男装伯爵は元男娼に愛される

秋乃 よなが

文字の大きさ
28 / 32
第五章 伯爵と元男娼、心通う

第二十八話「永遠の忠誠」

しおりを挟む

 ノアは静かに二人の話を聞いていた。

 男娼であれば、好きでもない者を相手にすることには慣れているだろうし、いい種馬にもなるだろう。

 確かに道徳的には疑問だが合理的な考えではあると、ノアは思っていた。

 そして、シャーロットと初めて顔を合わせた日。彼女の印象をクリスではなくノアに聞いた理由は、このことが関係していたのかもしれないとも同時に思った。

「…気を悪くするようなことを言っているのは、重々承知している。だが、秘密を知った以上、私は君を手放すことはできない。君がそんなことをしたくないと言うなら…する必要はない。しかし、それでも君をこの屋敷から出すことはできないんだ。――勝手なことばかり、すまない…」

 そう言って大きく肩を落とし深く俯いてしまったロイドの背を、エマが慰めるように撫でる。

 華奢なロイドの身体がさらに小さく見えて、ノアは想いを改めるように、そっと目を一度閉じた。

「――ロイド様、お顔を上げてください」

「―――、」

 躊躇う素振りを見せて、ロイドがゆっくりとその顔を上げる。

 交わった空色の瞳は怯えた子供のように揺れていて、そんなロイドを安心させるように、ノアは出来るだけ優しく見えるよう微笑んで見せた。

「そんなお顔をなさらないでください。私は別に怒ったりしていませんし、逃げ出したりもいたしません」

 笑みを浮かべたまま、ノアはベッド脇に膝を着く。

「お手をよろしいですか?」

「……ノア?」

 戸惑いながらも躊躇いがちに伸ばされるロイドの手を、ノアはしっかりと握った。

 そして、少しも捉え違いがなくロイドの心に伝わるようにと、その空色の瞳を真っ直ぐに見つめて口を開いた。

「私は、今の生活をとても気に入っています。そして、この生活を与えてくれたのはロイド様、他ならぬ貴女様です。貴女様がタイラー家の為に私をお使いになると仰るなら、私は喜んでこの身を差し出しましょう」

「―――、」

 ノアの言葉に、ロイドが驚きに息を呑む。

「私が貴女様のお役に立てるなら、それがどんなことでも私には幸せなことです。貴女様の為に尽くせるということが、何よりも幸せなのです」

「ノ、ア…」

 ノアの真っ直ぐな言葉に、ロイドの声が震える。

「貴女様は私に、非道徳的なことをさせると心を痛めてくださった。私には、それだけで十分なのです」

「っ、」

 あの日ロイドに拾われたお陰で、今の自分は人間としての尊厳を取り戻した。

 金の為に、と理不尽なことに耐える必要もない、温かな場所を与えてくれた。

 それを思えば、伯爵夫人になるだろう女一人を抱くことなど、苦痛でもなんでもない。

 むしろ、それがロイドの支えになるならば、喜んで『代理』を務め上げてみせようとさえ思うのだ。

「ロイド様…」

 そんな想いを込めて、ノアはロイドの名を呼ぶ。

 それが伝わったのか、まるで込み上げる熱を押し留めるように、ロイドがきつく瞼を閉じた。

 今にも泣き出しそうなロイドの表情を見るのは二度目で、それでも泣くまいと、強くあろうとする彼女を大切にしたいと、ノアは思った。

「――私はロイド様に、永遠の忠誠を誓います」

 そうしてロイドの薄い手の甲に口づけをひとつ落とせば、弾かれたようにロイドがノアの首に腕を回した。

「っ、ありがとう…っ、ノア…!」

「…それは私の台詞です。ありがとうございます、ロイド様」

 ノアの首元にしっかりとしがみ付くロイド。

 小さな子供をあやすように優しくその華奢な背を叩けば、より一層、強くも弱いこの人を守りたいとノアの心が強く訴えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

腹ペコ令嬢は満腹をご所望です【連載版】

古森きり
恋愛
前世は少食だったクリスティア。 今世も侯爵家の令嬢として、父に「王子の婚約者になり、次期王の子を産むように!」と日々言いつけられ心労から拒食気味の虚弱体質に! しかし、十歳のお茶会で王子ミリアム、王妃エリザベスと出会い、『ガリガリ令嬢』から『偏食令嬢』にジョブチェンジ!? 仮婚約者のアーク王子にも溺愛された結果……順調に餌付けされ、ついに『腹ペコ令嬢』に進化する! 今日もクリスティアのお腹は、減っております! ※pixiv異世界転生転移コンテスト用に書いた短編の連載版です。 ※ノベルアップ+さんに書き溜め読み直しナッシング先行公開しました。 改稿版はアルファポリス先行公開(ぶっちゃけ改稿版も早くどっかに公開したい欲求というものがありまして!) カクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェ、ツギクル(外部URL登録)にも後々掲載予定です(掲載文字数調整のため準備中。落ち着いて調整したいので待ってて欲しい……)

【完結】初恋の人に嫁ぐお姫様は毎日が幸せです。

くまい
恋愛
王国の姫であるヴェロニカには忘れられない初恋の人がいた。その人は王族に使える騎士の団長で、幼少期に兄たちに剣術を教えていたのを目撃したヴェロニカはその姿に一目惚れをしてしまった。 だが一国の姫の結婚は、国の政治の道具として見知らぬ国の王子に嫁がされるのが当たり前だった。だからヴェロニカは好きな人の元に嫁ぐことは夢物語だと諦めていた。 そしてヴェロニカが成人を迎えた年、王妃である母にこの中から結婚相手を探しなさいと釣書を渡された。あぁ、ついにこの日が来たのだと覚悟を決めて相手を見定めていると、最後の釣書には初恋の人の名前が。 これは最後のチャンスかもしれない。ヴェロニカは息を大きく吸い込んで叫ぶ。 「私、ヴェロニカ・エッフェンベルガーはアーデルヘルム・シュタインベックに婚約を申し込みます!」 (小説家になろう、カクヨミでも掲載中)

王妃候補は、留守番中

里中一叶
恋愛
貧乏伯爵の娘セリーナは、ひょんなことから王太子の花嫁候補の身代りに王宮へ行くことに。 花嫁候補バトルに参加せずに期間満了での帰宅目指してがんばるつもりが、王太子に気に入られて困ってます。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、 魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

心許せる幼なじみと兄の恋路を邪魔したと思っていたら、幸せになるために必要だと思っていることをしている人が、私の周りには大勢いたようです

珠宮さくら
恋愛
チェチーリア・ジェノヴァは、あることがきっかけとなって部屋に引きこもっていた。でも、心許せる幼なじみと兄と侍女と一緒にいると不安が和らいだ。 そんな、ある日、幼なじみがいつの間にか婚約をしていて、その人物に会うために留学すると突然聞かされることになったチェチーリアは、自分が兄と幼なじみの恋路を邪魔していると思うようになって、一念発起するのだが、勘違いとすれ違いの中から抜け出すことはない人生を送ることになるとは夢にも思わなかった。

【完結】将来有望な若手魔術師が、私に求婚した理由

miniko
恋愛
魔術の名門侯爵家の令嬢で、王宮魔術師でもあるソフィアは、ある日突然同期の有望株の魔術師から求婚される。 密かに彼が好きだったソフィアは困惑する。 彼の目的は何なのか?爵位が目当てか、それとも・・・・・・。 ※「金で買われた婚約者と壊れた魔力の器」の登場人物、ソフィアが主人公の話です。こちらは恋愛に全振りした、軽めのお話です。 本作のみでも、お楽しみ頂けます。 ※感想欄のネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。 本編未読の方はご注意下さい。

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。

甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。 だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。 それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。 後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース… 身体から始まる恋愛模様◎ ※タイトル一部変更しました。

心が見えるバケモノだと家族に虐げられてる侯爵令嬢、賑やかな侯爵子息様に出会って即告白をされ、毎日溺愛されてるんですがどうすればいいのかしら…

ゆうき
恋愛
他人の心を見る魔法。それは使い手の意思に関係なく発動し、他人が心で思っている言葉や感情を見てしまう魔法です。 この魔法が使えてしまう私、アイリス・ハーウェイは家族からバケモノとして扱われ、毎日のように虐げられて育ちました。そのせいで、私は人間不信になり、他人が嫌いになりましたわ。 そんな私は、お姉様に押し付けられたパーティーに参加していたのですが、人がいないバラ園で休憩していると、パーティーの主催者であるディヒラー家のご子息様、レックス様に声をかけられました。 声をかけられた時、私は魔法の才に優れる我が家の血が欲しくて、私に言い寄ってきただけかと思ってました。実際に、今回のパーティーの間だけでも、九人の殿方のお誘いをお断りしてます。 ですが、私の想像を裏切るように、レックス様はこう仰いました。 「俺は君に惚れてしまった! 一目惚れだ! だから……俺と結婚を前提に付き合ってくれ!!」 ……信じられますか? 私、この方とは初対面なんですのよ? しかも、心の声も同じような事を仰っていたので、この告白に嘘偽りはありませんでした。 この声量も心の声も賑やかな彼との出会いによって、ずっとバケモノとして虐げられていた私の人生は大きく変わりました。 毎日のようにレックス様は私に会いに来てくれて、愛してくださいました。そんな彼に、私は惹かれていきましたの。 それは幸せでもありましたが、同時に私を虐げてきた家族との最大の争いになるきっかけになるとは――私には知る由もありませんでしたわ。 ☆文字数の都合でタイトルが若干違いますが、同じ内容のものを小説家になろう、カクヨムにも投稿しております☆

処理中です...