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第一部 二人の囚人
第14話 暴動を起こせ
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「どこに隠れやがった!
探せ! マチミヤは見つけ出して必ず殺せ!
『魔王』は半殺しに留めておけよ?
王国に売り渡せば金になるのだからな」
息巻いた囚人達の声が遠くで聞こえた気がする。
僕たちは入ってきた運動場を急いで引き返し、暗闇の廊下を必死に走っていた。
「さぁ、これからどうする!?」
マチミヤが息をハァハァと切らしながら言った。
「そ、そんなの僕が聞きたいですよ!
とりあえずこのまま刑務所の中を逃げ続けるしかありませんね!
……クソ、まさか脱獄が王国にバレていたとは!」
「フフフ、ナナシ君。
逃げる事は『前進』への第一歩と、我ながらよく言ったものやな。
その言葉通り、ワシらは今こうやって走っとる」
マチミヤは凛々しい表情でこちらを見つめてきた。
おいおい、ここはそういう顔をするところじゃないだろう。
「いやいや。
今僕らは間違いなく『後退』していますよ!
せっかく脱獄の為に開けた扉を通ってね!」
ややキレ気味に、ナナシはツッコむ。
事実、今僕たちが向かわされている行き先は、一般房エリアだった。
まさに言葉通りの『逆戻り』。
背後には殺気だった何百人ものドウモトグループ達が、僕らの『タマ』をとろうと息巻いている。
状況は絶望的といえた。
「さぁ、どないしよか!?
ドウモトが待ち構えてるなんてパターン、想定してなかったで……」
深刻そうな顔をして、マチミヤは僕の胸ぐらを掴んで振り回した。
「何か。 何か策はないのか?
数百人のドウモトグループの壁を突破する方法は……」
マチミヤの手を振りほどいて、締め付けられた喉をさすりながら、僕達は考える。
必死に長い長い暗闇の廊下を走り抜けながら、残された酸素を脳みそへ回した。
体から汗がこぼれる。
それは半分、疲労からの汗であり、そしてもう半分は間違いなく焦りから来る『冷や汗』であった。
——考えろ、考えるんだ。
何か思いつかなければ、間違いなく僕らは囚人たちに捕まり、人生終了となる。
全く。マチミヤの言葉に動かされて、ようやく外の世界に行くことを決めたのに。
なんてこった。
「何か。何か無いのか!?」
僕達は走りながら、周りに視線を泳がせた。
……ちくしょう。それにしても、熱い。
汗で服がびしょ濡れになってきた。
くそ。せっかく盗んだ新品の刑務官の制服なのに。
——うん!? 待てよ、『刑務官』の制服!?
「……マチミヤさん!
いいアイデアを思いつきましたよ!」
ナナシはその興奮に、思わずマチミヤの胸ぐらを掴んでいた。
「な、なんや。そのアイデアって」
慌てて立ち止まり、二人は顔を見合わせる。
「僕達、鍵持ってたじゃないですか!
一般房の全ての扉を開けられる鍵を!」
「ま、まさか、君。
『他の囚人達を一斉に解き放て』言うとるんか!?」
「そうです!
こうなったら、もう一か八かだ。
他の囚人達を一斉に解き放ち、『穏便』に行う筈だった僕達『二人』のささやかな脱獄計画を、この刑務所『全ての囚人』を巻き込んだ、『集団脱獄騒動』にしてしまいましょう!」
「つまり、解放した他の囚人達の勢いに乗じて、ドウモトグループが立ち塞がる、あの『壁』を突破しよう、という事やな?
……君もなかなか見かけによらず、大胆な事を考えよる」
「……『集団脱走』程の大騒ぎになれば、直ぐに他の刑務官達も外から飛んでくるでしょう。
その中には、あの『鬼の刑務主任』ノートンも含まれているはずです。
どうします? マチミヤさん。
反対の意見を唱えるなら今のうちですが」
「フフ、バカ言え。
なかなか『そそる』で!
いっちょ、やったろうやないか!
バクチしてこそが『ワシの人生』や!」
二人の意思は、そこで固まったようだった。
顔を見合わせてコクリとうなづくと、あてもなく逃げ回っていた刑務所内の目的地を、『一般房エリア』へと変更する。
そして二人は今、再び駆け出し始めた。
*******
それから数分が経過して。
「このカス共が!
早くヤツらを捕まえてこい!
チンタラしてっと、てめぇらも殺すぞコラァ!」
運動場内には、ドウモトの部下に対する怒号が響き渡っていた。
その声に部下達は震え上がり、必死に刑務所の暗闇の中に目を凝らす。
そのドウモトの言葉に嘘偽りがないことを、部下たちは皆知っていたからだ。
実際、痺れを切らしたドウモトが、近くにいた哀れな部下2名に対して『気合い入れ』と称し、腹に強烈な1発を打ち込んでいたからだ。
その部下達は気合が注入されるどころか、意識を完全に飛ばせ、地面に大の字となって眠っている。
ドウモトの機嫌が時間と共に悪くなっていくのが、部下達には恐ろしい程ハッキリわかった。
「はやくヤツらを見つけ出さなくては……………、こっちが先に『殺られる』!」
探す部下達にも焦りが見え始める。
……と、その時だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そんな何百人もの人々が集まって出来た、自分達を激しく鼓舞する雄叫びが聞こえてきたのは。
それはナナシ達が先ほど解放した、一般房に収容されていた囚人達。
目の前にある『自由への扉』を通り抜けようと、我先にという風に軍を成して突っ込んできたのだ。
もちろん、そんな事など知らぬドウモトの兵隊達。
突然湧いて出た囚人達の『カタマリ』に、誰もが思わず呆然と立ち尽くした。
しかしそんな彼等を正気に戻したのは、トップであるドウモトの怒号。
彼だけは、冷静であった。
「てめぇら何してやがるッ!
あの中に『魔王』と『マチミヤ』がいるかもしれねぇんだぞ!
囚人誰一人として、『南東門』を通らせるな!
全員、皆殺しにしろ!」
こうしてナナシ達に解放された
自由を求める囚人の軍団と、
それらを阻止せんとするドウモトグループの、
戦いの火蓋が切って落とされた。
数百人規模の、まるで『戦争』のような戦いだ。
たちまち刑務所の運動場内は『カオス』な状態となり、殴られた囚人と悲鳴や、『ぶっ殺してやる!』といった、興奮の声に包まれていった。
殴り合い、蹴飛ばし合い、噛み付き合い。
長きにわたって監獄に囚われ続けてきた自由に飢えし獣達は、それこそ死に物狂いでドウモトグループに戦いを挑む。
それはまさに、『覚悟』の大きさが違った。
そしてそれは、戦いにおいても大きく影響を及ぼしたのだ。
次第に彼等は押され始め、悲鳴を上げて何十人もの人間が地面に倒れ、踏まれていった。
ナナシ達もその戦いに混じって囚人達を殴り、蹴飛ばし、少しずつ扉へと近づいていく。
しかしそれでも、相手はまだ崩れなかった。
『敗北』の一歩手前で必死に歯を食いしばっているような、そんな状態だ。
戦いに対する士気も完全に削がれ、もう完全に勢いを失っているというのにそれでも彼等は崩れない。
何故なら、まだ『ヤツ』がいたからだ。
そう、ドウモトである。
ドウモトは自由へと続く『南東門』を守る最後の砦として、扉の前で仁王立ちをしていた。
何十人もの勇気ある囚人たちがヤツに立ち向かって行ったが、全て返り討ち。
その巨体から繰り出される大砲のような威力のパンチをまともに食らい、ある者は肋骨を折られ、
またある者は泡をふき、そしてある者は宙を舞った。
まさに『バケモノ』。
それがドウモトなのである。
しかしそんなドウモトにも27人目の挑戦者を吹っ飛ばしたという頃、ようやく疲れが見え始めた。
自らの拳を重そうに持ち上げ、それを挑戦者達に振り下ろしていく。
ゼェゼェと息を吐き、肩が激しく上下している。
「行くで! ナナシ君! 今がチャンスや!」
横の方から聞こえてきたマチミヤの声にナナシはその場でうなづくと、体を『南東門』の方へ向ける。
そしてマチミヤと2人で自由を求めて駆け出した。
「…………!!」
好機と言わんばかりにこちらに近づいてくる2つの人影。
その正体が『マチミヤ』と『魔王』と知った時、ドウモトの表情には邪悪な笑みが現れた。
「フフ、バカが。
わざわざ、獲物2人の方から出向いて来るとは。
チャンスだと思って勝負を挑みに来やがったな。
あんまり舐めるんじゃねぇぞ?
いくら疲れていたとしても、てめぇら2人を相手にすることぐらい、簡単な事なんだからなァ!」
その言葉共に繰り出される、大きな大きな拳。
それはナナシを狙ったものであったが、彼は間一髪の内にそれをヒラリとかわした。
「こっちも刑務作業でいくらか体は鍛えられてるんだ! あんまり弱いと思ってかからない方が身の為だぞ?」
珍しくキャラに似合わない強気なセリフが、ナナシの口から放たれる。
そしてその言葉は、ドウモトを『プッツン』させるのに大きな効果を発揮した。
「あんまり調子に乗るなよ!
このカス共が!」
『ギア』を上げたドウモトは、それこそ一発当たれば骨折レベルのパンチを、まるでマシンガンのように放ち始める。
しかしそれを、ナナシはスイスイと全てかわした。
記憶を失う以前の事は分からないが、
喧嘩などこれまで一度もした事がないナナシ。
それが何故、これ程までに『動けるのか』。
相手のドウモトも、そして本人のナナシでさえも、
驚愕、と言った顔で立ち回っていた。
……と、その時。
「死ねや! このボケがッ!」
ドウモトに気を取られるあまり、背後に近づくドウモトグループの一人に気が付かなかったナナシ。
後頭部に、それはあまりにも重すぎる『鉄パイプ』の一撃を受けてしまった。
「ぐッ!」
——頭が、熱い!?
その熱の正体が自分の後頭部から流れ出した大量の流血であると知ったとき、既にナナシの体は意志と反して地面に吸い寄せられていった。
「ナナシ君!」
慌てて助けに向かおうとするマチミヤ。
しかし何人もの囚人に阻まれ、それも叶わない。
「寄越せ オラァ!」
ドウモトがその部下に手を差し出し、ナナシを殴った鉄パイプを受け取った。
ナナシはそのあまりの痛みに地面にうずくまったまま。
それを助けようとするマチミヤは、他の囚人達に阻まれ、その場を動けない。
「おい! ナナシ!
早く立て! 殺されるぞ!」
そんな声が意識の外側から聞こえるも、体が思うように動かず、立てないナナシ。
まさに状況は絶望的と言えた。
「ハァ、ハァ。てこずらせやがって。
てめぇはもう、生かしては帰さねぇ。
生け捕りなんざ、クソ食らえだッ!
死ねや! このカスがァ!」
そうして、ナナシの剥き出しの後頭部に、ドウモトの非情な一撃は振り下ろされた。
探せ! マチミヤは見つけ出して必ず殺せ!
『魔王』は半殺しに留めておけよ?
王国に売り渡せば金になるのだからな」
息巻いた囚人達の声が遠くで聞こえた気がする。
僕たちは入ってきた運動場を急いで引き返し、暗闇の廊下を必死に走っていた。
「さぁ、これからどうする!?」
マチミヤが息をハァハァと切らしながら言った。
「そ、そんなの僕が聞きたいですよ!
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……クソ、まさか脱獄が王国にバレていたとは!」
「フフフ、ナナシ君。
逃げる事は『前進』への第一歩と、我ながらよく言ったものやな。
その言葉通り、ワシらは今こうやって走っとる」
マチミヤは凛々しい表情でこちらを見つめてきた。
おいおい、ここはそういう顔をするところじゃないだろう。
「いやいや。
今僕らは間違いなく『後退』していますよ!
せっかく脱獄の為に開けた扉を通ってね!」
ややキレ気味に、ナナシはツッコむ。
事実、今僕たちが向かわされている行き先は、一般房エリアだった。
まさに言葉通りの『逆戻り』。
背後には殺気だった何百人ものドウモトグループ達が、僕らの『タマ』をとろうと息巻いている。
状況は絶望的といえた。
「さぁ、どないしよか!?
ドウモトが待ち構えてるなんてパターン、想定してなかったで……」
深刻そうな顔をして、マチミヤは僕の胸ぐらを掴んで振り回した。
「何か。 何か策はないのか?
数百人のドウモトグループの壁を突破する方法は……」
マチミヤの手を振りほどいて、締め付けられた喉をさすりながら、僕達は考える。
必死に長い長い暗闇の廊下を走り抜けながら、残された酸素を脳みそへ回した。
体から汗がこぼれる。
それは半分、疲労からの汗であり、そしてもう半分は間違いなく焦りから来る『冷や汗』であった。
——考えろ、考えるんだ。
何か思いつかなければ、間違いなく僕らは囚人たちに捕まり、人生終了となる。
全く。マチミヤの言葉に動かされて、ようやく外の世界に行くことを決めたのに。
なんてこった。
「何か。何か無いのか!?」
僕達は走りながら、周りに視線を泳がせた。
……ちくしょう。それにしても、熱い。
汗で服がびしょ濡れになってきた。
くそ。せっかく盗んだ新品の刑務官の制服なのに。
——うん!? 待てよ、『刑務官』の制服!?
「……マチミヤさん!
いいアイデアを思いつきましたよ!」
ナナシはその興奮に、思わずマチミヤの胸ぐらを掴んでいた。
「な、なんや。そのアイデアって」
慌てて立ち止まり、二人は顔を見合わせる。
「僕達、鍵持ってたじゃないですか!
一般房の全ての扉を開けられる鍵を!」
「ま、まさか、君。
『他の囚人達を一斉に解き放て』言うとるんか!?」
「そうです!
こうなったら、もう一か八かだ。
他の囚人達を一斉に解き放ち、『穏便』に行う筈だった僕達『二人』のささやかな脱獄計画を、この刑務所『全ての囚人』を巻き込んだ、『集団脱獄騒動』にしてしまいましょう!」
「つまり、解放した他の囚人達の勢いに乗じて、ドウモトグループが立ち塞がる、あの『壁』を突破しよう、という事やな?
……君もなかなか見かけによらず、大胆な事を考えよる」
「……『集団脱走』程の大騒ぎになれば、直ぐに他の刑務官達も外から飛んでくるでしょう。
その中には、あの『鬼の刑務主任』ノートンも含まれているはずです。
どうします? マチミヤさん。
反対の意見を唱えるなら今のうちですが」
「フフ、バカ言え。
なかなか『そそる』で!
いっちょ、やったろうやないか!
バクチしてこそが『ワシの人生』や!」
二人の意思は、そこで固まったようだった。
顔を見合わせてコクリとうなづくと、あてもなく逃げ回っていた刑務所内の目的地を、『一般房エリア』へと変更する。
そして二人は今、再び駆け出し始めた。
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それから数分が経過して。
「このカス共が!
早くヤツらを捕まえてこい!
チンタラしてっと、てめぇらも殺すぞコラァ!」
運動場内には、ドウモトの部下に対する怒号が響き渡っていた。
その声に部下達は震え上がり、必死に刑務所の暗闇の中に目を凝らす。
そのドウモトの言葉に嘘偽りがないことを、部下たちは皆知っていたからだ。
実際、痺れを切らしたドウモトが、近くにいた哀れな部下2名に対して『気合い入れ』と称し、腹に強烈な1発を打ち込んでいたからだ。
その部下達は気合が注入されるどころか、意識を完全に飛ばせ、地面に大の字となって眠っている。
ドウモトの機嫌が時間と共に悪くなっていくのが、部下達には恐ろしい程ハッキリわかった。
「はやくヤツらを見つけ出さなくては……………、こっちが先に『殺られる』!」
探す部下達にも焦りが見え始める。
……と、その時だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そんな何百人もの人々が集まって出来た、自分達を激しく鼓舞する雄叫びが聞こえてきたのは。
それはナナシ達が先ほど解放した、一般房に収容されていた囚人達。
目の前にある『自由への扉』を通り抜けようと、我先にという風に軍を成して突っ込んできたのだ。
もちろん、そんな事など知らぬドウモトの兵隊達。
突然湧いて出た囚人達の『カタマリ』に、誰もが思わず呆然と立ち尽くした。
しかしそんな彼等を正気に戻したのは、トップであるドウモトの怒号。
彼だけは、冷静であった。
「てめぇら何してやがるッ!
あの中に『魔王』と『マチミヤ』がいるかもしれねぇんだぞ!
囚人誰一人として、『南東門』を通らせるな!
全員、皆殺しにしろ!」
こうしてナナシ達に解放された
自由を求める囚人の軍団と、
それらを阻止せんとするドウモトグループの、
戦いの火蓋が切って落とされた。
数百人規模の、まるで『戦争』のような戦いだ。
たちまち刑務所の運動場内は『カオス』な状態となり、殴られた囚人と悲鳴や、『ぶっ殺してやる!』といった、興奮の声に包まれていった。
殴り合い、蹴飛ばし合い、噛み付き合い。
長きにわたって監獄に囚われ続けてきた自由に飢えし獣達は、それこそ死に物狂いでドウモトグループに戦いを挑む。
それはまさに、『覚悟』の大きさが違った。
そしてそれは、戦いにおいても大きく影響を及ぼしたのだ。
次第に彼等は押され始め、悲鳴を上げて何十人もの人間が地面に倒れ、踏まれていった。
ナナシ達もその戦いに混じって囚人達を殴り、蹴飛ばし、少しずつ扉へと近づいていく。
しかしそれでも、相手はまだ崩れなかった。
『敗北』の一歩手前で必死に歯を食いしばっているような、そんな状態だ。
戦いに対する士気も完全に削がれ、もう完全に勢いを失っているというのにそれでも彼等は崩れない。
何故なら、まだ『ヤツ』がいたからだ。
そう、ドウモトである。
ドウモトは自由へと続く『南東門』を守る最後の砦として、扉の前で仁王立ちをしていた。
何十人もの勇気ある囚人たちがヤツに立ち向かって行ったが、全て返り討ち。
その巨体から繰り出される大砲のような威力のパンチをまともに食らい、ある者は肋骨を折られ、
またある者は泡をふき、そしてある者は宙を舞った。
まさに『バケモノ』。
それがドウモトなのである。
しかしそんなドウモトにも27人目の挑戦者を吹っ飛ばしたという頃、ようやく疲れが見え始めた。
自らの拳を重そうに持ち上げ、それを挑戦者達に振り下ろしていく。
ゼェゼェと息を吐き、肩が激しく上下している。
「行くで! ナナシ君! 今がチャンスや!」
横の方から聞こえてきたマチミヤの声にナナシはその場でうなづくと、体を『南東門』の方へ向ける。
そしてマチミヤと2人で自由を求めて駆け出した。
「…………!!」
好機と言わんばかりにこちらに近づいてくる2つの人影。
その正体が『マチミヤ』と『魔王』と知った時、ドウモトの表情には邪悪な笑みが現れた。
「フフ、バカが。
わざわざ、獲物2人の方から出向いて来るとは。
チャンスだと思って勝負を挑みに来やがったな。
あんまり舐めるんじゃねぇぞ?
いくら疲れていたとしても、てめぇら2人を相手にすることぐらい、簡単な事なんだからなァ!」
その言葉共に繰り出される、大きな大きな拳。
それはナナシを狙ったものであったが、彼は間一髪の内にそれをヒラリとかわした。
「こっちも刑務作業でいくらか体は鍛えられてるんだ! あんまり弱いと思ってかからない方が身の為だぞ?」
珍しくキャラに似合わない強気なセリフが、ナナシの口から放たれる。
そしてその言葉は、ドウモトを『プッツン』させるのに大きな効果を発揮した。
「あんまり調子に乗るなよ!
このカス共が!」
『ギア』を上げたドウモトは、それこそ一発当たれば骨折レベルのパンチを、まるでマシンガンのように放ち始める。
しかしそれを、ナナシはスイスイと全てかわした。
記憶を失う以前の事は分からないが、
喧嘩などこれまで一度もした事がないナナシ。
それが何故、これ程までに『動けるのか』。
相手のドウモトも、そして本人のナナシでさえも、
驚愕、と言った顔で立ち回っていた。
……と、その時。
「死ねや! このボケがッ!」
ドウモトに気を取られるあまり、背後に近づくドウモトグループの一人に気が付かなかったナナシ。
後頭部に、それはあまりにも重すぎる『鉄パイプ』の一撃を受けてしまった。
「ぐッ!」
——頭が、熱い!?
その熱の正体が自分の後頭部から流れ出した大量の流血であると知ったとき、既にナナシの体は意志と反して地面に吸い寄せられていった。
「ナナシ君!」
慌てて助けに向かおうとするマチミヤ。
しかし何人もの囚人に阻まれ、それも叶わない。
「寄越せ オラァ!」
ドウモトがその部下に手を差し出し、ナナシを殴った鉄パイプを受け取った。
ナナシはそのあまりの痛みに地面にうずくまったまま。
それを助けようとするマチミヤは、他の囚人達に阻まれ、その場を動けない。
「おい! ナナシ!
早く立て! 殺されるぞ!」
そんな声が意識の外側から聞こえるも、体が思うように動かず、立てないナナシ。
まさに状況は絶望的と言えた。
「ハァ、ハァ。てこずらせやがって。
てめぇはもう、生かしては帰さねぇ。
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