男装伯爵は元男娼に愛される

秋乃 よなが

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第六章 男装伯爵と元男娼、警戒する

第三十一話「漠然とした不安」

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「…ロイド。そいつには十分に気を付けろよ」

「急にどうした?私なら大丈夫だ。幸いにもあちらが私を嫌っているからな」

「だからこそだろ。どんな手段で食って掛かってくるか分からない」

「…分かったよ。パクストン伯爵には十分注意する。ノアに迷惑が掛からないようにするよ」

「迷惑が掛かる、掛からないの問題じゃないぞ」

 忠告を真剣に聞き入れているのか分からない態度のロイドに、ノアは不安を覚える。

 そして、ロイドの近くにあの欲にまみれた男がいるのかと思うと、ひどくぞっとした。

 ちょうどロイドが紅茶を飲み終えた頃、エマがロイドの部屋へ現れた。

 ロイドの就寝までの手伝いをするエマと役目を交代したノアは、その足でクリスの部屋へと向かう。

 ――コンコンコン、

「ノアです。このような時間に申し訳ありません。少しお話したいことがあります」

「入るといい」

「失礼いたします」

 ノアが扉を開ければ、書類を整理していたらしいクリスが、机に向けていた顔を上げた。

「お仕事中に申し訳ありません」

「気にしなくていい。…どうした?」

「…お耳に入れておきたいことがありまして」

「………」

 クリスが持っていたペンを置く。そして真っ直ぐにノアに視線を向け、話を聞くという意思を態度で示した。

「ハリー・パクストン伯爵のことです」

「………」

「先程ロイド様から、パクストン伯爵はタイラー家を毛嫌いしているとお聞きしました」

「…そうだな。目の敵にされているようではある」

「そのことで気になることがありまして…。――実は、パクストン伯爵は私の客だった男なんです」

「―――、」

 ノアの言葉に、クリスがすっとその目を細める。

「…週に一度は必ず、多いときは二度、あの男は私を買っていました。あの男はなんでも綺麗なものを好んでいて、私以外の男を買っていたときもあったようです」

 思い出すだけで吐き気がするほどの嫌悪感が湧く、パクストンの執拗な行為。

 何度もノアの容姿を褒め、ときに苦痛に歪む顔が見たいと、嬉々として告げてきたその濁った声。

「……あの男がロイド様に目をつけないわけがありません。嫌っているなら尚更です。ロイド様を、どんな目に合わせるか…」

 あの汚い手がロイドに触れるのを想像すれば、身体が沸騰しそうなほどの怒りが湧き上がった。

 あの欲にまみれた目が、ロイドを映すことさえ腹が立つ。

 そんな行き場のない怒りを抑えるように、ノアはその拳を強く握った。

「…確かにパクストン伯爵は、決して評判がいいとは言えない人物だ。今までタイラー家に対して大きな動きはなかったが、用心するに越したことはない。私からも探りを入れておこう」

「ありがとうございます」

 ノアがそう頭を下げれば、クリスはふっとその目元を和らげた。

「嫌なことを思い出させてしまったな。すまなかった」

「…いえ。私の過去よりも、ロイド様の未来の方が大切ですから」

 クリスが味方についてくれれば、こんなにも心強いものはない。

 けれどそれでもなお、ノアの胸には言い知れない漠然とした不安が残っていた。
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