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【SIDE:悪役王子】お見合いの後、それぞれの想い
しおりを挟む一方、グレンはあの見合いのあとからずっと一人で思い悩み、苦しんでいた。
冷たい言葉を吐いてしまったこと。
逃げるように部屋を後にしたこと。
まだ何も返事を出来ていないこと。
騎士団長をしていた時は、こんなにも決断に悩んだり、うじうじと引きずったことはなかった。時につらい選択でも、自分の信じる道のために選び取ってきたつもりだ。
しかし、今は何というざまだろう。無意味に部屋を歩き回ったり、腕を組んで窓の外を見つめてみたり、その動きにはまるで落ち着きがなかった。
……つまるところ、ミアに自分がどう思われたか気になって仕方がないのである。
――冷血騎士が聞いてあきれる。
グレンはぼやいた。
コンコン。
王宮の本殿から少し離れた、離宮の一角にあるグレンの部屋の扉を、誰かがノックした。
「入れ」
「失礼します」
若い男が立っていた。日に焼けた肌に濃い茶色の髪。精悍な顔つきの真面目そうな青年だ。
これといった特徴はないが、装備の下にはしっかりとした筋肉がついており、その動きには隙がない。
「なんだ、アインか。また父上のところの誰かが、次の縁談でも持ってきたかと思ったぞ」
見慣れた顔に、グレンの硬くなった表情が少し緩む。
「次の縁談ではなくて、今回の縁談のことです」
「その話か。先方から返事の催促でもあったか?」
「いえ、向こうからは何も」
アインと呼ばれた男は、無表情に見えるグレンの眉が少しだけ下がったのを見逃さなかった。どうやらグレンは、ミアから何かコンタクトがあったことを期待していたらしい。
グレンとアインは、それなりに長い付き合いである。アインは、グレンがノラム公国で騎士団長をしていた際に部下だった男だ。
グレンがまだ騎士団長になるより前、一部隊の副隊長だった時。賊に襲われて燃えた村で一人死にかけていたアインを救い、騎士団に入るように取り計らったのがグレンだった。
それ以来、アインはグレンに仕えている。グレンがノラム公国を追放された時も、騎士団を辞めて彼についていくことを選んだ。アルメリア王国では唯一、グレンが信用できる人間といってよかった。
「そろそろお返事をされてはいかがですか。ミア=フローレンス嬢も待っておられるかと」
「催促が来たわけではないのだろう。こんなに時間が経ってしまうと、もう断られたものと思っているかもしれないな」
「そうかもしれませんね」
アインはグレンのさらに下がった眉尻に気付かないふりをして続ける。
「ですが、何かしらお返事されないと、フローレンス嬢は次の縁談もできないかと思いますが」
ぎくり。
グレンの胸が跳ねた。
当たり前のことだが、自分が断ればミアは次の婚約者を探すだろう。あれだけ美しく、聡明な女性を世の男たちがほおっておくはずがない。
知らない誰かがミアの細い腰に腕を回している姿を想像すると、胃がぎゅっと締め付けられるような思いがした。
「何を迷っていらっしゃるのですか。彼女のことが気に入ったのであれば、婚約してしまえばよいのではないですか。誰かと婚約されるまで、陛下はあなたをこの離れに缶詰めにするおつもりですよ」
「しかし――仮に俺が良くても、向こうがどうかというのもあるだろう」
「それなら直接聞いてみればよいのでは?」
「それが出来たら苦労しないのだがな」
「あなたらしくない。グレン団長は、こんなところで燻っていて良いお方ではありません」
「よせ。もう団長じゃない」
グレンはぴしゃりと会話を打ち切った。
アインは不満そうに押し黙る。
アインが、グレンと出会った頃――もう何年も昔からそうだった。
グレンは一を殺して十を生かすという考えの男だ。より多くの命を救うために。
常に世の中にとって良いほうはどちらかと天秤にかけ、それを貫くためには辛い決断もする。そのくせ、いざ自分の幸せのこととなると途端に不器用になるのだ。
誰より人を救いたいと思っているはずなのに、そのために多くの人を殺さねばならなかったという矛盾。そんな自分を罪人だとでも思っているのか、わざと幸福を遠ざけているようにアインには見えた。
――グレンは本来、優しい人間なのだ。
大切なものが増えること、人を愛することが怖いのだろうか。
それは、人に裏切られ、騙され、傷付きすぎてしまった彼の心を守る防衛本能なのかもしれなかった。
「――だが、お前の言うことも一理あるな。いつまでも悩んでいても仕方ない。今日中に返事の手紙でも書こう」
「ええ、それがいいと思います。それでは、書きあがった頃にまた来ます」
アインは一礼をしてグレンの部屋から去っていった。
……さて、なんと返事をしたものか。
グレンは机に向かって羽ペンを握り、また悩んでいた。
自分の心が、ミアが別の男と婚約するのは嫌だと告げている。その一方で、一方的に自分との婚約を押し付けるべきではないという思いもぬぐい切れない。
ミアはグレンが怖いと言った。
だが、彼女はグレンのことをもっと知りたいとも言った。
――頭の中で何度も繰り返した、あの言葉をもう少し信じてみてもよいのではないだろうか。
宛名を書いただけで止まっていたペンが、再び動き出した。
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