年下の彼は性格が悪い

なかむ楽

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1、八千代14歳、菊華19歳─秋

08.Kiss with heart②

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「まだ付き合って三カ月だけど、その前からずっと菊華と一緒にいて、菊華のことをわかっているつもりだし、自分のことのように大事なんだ」
「……ふぅん。八千代。それは恋じゃなくて愛着じゃないのか?」
「愛着だって愛情の一環だよ。これは父さんとのディベートじゃない。それとも、パワポでプレゼンしようか?」

 時々、討論好きの父親とディベートをしている八千代は、感情的になっていては冷静に説得できないのも知っている。
 成長している我が子に、武史は目元を弛ませた。

「八千代のセールスポイントはいらないよ。けれど、自分のことのように大事というのはとても重要でいい事だな」
「菊華ちゃん。菊華ちゃんこそ、八千代でいいの? かわいいんだし、大学にはイケメンもいるし合コンもあるでしょ?」

 今度は都子が、菊華に確認をするように首を傾げる。
 菊華は熱くなっている目頭を押さえて、八千代の手を強く握る。繋いだ場所から勇気と気持ちが流れるように、八千代も握り返した。
 きゅっと覚悟のある表情をした菊華は、いつものぽやんとした菊華ではない。

「私は八千代くんがいいんです。守って守られて、支え合いたいんです」
「……菊華。あなたはいい歳の大人なんだから、八千代くんの将来を潰すようなことはしないで」

 深い溜め息を零した香織に、武史が穏やかな声をかける。

「まあまあ、香織さん。二人とも若いんだしいいじゃないですか。親に通すっていう手順は踏んでいるんだし。八千代のことですからね、中途半端な気持ちじゃないですよ。菊華ちゃんに窮屈な思いをさせてしまうかもしれませんがね」

 武史が香織をなだめてから、八千代を真っ直ぐに見据えた。真剣な表情の武史に居住まいを正し、背中を真っ直ぐにした。

「八千代、認める為の条件を出そう。お前のことだから守れると思う。ひとつ、勉強は将来のために疎かにしない。ひとつ、菊華ちゃんを優先し、迷惑をかけない。ひとつ、学生らしい生活をすること。ひとつ、何事も2人で話し合ってぶつかり合って解決して幸せになる努力をすること」

 認めてもらえた条件を八千代は、心で反芻してしっかり頭の中に留める。
 四つの条件は、自分を思ってのルールだと理解し武史に頭を下げた。

「……ありがとう、父さん」
「でも、あれだな。和貴さんにはもう少し内緒にしておくか」

 いつもの武史に戻って、菊華に笑いかける。

「そうね。菊華ちゃんのパパさんシカゴだし」
「二人でシカゴに承認取りに行ってもいいんだぞ」

 カラカラと両親が笑うと、菊華の母親が肩を下げた。

「ねぇ、菊華。八千代くんの一年は大人の一年とは違うからね。大切に過ごせるようにしなさい。あなたも八千代くんに出された条件プラスで、責任を持つこと」
「……お母さん」
「おばさん、ありがとうございます。法的にキッカの方が責任はあるけれど、負担にならないようにしますから。子供だって真剣なんです。オレと菊華さんとの将来を入れた交際を認めてください」 

 真摯に頭を下げた八千代に、香織が微笑み、武史はウイスキーを飲み干した。都子は「なんだか結婚の申込みみたいね」と目を細めた。
 頭を上げた八千代は、菊華は同じ目線の高さで見つめ合って笑うと、目の周りを真っ赤にした菊華が柔らかく笑った。


 □



 両親たちは飲みに行ってくるのだと、改めて出かけてしまった。
 武史のことだから、香織を説得し完全に丸め込むのだろうと思うと、真に敵に回していけない相手だと思った。


 ベランダに出て、住宅街の小さな星空を見る。今日は風が凪いでいたから、月さえも霞みかかっている。
 ガーデンテーブルには、ティーセットとバターサンド。家にいる時に菊華の専属のウェイターをするのは、ここの所の八千代の流行りの遊びだ。
 ボーンチャイナのティーカップに口をつけた菊華が、静かにひと息をついた。どうやら、本日のミルクティーはまずまずの出来だったらしい。

「もう。お母さんたちに言うなら言うって、教えてくれてもいいじゃない」
「こういうのはタイミングだろ」

 口約束だが、ナイトとビショップから承認を取りつけた。ふたりの基盤が大きくまとまったのだから、あとは時が壁を薄くするのみだ。
 時を待つだけが一番のネックだから、少々考えていく必要がある。

「菊華。三カ月……」

 記念日だとなんだと縛るのもそうだし、菊華が離れていかないように自分自身を磨くのも、研いでいる牙と爪を小出しにするのも有効だ。
 それにはルークが必要だ。さて、どうやって駒を手にしてハンデをなくすか。

「ちょっと早いね。ふふ。ありがとう」

 受け取った菊華が嬉しそうに照れ笑う。
 ジャスト三カ月はテスト期間だ。祝えるような余裕があるうちに渡しておきたかった。まったくの自己都合で祝うのだが、勝手に贈るプレゼントだって自己都合だからと開き直ったのだ。

「かわいいピアス」

 小箱を開けた菊華は、目を輝かせてピアスを耳に当てる。ピンクゴールドの小さなモチーフの蝶々から小さなティアードロップのクリスタルがゆらゆらしている。
 思った通り似合っていたが、しょせん子供の買い物だ。高価なものではない。それでも喜んでくれるのが嬉しくて擽ったい。

「ヘビロテしちゃうかも」

 笑顔の菊華の頬にキスをした。また身体が先に動いてしまった。先は長いと言うのにと、自分自身に呆れてしまった。でも、今日はそれでいい気がした。

「キスしたい」
「……今更言う?」

 三カ月の間、デートをしてもキスはしてない。抱き合ってベッドに寝転がっても、それ以上はしていない。
 お預けを食らった犬は、一度知った味を忘れていない。1度キスをすると止まらない自信があった。親たちを抱き込む前に軽率な行動をとって、菊華を窮地に立たせるような真似はできなかった。
 守ると言った以上、守り通す。菊華も条件も己への約束も。

「やっくん、すきよ」

 菊華が八千代の唇を掠めたのを合図に、優しく触れ合うキスをする。軽いメロディのキスはゆっくりと蕩け合う。
 街の夜空は星が降らないから、変わりに八千代は菊華にキスを降らせる。
 つないだ手を離さないで、好きの気持ちを言葉とキスにする。


 これからどうやって悩ませてやろうか。そんな八千代の企てを練っているのを菊華は知らないのだった。
 
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