ノートンの手に持つ書類、『囚人のプロフィール』には、ナナシの事はこう書かれてあった。

囚人番号7272          名前 ブルックス
罪状 窃盗     懲役 2年

「どうして刑務所に囚人として潜り込みたいのかは知らんが、金さえ積まれれば何でもするぜ。
だから俺はこうして、王国の街の地下に店を出し、犯罪者相手に偽造の戸籍を作ったり、偽造住民票とかを作ったりと、手助けしてやってるんだけどな。
まぁ、刑務所に囚人として潜り込みたい、なんておかしな依頼は、アンタが初めてだけどな。
確かによく考えれば、刑務所は壁に囲まれた犯罪者の絶好の隠れ場所かもしれねぇな。
……しっかし、アンタ何やらかしたんだ?」

口数の多い男ではあったが、とにかく腕は確かだった。

役人はその言葉通り、本当にしてくれたのだ。

だからこそ、こうしてナナシは囚人としてココにいる。

高い買い物だったとは言え、ナナシは満足していた。

何せ、インバダ王国中にナナシの似顔絵が書かれた張り紙が貼られていたからだ。

そこにはこう書かれていた。

「凶悪な逃亡犯。その名も魔王。 生け捕りのみ。
王国騎士団にその身柄を引き渡した者には、賞金1500万ピールを与える」

その張り紙を見た王国に住む市民たちは、口々にこんな事を呟いた。

「なんと、不吉な。
よりにもよって呼び名が『魔王』だなんて。
一体どれほど、凶悪な犯罪を犯したのかしら」

『呼び名』とは、名前の分からぬ犯罪者に対して、王国側が付けるコードネームのようなものである。

そしてナナシには『魔王』という、童話にも登場するほどの有名なともいうべき名が付いた。

一体どれほど、王国側がナナシを危険視し、早く捕まえたいと思っているのか、想像する事は容易かった。

——どうして、それ程までに俺を捕まえたい?

今はまだ、分からない事だらけであった。

そんな風に考え込む、頭からすっぽりフードを被ったナナシの耳に、再びこんな市民の声が聞こえた。

「それより、賞金を見てみろよ。
1500万ルピーだぜ? 
王国の一等地に家が建てられるぞ。
過去にこんなに賞金がかけられたヤツ、他にいたか…………?」

「王国の外では守護者である勇者様が、必死にこの魔王を探そうと必死らしいぞ……」

——やはり周りの声から察するに、あの仮面の騎士が『勇者』と呼ばれており、この俺を探し回っているのか。

ナナシは頭を抱えていたが、それよりも先にするべき事があった。

——情報はもう手に入れた。
  後はもう、身を隠す事だけだ。

そしてナナシは王国の地下に身を潜める。

そして出会うのだ。

あの犯罪者に手を貸すのを生業とする汚職の王国役人に。

そして思いつくのだ。

『囚人となって刑務所に忍び込み、勇者から当分の間、身を隠す』という突飛な考えを……。

そんな過去回想に浸っていたナナシ。

そんな間にも他のベテラン達の、一人の新人に対する罵詈雑言の嵐は続いていた。

「ほら、どうした! もっと泣けよ、新人!」

「泣いてたって、ママは助けてくれねぇぞ!」

「しーんじん! 新人! 新人! 新人!」

いつの間にか、罵詈雑言は手拍子へと変わった。

他の囚人たちの怒りは収まり、この一人の囚人をとことんからかう事にチェンジしたようだ。

うるさくて敵わない。

ナナシは早く、このが終わらないものかと、耳に手を当てながら待っていた。

するとその願いが届いたかのように、その声は突然放たれた。

「うるせぇぞ! このカス共がぁ!!」

そのあまりにも大音声に、あたりの空気がビリビリと震えたのを、囚人皆が感じ取った。

辺りに糸がピンと貼られたように、先程の嵐は何処へやら。

打って変わって、一般房には静寂が訪れた。

その中で一人、その声の主であるノートンは、囚人達に叫ぶ。

「次何か声を出したヤツは、覚悟しろよ。
俺が顎を殴り砕き、一生、流動食しか食えねぇようにしてやるからな」

まさにそれは、刑務所内における『鶴の一声』。

ノートンのその一言で、周りは従うのだ。

ナナシは少し、感動すらも覚えた。

そして、こうも思った。

——あの人は絶対に、敵に回さないようにしよう。

……こうしてナナシの初めての刑務所の夜が過ぎて行った。

『勇者から身を隠す』事を望んで行き着いた、このインバダ国立刑務所。

その運営は完全に王国から、ここの所長に任せられているとはいえ、何か問題を起こせば直ちに王国に報告されてしまうだろう。

そうすれば、自分が指名手配中である『魔王』だとバレて、————勇者に、殺される。

そんな事は絶対にあってはならない。

ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ。

だからこそナナシの刑務所の中での2年は、それこそ、ただあっという間に過ぎて行った。

その間、ナナシは刑務所内の誰とも関係を持たなかったし、言葉すら交わさなかった。

唯一発した言葉は、朝に必ず行われる囚人が脱走していないか確認のための『点呼』、そこでの自分の番号、7272のみである。

ナナシには、コレが『幸せ』だった。

勇者から襲われる心配のない世界。

ナナシは刑務所にある大きな大きな壁に、いつも心の中でお礼を呟いていた。

——もう、この刑務所からは出ない。
  出てなるものか。

いつしかジョセフを殺されたという、強い怒りや悲しみも忘れていった。

いつの間にか勇者から身を隠す、ほんの僅か間だけと考えていた刑務所滞在はいつしか変わり、そしてナナシは気づけばしていたのだ。

しかしそんな日々も、ある時を境に変わる事になる。

それは一人の赤髪の囚人との出会い、そして脱獄を聞かされたあの時から。

しかし、それはまだ先の話なのである。
















































































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