『君との結婚は人生の無駄だった』

るーしあ

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華やかな舞踏会の喧騒が、遠くの方で心地よい残響のように響いている。

 シャンデリアの眩い光と、溢れんばかりの称賛。
 そして何より、山のように積まれた絶品のスイーツ。
 私の初めての夜会は、想像を絶する楽しさの中にあった。

 けれど、流石に少しだけ、人酔いしてしまったみたい。
 私はヴァルゼイド様に断って、一人で静かなバルコニーへと抜け出した。

「ふぅ……。夜風が気持ちいいわ」

 バルコニーの手すりに寄りかかり、夜の帝都を見下ろす。
 街路に灯された魔力灯が、まるで地上の星屑を散りばめたように煌めいている。
 先ほどまで会場で浴びていた、羨望や驚愕の視線。
 それらを一度リセットするように、冷たい風が私の頬を撫でていった。

 三年前の私には、こんな景色が見られるなんて思いもしなかった。
 あの雨の夜、すべてを失ったと思っていた。
 けれど、実際には「重荷」を捨てただけで、私の手の中には最初から幸運が握られていたのだ。

「……リリフィア。やはり、ここか」

 背後から響いたのは、聞き慣れた、けれど少しだけ熱を帯びた低音。
 振り返ると、ヴァルゼイド様が静かな足取りでこちらに歩み寄ってくるところだった。
 月光を浴びた彼の銀色の瞳は、いつも以上に鋭く、けれどどこか潤んで見えた。

「ヴァルゼイド様! 抜け出してしまってごめんなさい。少しだけ、外の空気が吸いたくて」

「謝る必要はない。私も、あの中にいるのはもう限界だった。……君が、あまりに多くの男たちの視線を奪うものだからな」

 ヴァルゼイド様は私の隣まで来ると、手すりを掴む私の手の上に、自分の手を重ねた。
 彼の指先は少しだけ熱く、そこから伝わる鼓動が、私の胸にまで響いてくるようだ。

「……私のせいですか? でも、皆様が驚いていたのは、ヴァルゼイド様が私のような者をエスコートしていたからだと思いますよ」

「違うな。彼らは君の輝きに当てられたのだ。……そして私は、それが誇らしくもあり、同時に激しく苛立たしくもあった」

 ヴァルゼイド様が私の顔を覗き込む。
 その至近距離で見つめられる銀色の瞳には、隠しきれない独占欲が渦巻いていた。
 いつもは冷静沈着な彼が、今、目の前で感情を剥き出しにしている。

「……ヴァルゼイド様?」

「リリフィア。君は、自分がどれほど残酷か分かっているか?」

 彼は私の頬を、大きな手で包み込んだ。
 逃げ場を塞ぐように、彼はじりじりと距離を詰めてくる。
 背中が手すりに当たり、私は彼と月光の間に閉じ込められた。

「あの日、雨の中で君に会った時から、私の世界は君を中心に回り始めた。……最初はただの興味だった。だが、君のその明るさに触れ、君の焼く菓子の甘さを知り、君の無垢な笑顔を見ているうちに……私は、もう手遅れになったのだ」

 ヴァルゼイド様の声が、掠れるように震えた。
 彼の体温がドレス越しに伝わり、私の心臓は壊れた鐘のように激しく鳴り響く。

「私は皇帝だ。欲しいものはすべて手に入れてきた。……だが、君だけは、力ずくで手に入れたくない。君が心から私を望み、私だけにその笑顔を向けてほしいと、そう願ってしまう」

「…………っ」

「リリフィア。……私は、君を愛している」

 時が、止まった。
 遠くの音楽も、街のざわめきも、すべてが消失した。
 ただ、ヴァルゼイド様の真剣な眼差しと、その真っ直ぐな言葉だけが、私の鼓動を突き刺した。

「愛して……いる? 私を、ですか?」

「そうだ。他の誰でもない、リリフィア。……君を、一人の女性として愛している。私のすべてを賭けて、君を幸せにしたい。……もう、離すつもりはない」

 ヴァルゼイド様の手が、私の後頭部を優しく、けれど力強く支えた。
 彼の顔がゆっくりと近づいてくる。
 あまりの熱量に、私は目を逸らすことさえできなかった。

「君の過去に何があったとしても関係ない。君を捨てた男のことなど、記憶の片隅からも消してやる。……これからは、私の愛だけを見ていればいい」

 彼はそう囁くと、私の額に、そして鼻筋に、そっと羽が触れるような口づけを落とした。
 そして最後には、唇のすぐそばで、切ないほど深い吐息を漏らす。

「……リリフィア。今すぐ答えが欲しいとは言わない。だが、逃げることも許さない。……君は、私の光なのだから」

 ヴァルゼイド様は、私の手を引き、その手の甲に深く、誓いのような口づけをした。
 見上げた夜空の月が、まるで私たちを祝福しているかのように、一層白く輝いて見えた。

 突然の告白。
 それは、私の人生で最も甘く、そして最も衝撃的な出来事だった。

 私の胸の中で、何かが音を立てて崩れ、新しい光が差し込んでくるのを感じた。
 それは、元夫のガルドス様からは一度も与えられることのなかった、本物の「愛」という名の光。

(……どうしよう。私、顔が熱くて……心臓が止まりそう)

 私は、まだ何も答えられなかった。
 けれど、握られた彼の手を、無意識のうちにぎゅっと握り返していた。

 バルコニーに流れる夜風は、先ほどよりもずっと温かく、優しく感じられた。
 リリフィアの心に、これまでで最大の幸運――「愛される喜び」が、深く、静かに染み渡っていった。

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