ユウコロ!〜勇者が殺しにくる前に〜

エルアール

文字の大きさ
16 / 20
第一部 二人の囚人

第15話 夜明けはまだ遠く

しおりを挟む
「くそ! どけや!」

マチミヤは何とかドウモトの下っ端を振り切り、ナナシを助けに行きたいのだが、それも中々叶わない。

ドウモトの手に握られた鉄パイプが、新たな犠牲の中にナナシを迎え入れようとしていた。

「死ねや! このカスが!」

ドウモトは、ナナシの殺害を確信した。

まさに絶体絶命。

ナナシもあまりの痛みに地面に這いつくばったまま、目を瞑って死の覚悟を決める。

が、その次の瞬間、思いがけない事が起こった。

どこからか突如として飛来した弓矢が、なんとドウモトの体を貫いたのである。

背から胸へと抜けた謎の矢をドウモトは無言のまま眺めていたが、やがて重力に従ってそのまま冷たい地面へと崩れ落ちた。

「ド、ドウモトさん!?」

突然の事に何が何だか状況が理解できないドウモトの手下達。

だが、その見せた一瞬の隙をマチミヤは見逃さなかった。

「よそ見すんな!」

いつの間にか拾っていた木製のバットで頭をかち割ると、相手は音を立てて崩れ落ちていった。

「一体何が……?」

痛みに耐えながらようやく立ち上がったナナシ。

矢の放たれた『南東門』の方向を見ると、ナナシは再び絶望した。

——あ、あれは……。

騒ぎを聞きつけ、至急、脱獄囚鎮圧の応援として駆けつけてきたのだろう。

そこにいたのは、暴徒鎮圧用の剣や弓矢を持った、大勢の刑務官であった。

そしてその軍団を率いているのは、勿論その中のトップ『鬼の刑務主任』、ノートンである。

ノートンは、運動場の惨状を目の当たりにし、わなわなと怒りで震えているように見えた。

「…………お前ら、『集団脱獄』か?」

ノートンはそう、怒りを噛みしめるようにゆっくりと呟く。

どうやらノートンには『王国の息』がかかっていないらしかった。

まぁ、それも納得である。

何故ならノートンは過去にマチミヤの買収にも応じなかった、いわゆる『正義の漢』。

王国にも当然、手を貸すはずなどなかった。

だからつまり、ノートンはこの運動場に暴れる囚人達が、全員仲間だと思ったのだろう。

だからこそ、まずは門の近くに立っていたドウモトが犠牲になったのだ。

つまりナナシはノートンに助けてもらったわけではない。

ノートンらにとっては、ナナシも『敵の一人』なのだ。

「全く。 もう騒ぎを聞きつけてきよったんか。
これは面倒なことになったで」

マチミヤは苦笑しながら、そう呟いた。

もう疲れ切っているのだろう。

その苦笑にも元気がこもっていない。

「……脱獄は死刑。
そうてめえらに、俺は言い聞かせてきたよな?」

ノートンの声がふるえた。

無論それは恐怖ではなく、過去脱獄0人の輝かしい業績を汚された事による、抑えがたい激情が、彼の声をふるわせていた。

こんなに怒るノートンを囚人達はもちろん、背後に控える刑務官達も、見た事がなかった。

囚人たちは皆ふるえあがり、その士気も先程とは比較するまでもなく、落ちている事がわかる。

——こりゃあかん!

マチミヤは危機感を感じた。

もうここを突破するには、あの刑務官達を打ち破り、その先にある扉を突破するしか方法は無いのだ。

しかし、もう解放した囚人達の数は戦いによって減り、今のままでは間違いなく負ける。

マチミヤは咄嗟に、背後にいる沢山の囚人に対して叫びを上げた。

「おい、お前らァ!
もうここまで来たら、囚人同士で争ってる暇は無いで! このままでは間違いなく、ノートン達になぶり殺しにされる。
もうワシらに残された道はあの『扉』を突破して、脱獄するしかないんや!
……分かったらさっさと立ち上がらんかいッ!
闘うんやッ!」

その声は夜気を切り裂き、運動場内に大きく轟く事となった。

そしてその言葉は、囚人達の心を大きくうつ事となった。

あちこちで声が湧き上がり、それは波紋をえがいて広がっていった。

しかしその事を勿論、ノートンは気に入らなかった。

殺気という殺気を体から吹き上がらせ、マチミヤを睨み付ける。

「……マチミヤァァァ!
てめえは俺に取引を持ちかけてきたりと、昔から気に入らなかったぜ。
死刑執行までは、穏やかな刑務所ライフを過ごさせてやろうと思ったのになぁ!」

「フフ、ノートンさん。
そんなに怒らんといてな。
顔が怖いで? ほら、スマイルを浮かべて……」

しかしマチミヤは、そんな人の悪い口調の台詞を最後まで言い終える事が出来なかった。

何故ならノートンの剣が彼に襲いかかってきたからである。

逃げたり、躱したりは得意だと言わんばかりに、その斬撃をマチミヤはヒラリと身を翻して避けると、近くにいたナナシにこう言った。

「門に近いワシらは一番のマトになる!
取り敢えず逃げるで!」

「言われなくとも!」

二人はそのまま全力疾走で、門とは真反対の方角へと走り出した。

「逃すな! 殺せ殺せ!
全員、皆殺しにしろ!」

ノートンの怒声が後方から響き渡る。

しかし、その声がやがて不意に途切れた。

ナナシとマチミヤの二人を追いかけようとしたノートン一味に、士気の高まった囚人達が一斉に襲い掛かったのである。

「ちくしょう!
俺たちはドウモトさんに金が貰えると言われて参加しただけなのに!
何でノートンと戦うハメに…………」

「オラァァァァ! どけ! 刑務官共!
その門を俺達に渡せぇぇぇぇ!」

自由を求める解放された囚人と、ドウモトグループの残党達が事情はどうあれ、声を上げながら力を合わせ始めたのだ。

いつの間にか戦いは、
『囚人VS囚人』から『囚人VS刑務官』へと大抗争へと移り変わった。

殴り合い、蹴飛ばし合い、斬られ、射られ……。

辺りには血が飛び交い、力尽きた者が次々と地面へ倒れていく。

まさにその状況は、先程とは比べ物にならない程の『カオス』といえた。

十分に門から離れる事の出来たマチミヤとナナシの両名は、そんな闘いをジッと遠くから眺めていた。

「……うん、イケる!
僅かながら囚人達が『勢い』で押してる!」

「今がチャンスやな」

二人は顔を見合わせてうなづくと、戦いの渦へと再び飛び込んでいった。



夜明けはまだ、遠い。















































































しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

処理中です...