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はじまりはいつも雨②
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彼と3ヶ月記念日にデートした日も雨だった。
突然降られた雨に、私は不貞腐れてしまった。
それも当然だ。この日のために髪を久々に巻き、この日のためのワンピースを着て、それに合わせたお気に入りのショートブーツ、流行りのバッグを持っていた。
それが雨に濡れて、スカートに泥はね汚れを作ってしまったのだ。
自分が酷い雨女だという事を失念していた。言い返せば、それだけ彼との3ヶ月記念日が楽しみだったのだ。
「ごめん、美晴。俺がベイエリアなんて誘ったから」
ベイエリアの遊園地を目的に来ていたのだ。もちろんDランドとは違い、広いアーケードもない単なる屋外だ。
仲秋の雨とずぶ濡れになった服が、身体を冷えさせる。
「私が……悪いの」
彼の顔をまともに見れなかった。
いい記念日にしようとしたのに、二人ともずぶ濡れで遊園地の自動販売機コーナーなんて色気のない場所で佇んでいる。
よりによって今日。
ひどく惨めになった。つまらない意地やちっぽけなプライドがある20歳こどもの私には、次回もあるのだと諦めるふりをすることすらできなかった。
「なに言ってんの? 美晴の所為じゃないだろ」
「……黙ってたけど、私……」
偶然じゃないぐらいの雨。天気予報ですら外れさせる能力があるのだと、本気で思った事もある。
そして、この天気は自分の所為なのだとすら思えた。若気の至りである。
「……俺は別れたくないから」
肩を引き寄せらせて、ぶつかった彼の腕の体温が少し高かった。
「俺たち、付き合い始めたばっかりだろ」
「朔也……。違うの。聞いて……」
怒ったような彼の表情が解けて、怪訝な表情に変わっていく。
「私ね、雨女なの!」
「なんだ、そんなことか」
私の意を決した言葉を一蹴すると、彼は明らかに安堵した顔になった。
「ずっと不機嫌だしさ、一緒にいても楽しくないんだと思ってた」
「そ、それは……」
私は、この日に合わせたワンピースと巻いた髪型が駄目になった事を彼に話した。
話しながら、『今日は可愛い服着てるね』の一言がなかったのが悔しかったと思った。彼のために全て用意したのに。
そして、彼のためと思いながらも、自分が褒められたかっただけという事が心に引っかかった。
自分のための記念日にしてしまった情けなさに気づいたのだ。
2人のための日なのに。
「とにかくさ……ちょっと寒さみぃわ」
彼は、びしょ濡れの鞄から財布を取り出して、後ろの自動販売機で温かい飲み物を買った。
私に缶のミルクティーを渡してくれた。
指先の温かさに、缶を開けるか開けまいかと迷っていると、コーヒーをひとくち飲んだ彼が、なにかに気づいたように「あ!」と言った。
「もしかしてさ、美晴」
とんでもない発見をした、そんな表情に圧倒されてしまった。
「俺のために、ワンピースや髪とかってこと……?」
なんテンポもズレた気づきの後、彼が肩を落とした。
「ばっかだな、俺」
「別にいいよ。朔也のためとか言いながら、結局、朔也に褒められたかっただけなんだもん」
「……ばーか。そんなの、嬉しいに決まってるでしょーが」
なかなか顔を上げない彼は、きっと照れていたのだと思う。
私も彼のそれに連鎖してしまい、気恥ずかしくなってしまった。まるでこの時だけ中学生に戻ったかのようだった。
缶コーヒーを仰ぎ飲むと、彼は私の手を引いて歩き始めた。
「どこ行くの? 雨が……」
まだ雨足は緩やかになってなかった。彼に引かれるがままに足早に歩くと、ショートブーツが汚らしい音を立てるのが気になった。
「もうびしょ濡れだから、これ以上酷くならないよ」
電車にすら乗れない。
携帯電話を取り出した彼は、どこかに電話を掛け始めた。
そのまま遊園地を出て、まばらに停まっているタクシーに乗り込んだ。
濡れねずみさながらの私たちを、嫌な顔せずに迎え入れたタクシー運転手に頭を下げた。
「コーキューホテルまでお願いします。あ、その前にコンビニ寄ってもらえますか?」
行き先に私が驚いていると、彼は笑って手を握ってくれた。今でも草野球をしていた彼の手はゴツゴツしていて、分厚い。私の手などすっぽり片手で掴めてしまう。
「ベイエリアからだとちょっと遠いな。……美晴、寒くない?」
当時の初心な私は、急になにを話していいのかわからなくなった。
一介の大学生の身分では、行くことすら躊躇する超有名ホテルの名前が出たのだ。
ついでに財布の中身が心配になったのも、クレジットカードで支払うことを覚えた今では、笑ってしまう程かわいらしく思う。
一度コンビニにタクシーが止まり、彼が買い物に行った。すぐに彼はタクシーに戻り乗り込み、とうとうホテルの入口まで来てしまった。
高級感のあるロビーを、雨で濡れた大学生が堂々としていられるわけなく、私は彼の袖を掴み俯いてしまった。
場違いも甚だしい。ロビーは、ちゃんとした服装の人たちやスーツ姿のビジネスマンばかりだ。
怒られやしないかビクビクしてしまった。そもそも、ラグジュアリーホテルだなんて、カレシなどと来たことさえないのだ。大学生では、背伸びしてシティーホテルがやっとだ。
彼は、フロントとは離れたデスクの男の人の前で手続きをしていた。
キーを受け取った彼に促されて、ホールを横切りエレベーターを待った。
「こんな高そうなところ……。私、今月ピンチだよ?」
バイトを増やしたところで今月の給料は増えない。
彼は眉を上げて笑った。
「ちょっとしたコネがあるから、美晴は心配しないでいいよ。でも、本当はこんな事できないから、ナイショな」
おどけるように肩を上げたのを見て、何も言えなくなってしまった。
そんなことがまかり通るのだろうかと、当時も思った。後々聞けば、いくら部屋が空いていても、してはいけないことらしい。
どんな頼み方をしたのか、今もって謎だ。
突然降られた雨に、私は不貞腐れてしまった。
それも当然だ。この日のために髪を久々に巻き、この日のためのワンピースを着て、それに合わせたお気に入りのショートブーツ、流行りのバッグを持っていた。
それが雨に濡れて、スカートに泥はね汚れを作ってしまったのだ。
自分が酷い雨女だという事を失念していた。言い返せば、それだけ彼との3ヶ月記念日が楽しみだったのだ。
「ごめん、美晴。俺がベイエリアなんて誘ったから」
ベイエリアの遊園地を目的に来ていたのだ。もちろんDランドとは違い、広いアーケードもない単なる屋外だ。
仲秋の雨とずぶ濡れになった服が、身体を冷えさせる。
「私が……悪いの」
彼の顔をまともに見れなかった。
いい記念日にしようとしたのに、二人ともずぶ濡れで遊園地の自動販売機コーナーなんて色気のない場所で佇んでいる。
よりによって今日。
ひどく惨めになった。つまらない意地やちっぽけなプライドがある20歳こどもの私には、次回もあるのだと諦めるふりをすることすらできなかった。
「なに言ってんの? 美晴の所為じゃないだろ」
「……黙ってたけど、私……」
偶然じゃないぐらいの雨。天気予報ですら外れさせる能力があるのだと、本気で思った事もある。
そして、この天気は自分の所為なのだとすら思えた。若気の至りである。
「……俺は別れたくないから」
肩を引き寄せらせて、ぶつかった彼の腕の体温が少し高かった。
「俺たち、付き合い始めたばっかりだろ」
「朔也……。違うの。聞いて……」
怒ったような彼の表情が解けて、怪訝な表情に変わっていく。
「私ね、雨女なの!」
「なんだ、そんなことか」
私の意を決した言葉を一蹴すると、彼は明らかに安堵した顔になった。
「ずっと不機嫌だしさ、一緒にいても楽しくないんだと思ってた」
「そ、それは……」
私は、この日に合わせたワンピースと巻いた髪型が駄目になった事を彼に話した。
話しながら、『今日は可愛い服着てるね』の一言がなかったのが悔しかったと思った。彼のために全て用意したのに。
そして、彼のためと思いながらも、自分が褒められたかっただけという事が心に引っかかった。
自分のための記念日にしてしまった情けなさに気づいたのだ。
2人のための日なのに。
「とにかくさ……ちょっと寒さみぃわ」
彼は、びしょ濡れの鞄から財布を取り出して、後ろの自動販売機で温かい飲み物を買った。
私に缶のミルクティーを渡してくれた。
指先の温かさに、缶を開けるか開けまいかと迷っていると、コーヒーをひとくち飲んだ彼が、なにかに気づいたように「あ!」と言った。
「もしかしてさ、美晴」
とんでもない発見をした、そんな表情に圧倒されてしまった。
「俺のために、ワンピースや髪とかってこと……?」
なんテンポもズレた気づきの後、彼が肩を落とした。
「ばっかだな、俺」
「別にいいよ。朔也のためとか言いながら、結局、朔也に褒められたかっただけなんだもん」
「……ばーか。そんなの、嬉しいに決まってるでしょーが」
なかなか顔を上げない彼は、きっと照れていたのだと思う。
私も彼のそれに連鎖してしまい、気恥ずかしくなってしまった。まるでこの時だけ中学生に戻ったかのようだった。
缶コーヒーを仰ぎ飲むと、彼は私の手を引いて歩き始めた。
「どこ行くの? 雨が……」
まだ雨足は緩やかになってなかった。彼に引かれるがままに足早に歩くと、ショートブーツが汚らしい音を立てるのが気になった。
「もうびしょ濡れだから、これ以上酷くならないよ」
電車にすら乗れない。
携帯電話を取り出した彼は、どこかに電話を掛け始めた。
そのまま遊園地を出て、まばらに停まっているタクシーに乗り込んだ。
濡れねずみさながらの私たちを、嫌な顔せずに迎え入れたタクシー運転手に頭を下げた。
「コーキューホテルまでお願いします。あ、その前にコンビニ寄ってもらえますか?」
行き先に私が驚いていると、彼は笑って手を握ってくれた。今でも草野球をしていた彼の手はゴツゴツしていて、分厚い。私の手などすっぽり片手で掴めてしまう。
「ベイエリアからだとちょっと遠いな。……美晴、寒くない?」
当時の初心な私は、急になにを話していいのかわからなくなった。
一介の大学生の身分では、行くことすら躊躇する超有名ホテルの名前が出たのだ。
ついでに財布の中身が心配になったのも、クレジットカードで支払うことを覚えた今では、笑ってしまう程かわいらしく思う。
一度コンビニにタクシーが止まり、彼が買い物に行った。すぐに彼はタクシーに戻り乗り込み、とうとうホテルの入口まで来てしまった。
高級感のあるロビーを、雨で濡れた大学生が堂々としていられるわけなく、私は彼の袖を掴み俯いてしまった。
場違いも甚だしい。ロビーは、ちゃんとした服装の人たちやスーツ姿のビジネスマンばかりだ。
怒られやしないかビクビクしてしまった。そもそも、ラグジュアリーホテルだなんて、カレシなどと来たことさえないのだ。大学生では、背伸びしてシティーホテルがやっとだ。
彼は、フロントとは離れたデスクの男の人の前で手続きをしていた。
キーを受け取った彼に促されて、ホールを横切りエレベーターを待った。
「こんな高そうなところ……。私、今月ピンチだよ?」
バイトを増やしたところで今月の給料は増えない。
彼は眉を上げて笑った。
「ちょっとしたコネがあるから、美晴は心配しないでいいよ。でも、本当はこんな事できないから、ナイショな」
おどけるように肩を上げたのを見て、何も言えなくなってしまった。
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