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悪役王子との気まずいお見合いタイム

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 グレンの後ろに控えていた侍女は二人に紅茶を用意すると、このおかしな状況から早く逃れようと足早に去っていった。

 その後しばらくして少し落ち着いたミアは、ふかふかのソファで最大限小さくなっていた。

 ――彼が、冷血騎士グレン=フォン=エイブラムス。

 知らなかったとはいえ、中庭で彼と普通に雑談していた自分が恨めしい。しかも呑気に鼻歌を歌っているところまで見られている。

 あの時、何か失礼なことを言わなかっただろうか。いや、むしろ顔も知らなかったということ自体、非常に失礼だったんじゃないだろうか。

 ……極めつけには顔を見て驚き、叫び声をあげるなどお見合い相手として終わっている。

 ――どうしよう、最悪殺されるかも。

 冷血騎士の噂を思い出し、ミアは背筋を冷やした。

「落ち着いたか」

 居心地悪そうにしているミアにグレンは話しかける。

「……はい。大分落ち着きました」

「お前が相手とは、俺も知らなかった。お前もその様子だな」

「そうです。……申し訳ありません、王子に対して大変な無礼を」

「別に、そうかしこまってほしい訳じゃない」

 噂と違って目の前の彼はあくまで紳士的な様子である。
 だが、グレンの青い瞳は見定めるかのようにミアを捉えて離さない。

「顔を知らなかったとはいえ、俺の話は聞いているな?」

 ミアはうっと詰まったが、この男の鋭い眼光の前では嘘がつけそうになかった。

「そうですね、ノラム公国の元騎士団長だったと、噂だけ……ですが」

「そうか」

 悪い噂については口を濁したが、そのニュアンスは彼に伝わったようだった。

 グレンは腕を組んでミアから目をそらす。

 グレンは、ミアが冷血騎士の噂を知っていたことに内心で溜息をついた。そもそも隠していたわけではなかったし、王国中で噂になっていると聞くので、当然のことではあるのだが。
 だが、こうしている今も、ミアはさぞかし怖い思いをしていることだろう。

 残念なことではあるけれど、本当に彼女のことを思うのであれば早くこの場から解放してやるべきかもしれない。

「でも、噂は噂なので。嘘ですよね? 自分の邪魔をするものは処刑してきたとか、部下に裏切られて国を追い出されたとか、そんな話は」

「いや、それは本当だな」

「悪魔の化身と呼ばれてたとか」

「そうだったかもしれない」

「元上官を拷問にかけたっていうのは?」

「結果的にそうなったこともある」

「……そう……ですか……」

 あまりに正直すぎるグレンの答えに、ミアは絶望した。

「ごめんなさい、不躾でしたよね。こんなこと本人に聞くなんて」

「気にすることはない。噂されることには慣れている。自分の生み出した結果だ」

 ミアの沈んだ気持ちを察したように言った。

 この見合いはもうやめにしたほうがいいだろう、とグレンは悟った。
 すでに心の奥に芽生えかけていたミアに対する気持ちを押し殺す。

「お前も、俺が怖いんだな」

 小さな声でグレンはつぶやく。
 捨てられた子供のような声。

 ミアがグレンのことを恐ろしいと思うのは事実だった。
 だが、それ以外の感情をグレンに対して感じはじめていたのも本当だ。

 ミアはそれが伝わらぬまま終わるのは嫌だと思った。
 冷血騎士ではなく、中庭で寂しそうな顔をしたグレンという一人の人間に。

「正直に言うと怖い……です。でも、中庭で話した時のあなたは優しかった」

 ミアは続ける。

「恐ろしいところも、優しいところも、本当のあなたなんだと思います。今だって本当は怖くて逃げだしてしまいたいけど、それと同じくらい、優しいあなたをもっと知りたいと思うんです」

 怖くても、目はそらさない。
 震えるまつ毛に縁どられた翡翠の瞳が、グレンをまっすぐ射抜いた。

「……そんなことを言わなくていい」

 グレンは皮の手袋をした手で眼帯をつけた顔を覆った。

 ミアの言葉に一度押し殺そうとした気持ちがあふれて、胸が熱くなる。

「あなたと話してみたら、噂みたいに誰かまわず処刑してしまうような人間には見えませんでした。本当のところはわかりませんけど」

「……いいや、処刑したのは嘘じゃない。老人も子供も殺した」

「理由があったんじゃないですか」

「どんな理由でも事実は事実だ」

 グレンは呻るように、威圧感を込めて答えた。

「俺は、お前に優しくしてもらえるような人間じゃない」

「――それならなんで、そんなに悲しそうな顔をするんですか」

 悪い噂をいくらされても、顔色一つ変えなかったグレンの表情がゆがんでいた。


 ――アルメリア王国へ戻ってきてから初めて、自分を理解しようとする言葉をかけられたような気がする。

 いくら平気そうな顔をしていても、追放後に生きる理由を見失っていたグレンには、ミアの言葉は闇にさす一筋の光のように感じられた。

 だが、ミアの問いにグレンは答えなかった。
 二人の間に、重い沈黙が流れる。



「――今日は、もう終わりにしよう」

 グレンは立ち上がり、ミアに背を向けた。

「……あ、待ってください! 私――」


 ミアは引き留めようと立ち上がり、彼の背に声をかけたがグレンは部屋を去っていった。
 思いがけず強い力で扉が閉じられ、バタンと大きな音が鳴る。

 応接間には、言いかけた言葉の行く先を失ったミアだけが残される。


 ――まずい。

 ミアはその場にへたりこんだ。

「私、大変なことをしでかしたかも……」

 グレン王子は話の途中で出て行ってしまった。

 お見合いが途中で中断されるなんてありえないことだ。
 無難にすませるはずだったのに、一体なぜこうなってしまったのか。

 フローレンス家崩壊、一家離散、下手したら処刑の危機――
 頭に不吉な想像がうかんでは消えた。

「お母さま、お父さま、使用人のみんな、本当にごめんなさい……」

 ミアはつい熱くなってしまう自分の性格を呪った。


 一度も口をつけられなかった紅茶は、すっかり冷めていた。



 ――それからの事はよく覚えていなかったが、ミアは逃げるようにフローレンス家の屋敷に帰った。

 お見合いはダメだった、と思いつめたように告げたミアを母親は責めなかった。

 また頑張ってステキなお相手を探すから安心してね、とミアを叱咤激励し、それ以上は何も言わずに菓子を買ってきてくれた。
 そんな気遣いが逆につらい。

 数日経ってもグレンからは何の連絡もなかったが、改めて断りを入れるほどのことでもないという話だろう。
 しかし、結果的にはこれでよかったのかもしれない。

 もともと上手くいくとも思っていなかったお見合いだったし、無難にかわすつもり満々で臨んだのだ。
 最後に余計なことを言ってしまったという自覚はあったが、それに対して怒って嫌がらせをしてくるような人には見えなかった。




 ――だから、こうしてかすかに胸が痛むことに理由なんてないのだ。
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