28 / 70
4、八千代17歳、菊華22歳─夏
28.笑顔の挑戦者⑥
しおりを挟む
さっきまでは晴れていたのに、急に暗くなりバケツをひっくり返したようなスコールが降り出した。すぐにロビーに逃げ帰ったのに、菊華はずぶ濡れになってしまった。スタッフにタオルを借りて身体を拭いても、効きすぎる冷房のせいで寒いぐらいだ。腕をかき抱いて寒さに震えた。
菊華が震える理由は寒さだけではない。激しく打ち付けるスコールが怖いのだ。空が落ちてきたらこんな感じなのだと思う。どうしてこんなに怖いのかわからないぐらい、ただ怖い。ガラスの向こうの雨景色を見ているのも音を聞くのも、言いようのない不安がザワザワと脚から這い上って菊華の内側を不安定にさせる。
「やっくん……」
傍で手を握ってほしい。大きくなった彼の手が必要なのだ。そう思うと、自分の身勝手さに嫌になった。
あんなことをするんじゃなかった。それに、八千代の年齢を考えれば、身体がどうなどはまだ早い。寒いぐらいに身体が冷えて、ようやく頭が冷えた。
これからもずっと一緒だから、よくばる必要なんてなかったのに。
居心地が悪かったのは拒絶されたから。ほしがる気持ちを拒絶されて、私まで拒絶された気がしたんだ。やっくんはいつも通りだったのに、これ以上拒絶されるのが怖くて逃げたんだ。
やっくんが私を嫌うなんてありえないのに、私が変に身構えたんだ。
謝らなきゃ。嫌な気持ちにさせたのは私だ。自分勝手な都合を押しつけたのを謝りたい。
「キッカ……外じゃなくてよかった」
窓に八千代の姿が映って見えた。避けたのは菊華だったのに探そうとしてくれていたのだ。
いい年の大人が子供みたいに拗ねて逃げ出したのに。楽しみだった旅行をダメにしたのに。
「部屋に帰ろう? キッカが居づらいなら、俺が外に行くから」
「……ごめん、ごめんなさい……私」
菊華の冷たい頬に涙が流れた。八千代が後ろからそっと寄り添い菊華の細い肩に手を置いた。
八千代の手がじんわりあたたかくて優しくて、菊華はまた涙が溢れさせた。
とことん自分を甘やかせる、年下の八千代が好きでたまらない。
「泣かないで」
俯いた頭にタオルが被せられた。八千代はそのまま菊華の手を引いて広いロビーを歩く。これなら他の人にも涙は見られない。……けれど、これは、どこかで見た。
「……やっくん。これじゃ、私、捕まった犯人だよ」
「バレた?」
ロビーをこの姿で横切ってしまった。なんてひどい――菊華は泣き顔で口を尖らせた。八千代はそんな菊華を見て眩しく笑った。
「キッカ。好きだよ」
低めのテノールが唐突すぎて、菊華が固まってしまった。
首を動かして八千代を見上げた。ヒールが高いサンダルを履いていたって見上げなきゃいけない。八千代の身長は男性の平均よりも高くなっている。
いつの間にか、こんなにも八千代は大人だ。身長や身体つきだけじゃなくて、心も大人だ。少なくとも、拗ねていた菊華よりは。
「ズルいよ……。脈絡なく言うなんて」
「好きだって思ったから言ったんだよ」
「勝手に怒ってたのに?」
「そう。俺が怒らせた」
「……拗ねてたのに?」
「うん。キッカから折れるのを待ってたけど、いつも待たせてばかりだから謝ろうかなって。でも、先にキッカが謝って立つ瀬がなくなったところ」
開いたエレベーターに乗り込んですぐに、菊華は八千代に飛びついた。冷えた身体に八千代の体温があたたかくて優しい。それから、抱きとめてくれたのが嬉しい。
「ごめん、菊華」
「私こそ、ごめんね。自分のことしか考えてなくて」
「その点に関しては怒ろうか」
「やっぱり?」
「それから、和貴さんと香織さんにも一緒に謝ろう」
背中を撫でてもらった菊華は大きく頷いた。なんて自分は子供だったのかと。
菊華が震える理由は寒さだけではない。激しく打ち付けるスコールが怖いのだ。空が落ちてきたらこんな感じなのだと思う。どうしてこんなに怖いのかわからないぐらい、ただ怖い。ガラスの向こうの雨景色を見ているのも音を聞くのも、言いようのない不安がザワザワと脚から這い上って菊華の内側を不安定にさせる。
「やっくん……」
傍で手を握ってほしい。大きくなった彼の手が必要なのだ。そう思うと、自分の身勝手さに嫌になった。
あんなことをするんじゃなかった。それに、八千代の年齢を考えれば、身体がどうなどはまだ早い。寒いぐらいに身体が冷えて、ようやく頭が冷えた。
これからもずっと一緒だから、よくばる必要なんてなかったのに。
居心地が悪かったのは拒絶されたから。ほしがる気持ちを拒絶されて、私まで拒絶された気がしたんだ。やっくんはいつも通りだったのに、これ以上拒絶されるのが怖くて逃げたんだ。
やっくんが私を嫌うなんてありえないのに、私が変に身構えたんだ。
謝らなきゃ。嫌な気持ちにさせたのは私だ。自分勝手な都合を押しつけたのを謝りたい。
「キッカ……外じゃなくてよかった」
窓に八千代の姿が映って見えた。避けたのは菊華だったのに探そうとしてくれていたのだ。
いい年の大人が子供みたいに拗ねて逃げ出したのに。楽しみだった旅行をダメにしたのに。
「部屋に帰ろう? キッカが居づらいなら、俺が外に行くから」
「……ごめん、ごめんなさい……私」
菊華の冷たい頬に涙が流れた。八千代が後ろからそっと寄り添い菊華の細い肩に手を置いた。
八千代の手がじんわりあたたかくて優しくて、菊華はまた涙が溢れさせた。
とことん自分を甘やかせる、年下の八千代が好きでたまらない。
「泣かないで」
俯いた頭にタオルが被せられた。八千代はそのまま菊華の手を引いて広いロビーを歩く。これなら他の人にも涙は見られない。……けれど、これは、どこかで見た。
「……やっくん。これじゃ、私、捕まった犯人だよ」
「バレた?」
ロビーをこの姿で横切ってしまった。なんてひどい――菊華は泣き顔で口を尖らせた。八千代はそんな菊華を見て眩しく笑った。
「キッカ。好きだよ」
低めのテノールが唐突すぎて、菊華が固まってしまった。
首を動かして八千代を見上げた。ヒールが高いサンダルを履いていたって見上げなきゃいけない。八千代の身長は男性の平均よりも高くなっている。
いつの間にか、こんなにも八千代は大人だ。身長や身体つきだけじゃなくて、心も大人だ。少なくとも、拗ねていた菊華よりは。
「ズルいよ……。脈絡なく言うなんて」
「好きだって思ったから言ったんだよ」
「勝手に怒ってたのに?」
「そう。俺が怒らせた」
「……拗ねてたのに?」
「うん。キッカから折れるのを待ってたけど、いつも待たせてばかりだから謝ろうかなって。でも、先にキッカが謝って立つ瀬がなくなったところ」
開いたエレベーターに乗り込んですぐに、菊華は八千代に飛びついた。冷えた身体に八千代の体温があたたかくて優しい。それから、抱きとめてくれたのが嬉しい。
「ごめん、菊華」
「私こそ、ごめんね。自分のことしか考えてなくて」
「その点に関しては怒ろうか」
「やっぱり?」
「それから、和貴さんと香織さんにも一緒に謝ろう」
背中を撫でてもらった菊華は大きく頷いた。なんて自分は子供だったのかと。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
285
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる