ユウコロ!〜勇者が殺しにくる前に〜

エルアール

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第一部 二人の囚人

第16話 獣道

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運動場では、なお流血がつづいていた。

まるで舞台に当たるスポットライトのように、
月の光に照らされた囚人たちは攻撃をくりかえし、自由を求めて『南東門』へと突き進んでいった。

それに対し、刑務官たちは必死の抵抗を続けている。

もちろん、剣や弓を持った刑務官たちは強かった。

囚人たちは勝ち進みながらも、その数をどんどん減らしていく。

だが、彼等にはまだ『高まる士気』と『戦場においての勢い』があった。

普通ならば『鉄パイプ』や『金槌』といった、剣や弓矢に比べれば心もとない武器しか持たぬ囚人側には、勝ち目のない戦い。

そんな彼等が刑務官たちと互角以上に渡り合い、もう『扉』寸前にまで押してきている。

先程、マチミヤが叫んだ『言葉』が大きな効果を生んだのだろう。

囚人の心にそれが大きく刺さり、そして大きな『力』となった。

もちろん、刑務官側には鬱陶しいことこの上ない。

だからこそ、再びノートンのこんな怒号が運動場中に響き渡った。


「雑魚ばかり殺してもキリがない!
マチミヤはどこだ!! ヤツを早く探せ!!
ヤツを殺して、囚人共への見せしめにしろ!!
そうすれば自ずと奴らの脱獄士気は下がる!」

もう何度目だろうか。

ノートン刑務主任の怒号が運動場に響き渡るのは。

その度に部下たちはうなづくが、今やそのうなづきにも元気がない。

殺しても殺しても、まるで虫のように湧いてくる囚人たち。

結末の見えないこの戦いに、刑務官たちの心には影がさし始めていた。




…………と、その時である。

ノートンの耳に、こんな言葉が飛び込んできた。

「ノートンさん。 そこどいてくれんか?
頼むわ。 通らしてぇな」

勿論、この声の主はこの脱獄の主犯格、マチミヤである。

その姿を目で認めた時、ノートンの顔が再び、怒りで歪んだ。

「………ほほう。
わざわざ自分から死刑になりにきたのか?」

その顔はドウモトと似たような所があった。

まるで肉に飢えた凶暴な獣。

そしてその獣はマチミヤの隣に立つ、ナナシの姿にも気がついた。

「…………お前は。『出所命令』を拒否した囚人。リストに書いてあった名前は、『ブルックス』。
お前も脱獄に一枚噛んでいたのか」

「それは王国の汚職役人から買い取った、偽名ですよ。本名はナナシっていうんです」

ナナシはヘラヘラと笑いながら、うやうやしく一礼する。

これもわざと『ノートンを怒らせる」為の挑発であった。

ノートンの頭に血を昇らせ、判断力を鈍らせる。

戦いとは、冷静さを欠いた方が負けるのだ。

知恵者であるマチミヤには、それがよく分かっていた。

そしてその挑発に、ノートンは乗ってしまう事になる。

既に怒りで歪んでいた顔が、更に歪みあがり、まるでその顔は獣を通り越して『般若』のようである。

「……てめぇら。
あまり楽に死ねると思わんほうがいいぞ。
顎を砕かれ、血反吐を吐いて苦しみながらお前らは死ぬ事になるんだ」

「……ククク。 ノートンさん。
あんまり怖い事、言わんといてぇな。
それに怒りで歪みきったその顔。
『ブサイクなサル』にそっくりやで♫」

そのマチミヤの挑発が、ノートンの怒りのメーターが壊れるきっかけとなった。

「マチミヤァァァァァァァ!!」

大きな怒気と剣が襲いかかって来た。

しかし、所詮は怒りに身を任せた唯の体当たりのような攻撃。

マチミヤはヒラリと身をかわす。

そして生まれたノートンの隙を待っていた隣のナナシが、硬く握った拳で、ノートンの口元を強く殴り付けた。

ノートンの唇が切れ、体が吹っ飛ぶ。

「ええパンチや。ナナシ君」

ざまあみろ、とばかりにマチミヤは笑いながら、ナナシに褒め言葉を与えた。

「ええ! イケますよ! 2 vs 1なら!」

ナナシの表情にも希望が湧く。

ノートンの口から罵倒の意味がこもった叫びが上がった。

「てめぇら……。
よくも俺に、こんな……」

だが、その中には確かな『怯み』もあった。

——このままでは、負けてしまう。

そんな想いが脳裏をよぎったのかもしれない。

一旦そんな思いがよぎってしまうと、もうそれは消えてくれない。

『怯み』はやがて、『怯え』へと変わる。

いつの間にか、ノートンから『怒り』の感情は消えていた。

負けるかもしれない、という感情が、『怒り』を消し去ったのである。

そんなノートンに、ジリジリと迫る二人。

もうノートンが二人に勝てる術は、無いように思われた。


……と、その時である。

          ザクリ。

嫌な音が、ナナシの体から聞こえた。

見ると、そこには一本の剣が突き立っている。

「…………おいおい、てめぇらァ。
俺を忘れてくれちゃ、困るじゃねぇか」

そのねっとりとした嫌な声。

だが、その中には確かな『怒り』と『憎しみ』が込められていた。

大きな体に、突き立った一本の矢。

そう、それは先程ノートンに射られて倒れたハズの『ドウモト』であった。

ドウモトはナナシの脇腹に深々と突き刺した、拾った刑務官の剣を勢いよく引き抜くと、ナナシはがっくりとその場で倒れてしまった。

「ナナシ君!!」

慌てて倒れたナナシへと駆け寄ろうとするマチミヤ。

だがその行く手を、ノートンが立ち塞がった。

ナナシが倒れたことで、勝機アリとみたのだろう。

いやな笑みを浮かべている。

「へへ。
何が何だかよく分からないが、囚人同士の仲間割れか?
……よくも殴ってくれたな、マチミヤ。
てめぇは俺がぶっ殺…………!!」

だが、そのセリフをノートンは最後まで言い終えることが出来なかった。

その喉が、ドウモトの投げた剣に貫かれていたからである。

「……勘違いしやがって。
別にてめぇを助けたわけじゃねぇよ。
そこで死んどけや、ノートン」

そのまま墜落するように地上に倒れたノートンは、半ば息絶えていた。

剣が首から突き出た姿で、ドウモトを睨んでいる。

「お、おれが。 囚人に…………」

やがて吹き出た血が、ノートンの喉の中を一杯にし、ノートンはガボガボといった声を上げた。

そして体を短く震わせると、『鬼の刑務主任』ノートンは、死んだ。

長年『インバダ国立刑務所』を支配した男の、あっけない最後であった。




その様子を最後まで見下ろしていたドウモト。

やがてその視線を、ナナシの体を抱き抱えるマチミヤへと向けた。

「そいつはまだ死んでねぇはずだ。
ちょっとばかし、急所から逸れたからな。
お前を殺すのに、邪魔が入っちゃ敵わねぇ。
…………さぁ、お前も剣を拾えよ。
ノートンが死に、刑務官たちの士気も下がった今こそが、最大の脱獄のチャンスなハズだ。
俺を殺して、扉を通り抜けてみろ。
まぁ、俺はそうカンタンには死なないけどな」

そう言いながらドウモトは胸に刺さった矢を、勢いよく引き抜いた。

血がドクドクと吹き出し、地上へと垂れる。

そしてその矢を左手に、そして剣を右手に持つと、マチミヤの方を睨みつけてこう言った。

「さぁ、殺してやるぞマチミヤァァァァ!」

こうして長きに渡ったマチミヤの脱獄、その最後の戦いが幕を開けた。









































































































































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