1 / 8
01 日常
しおりを挟む
私は、この生活に飽きていたのかもしれない。
朝起きると、まずは道場の掃除や洗濯をする事から始まる。
そして、家族の分や逗留している門下生達の朝餉を作り、朝の稽古。
私だけ少し早めに上がると、今度は昼餉の準備。
昼餉が終われば、その後は通う門下生達の稽古。
その後、また私だけ少し早めに上がり、湯浴みを汗を流す程度に済ませ、
洗濯物を取り込み、今度は夕餉の支度をする。
通う門下生を送り出した後、逗留組の門下生たちと夕餉。
夜の道場の掃除は、逗留組の門下生達が、夜の自主稽古が終わってから彼らが行うので、私の時間はこの夜だけだ。
縁側で空を見上げる。
真っ暗な夜空には月がぽっかりと穴を開けている様に佇んでいた。
星は見えない。
いや、私自身が見る気がないのかもしれない。
庭には、母が植えていた花があったらしいのだが、とうの昔に枯らしてしまった。
柱にもたれ掛かり、ずっと遠くを見ていた。
母が亡くなって、もう五年は経つのか…
早いものだなぁ、なんて呟いたが、深い深い夜空に溶け込んで行った。
世界が変わるその瞬間
01 日常
別にこの生活に嫌気が刺しているわけではない。
剣を鍛えるにはまずは、精神…心を鍛えなさいと、言われ多少の事ではうろ耐えたりしない。
剣の道に進む者として、それも修行だと思っている。
だが、なんだろうか…この心に空く穴の様な物は。
「師範代!お手隙でしたら、お相手願えませんか?」
自主稽古に励む者に、稽古を申し込まれた。
こういう事は、よくある。
私も、剣技を磨いて来た身、今更別の道など考えた事もない。
別の道など、ありはしないのだ。
「では、よろしくお願いします!」
互いに礼をして、竹刀を向け合う。
相手が打ち込んできたその瞬間を狙い反撃をする。
「一本!!」
大きく声が聞こえ、緊張をほぐす様に小さく息を吐いた。
その後も、何人かと相手をし、時間もいい時間になったので、掃除をして逗留組は湯浴みに行った。
私は、明日の朝餉の支度をし、全員の湯浴みが終わるのを待つ。
その後にゆっくりと、湯船に浸かる。
湯の中に漂う自分の裸体を見ながら、ため息をつく。
私が男であれば、と。
この道場に産まれて、もうすぐ十五になる。
上に姉が二人いたが、歳が離れている。
二人の姉は嫁ぎ、別の村に行ってしまった。
その後にも子が産まれたが、そこでも娘子が産まれた。
強く丈夫に育つために、男子に女子の名をつけると良いと聞く。
ならば、その逆で女子に男子の名をつけようかとも考えたらしいが、
母に却下され、名はちゃんと女子の名だ。
だが、父も、もういい歳になる。
道場の跡継ぎを考えているのだが、男が産まれない状態ではどうにもならない。
それもあり、私の真名は伏せ、男子の名で生活をし、
そして、剣の道に進むために、男としての生活をする事になった。
私が男であれば、少しは違う道があったのだろうか?
いや、ないな。
女子の私も、男子の私も、同じく剣を習い、修行し、毎日同じ生活で暮らしていくのだから。
ならば、どちらでも良かったのだろう。
そんな事を思いながら、湯船から出て、自室へと戻り、眠りについた。
いつもの様に。
次の日は、少し違っていた。
いつものように朝餉の支度をしていたら、文が届き、それを父に渡すと…
「今日、客人が御出でになる。朝餉の後、茶菓子を買うて来てくれ」
話によると、父の旧友が今日の夕刻、いらっしゃるらしい。
私は、朝餉が終わり、稽古に参加しないで、茶菓子を買いに向かった。
とはいえ、あまり茶菓子も食べないし、種類も何があるかわからない。
知識があまりにもなさすぎる。
母が書物を読むのが好きだったので、それに習い家にある書物は読んではいたが、茶菓子の種類や用途が書かれた書籍はなかった。
少し、頭を悩ませながら歩いていると
「兄様!」
近所に住むコトリが声をかけてきた。
私の姿を見つけ、急いで追って来た様で、少し息が上がっている。
「珍しいですね!兄様がこの時間にお出掛けになられるなんて」
父のお使いで、茶菓子を買いに行く話をし、コトリにこういう場合どういう茶菓子が良いのか聞いた。
「それでしたら、兄様!コトリがご案内致します」
コトリはそう言うと、笑顔で私の手を引き、案内をしてくれた。
彼女は、有名な呉服屋の一人娘。
いつも綺麗な羽織を着ているのを、遠くから見ていた。
裕福な御家柄ではあるが、何分彼女はお転婆な年頃。
コトリは、私を見かけては駆け寄って来る、まるで仔犬の様で可愛らしい。
「そ、そんな…兄様ったら!」
思った事を、つい口を突いて出てしまったらしい。
コトリは顔を赤くさせ、身体を左右に捻って何やら呟いていた。
これは、いつものコトリの癖だ。
だが、そんなコトリも可愛らしく、私は頭を数回撫で、茶菓子屋へ向かった。
「そういえば、兄様!お聞きなりました?」
コトリが急に話を振ってきた。
「近々、この村に女田楽の一座がいらっしゃるらしいです!」
女田楽の一座…。
聞いた事はある。
元々田楽師とは、田植えの前に方策を祈る田遊びとして始まり、それが専門の座ができ、田楽法師という芸職が出来たと聞いた。
田植えの時期にも入っているからな、とコトリに言うと
「そうですね!きっと、今年は豊作になりましょう!」
そう、コトリと笑い合い、私は茶菓子を買った。
帰る時、コトリのお付きの椿殿が、茶菓子屋の前に立っていた。
嫌がるコトリの手を引き、連れて行く椿殿。
「兄様!兄様ぁー!!」
私はああなっては、どうにも出来ない事を知っているので、手を振り、茶菓子の礼を言った。
すると、またコトリの癖が出て、引き摺られながら、二人の姿は見えなくなった。
今日も今日とて、元気な二人を見ると、私も気合をいれ直さなくては!と言う気にさせる。
気合を入れる様に、小さく息を吐き、大きく息を吸った。
よし、あんな事で思い悩むのはまだまだ私が未熟な証拠だ!
強くあろう。
誰よりも、強く。
「ちょいと、道場のお兄さん」
話しかけてきたのは、八百屋の娘さんだ。
私より、五程歳が離れている。
下の姉と仲が良かったのもあり、姉がいない今も懇意にさせてもらっている。
「女田楽師の一座が来るって話は聞いてるかい?」
私は頷き、話を聞いた。
「ウチのと行く予定だったんだけどねぇ、ウチのが腰をやっちまって」
それで、私を見かけたので誘った様だ。
「まぁ、どうせならあんな冴えないの連れて行くより、男前を連れて行きたいじゃない?」
と、元気に笑う娘さん。
器量は良いのに、中々如何して、豪快な所が多い。
奥から顔を出す、八百屋の若大将
「ちょいと、お前さん。じっとしときなって、薬師さんにも言われただろう!」
「た、頼むぜ…師範代!ウチのを、ウチのを…!!」
まるで、死に逝く様に懇願されてしまっては、断るわけにもいかない。
女田楽師の一座という事は、女子ばかりの一座で、見に来る輩は男が多いだろう。
娘さんも、気性は少々男勝りだが、器量は申し分ない。
若大将は儲けもんだ、と言われてるぐらいだ。
話では、若大将の一目惚れ。幾度と無く求婚をし、折れたのが娘さんだ。
そういう、くっつきあいも男女だからこそできるものなのだろう。
そう思いながら、娘さんと落ち合う場所と時間を決め、別れた。
家に帰り、稽古をしている父に、帰った事を告げ、台所にその茶菓子を棚に起き、
昼餉の準備に取り掛かった。
昼餉と片付けを済ませ、稽古に参加する。
そろそろ、私は切り上げようと、立ち上がった。
「師範代!!」
門下生の一人が私を大声で叫び、走り込みながら入ってきた。
それを注意し如何したのかと、尋ねると
「…い、いえ…お客人です」
何故か頬を赤く染めていた。
今朝の父のお客人だと思い、別の門下生に父を呼びに行かせ、私は玄関へと向かった。
そこに立っていたのは、美しく艶やかな女性だった。
待たせた詫びと、ウチの門下生が無礼を働いた詫びをし、中へと案内をした。
客室へ案内をし、襖を閉めると、調度父がやって来た。
「茶と、今日買った茶菓子を頼む。」
そう言われ、はい。と短く返事をすると、私は台所へと向かった。
茶を入れ、茶菓子も器に盛り、客室へと向かった。
失礼します。と声をかけ、中に入り、お客人と父に茶と茶菓子を出した。
「あ~、ほんまありがとう~」
そう言って、にっこりと微笑む彼女は美しかった。
「あれ?もしかして、三番目の子かいねぇ~?大きゅうなってぇ」
「いえいえ、まだまだ未熟者ですよ。撫子殿」
「まだ、二番目の子がおった時が最後やさかい、覚えてへんやろ~?」
私は話している内容が、自分に対してだという事はわかったが、
いまいち話についていけない。
「せやったら、初めましてでええやろ、ウチは撫子。自分らのお母さんと、幼馴染なんよ」
と、言われ私も挨拶をする。
「ホンマ、男前に育ったなぁ~」
綺麗な手で私の頬を触る。
「肌もすべすべやし、ホンマ若いってええなぁ」
「ウォッホン!!……撫子殿」
「堪忍、堪忍」
父の咳払いで、すぐに手を離し、笑う撫子さん
「夕餉の支度に戻りなさい」
そう言われ、短く返事をすると、私は客室を出て台所へと向かった。
夕餉の支度が終わる頃、父と撫子さんの話し声が聞こえ、廊下に顔を出す。
「ええ匂いやねぇ、料理は自分の担当なん?」
聞かれ、私は頷く。
優しい微笑みで、私の頭に手を置き撫でる。
「また、近い内遊びに来よわいね?」
その時は、ご馳走してなと言われ、はい。と答えた。
その人を玄関で、父と見送り、戸を閉めた。
すると、父は大きくため息をついて、その場にしゃがみ込んだ。
何が起こったのかわからず、父に呼びかけた。
すると、こっちを凄い勢いで見ると、両肩を力一杯握られる。
「いいか!撫子殿は、母さんと友人であるが、決して良い人とは言い切れ無い!!」
必死の形相の父
「彼女に心も身体も許す事のないように!!」
らしくない父の様子に私は頷く事しかできず、それを見て父は安堵の息をつくと
自室へ帰ってしまった。
私は呆然とそれを見ながら、台所へと戻り夕餉の準備に勤しんだ。
夕餉も終わり、いつもの私の時間を過ごしていた。
「お前さんはいつもここで空を見ているな」
そう私に声をかけたのは、兄弟子で私と同じ師範代の男、龍之介だった。
「母君が亡くなられて、五年か…」
意味も無く空を見上げていたのだが、どうやら思い耽っているように見えたらしい。
「最近、また料理の腕を上げたんじゃないか?」
そう言って、頭をくしゃくしゃと、撫でる
「剣の腕も、俺と大差ない。寧ろ、お前の剣技は…」
そう言って、私を見ると、言葉を詰まらせそれ以上は何も言わず、頬を染めていた。
何が言いたいのかよく分からず、頭を捻る。
「…母君に、最近似てきた気がするな…」
私が聞き返そうとした時、さぁ、稽古稽古と、道場へ行ってしまった。
今日は、色々な事があった。
いつもと違う日常が、こうも心躍り、こうも疲れるものなのか。
修行がまだまだ足りない証拠だな。
なんて、思いながら柱に寄り添った。
気持ちの良い風と、心地の良い疲れを感じながら、つい眼を閉じた。
朝起きると、まずは道場の掃除や洗濯をする事から始まる。
そして、家族の分や逗留している門下生達の朝餉を作り、朝の稽古。
私だけ少し早めに上がると、今度は昼餉の準備。
昼餉が終われば、その後は通う門下生達の稽古。
その後、また私だけ少し早めに上がり、湯浴みを汗を流す程度に済ませ、
洗濯物を取り込み、今度は夕餉の支度をする。
通う門下生を送り出した後、逗留組の門下生たちと夕餉。
夜の道場の掃除は、逗留組の門下生達が、夜の自主稽古が終わってから彼らが行うので、私の時間はこの夜だけだ。
縁側で空を見上げる。
真っ暗な夜空には月がぽっかりと穴を開けている様に佇んでいた。
星は見えない。
いや、私自身が見る気がないのかもしれない。
庭には、母が植えていた花があったらしいのだが、とうの昔に枯らしてしまった。
柱にもたれ掛かり、ずっと遠くを見ていた。
母が亡くなって、もう五年は経つのか…
早いものだなぁ、なんて呟いたが、深い深い夜空に溶け込んで行った。
世界が変わるその瞬間
01 日常
別にこの生活に嫌気が刺しているわけではない。
剣を鍛えるにはまずは、精神…心を鍛えなさいと、言われ多少の事ではうろ耐えたりしない。
剣の道に進む者として、それも修行だと思っている。
だが、なんだろうか…この心に空く穴の様な物は。
「師範代!お手隙でしたら、お相手願えませんか?」
自主稽古に励む者に、稽古を申し込まれた。
こういう事は、よくある。
私も、剣技を磨いて来た身、今更別の道など考えた事もない。
別の道など、ありはしないのだ。
「では、よろしくお願いします!」
互いに礼をして、竹刀を向け合う。
相手が打ち込んできたその瞬間を狙い反撃をする。
「一本!!」
大きく声が聞こえ、緊張をほぐす様に小さく息を吐いた。
その後も、何人かと相手をし、時間もいい時間になったので、掃除をして逗留組は湯浴みに行った。
私は、明日の朝餉の支度をし、全員の湯浴みが終わるのを待つ。
その後にゆっくりと、湯船に浸かる。
湯の中に漂う自分の裸体を見ながら、ため息をつく。
私が男であれば、と。
この道場に産まれて、もうすぐ十五になる。
上に姉が二人いたが、歳が離れている。
二人の姉は嫁ぎ、別の村に行ってしまった。
その後にも子が産まれたが、そこでも娘子が産まれた。
強く丈夫に育つために、男子に女子の名をつけると良いと聞く。
ならば、その逆で女子に男子の名をつけようかとも考えたらしいが、
母に却下され、名はちゃんと女子の名だ。
だが、父も、もういい歳になる。
道場の跡継ぎを考えているのだが、男が産まれない状態ではどうにもならない。
それもあり、私の真名は伏せ、男子の名で生活をし、
そして、剣の道に進むために、男としての生活をする事になった。
私が男であれば、少しは違う道があったのだろうか?
いや、ないな。
女子の私も、男子の私も、同じく剣を習い、修行し、毎日同じ生活で暮らしていくのだから。
ならば、どちらでも良かったのだろう。
そんな事を思いながら、湯船から出て、自室へと戻り、眠りについた。
いつもの様に。
次の日は、少し違っていた。
いつものように朝餉の支度をしていたら、文が届き、それを父に渡すと…
「今日、客人が御出でになる。朝餉の後、茶菓子を買うて来てくれ」
話によると、父の旧友が今日の夕刻、いらっしゃるらしい。
私は、朝餉が終わり、稽古に参加しないで、茶菓子を買いに向かった。
とはいえ、あまり茶菓子も食べないし、種類も何があるかわからない。
知識があまりにもなさすぎる。
母が書物を読むのが好きだったので、それに習い家にある書物は読んではいたが、茶菓子の種類や用途が書かれた書籍はなかった。
少し、頭を悩ませながら歩いていると
「兄様!」
近所に住むコトリが声をかけてきた。
私の姿を見つけ、急いで追って来た様で、少し息が上がっている。
「珍しいですね!兄様がこの時間にお出掛けになられるなんて」
父のお使いで、茶菓子を買いに行く話をし、コトリにこういう場合どういう茶菓子が良いのか聞いた。
「それでしたら、兄様!コトリがご案内致します」
コトリはそう言うと、笑顔で私の手を引き、案内をしてくれた。
彼女は、有名な呉服屋の一人娘。
いつも綺麗な羽織を着ているのを、遠くから見ていた。
裕福な御家柄ではあるが、何分彼女はお転婆な年頃。
コトリは、私を見かけては駆け寄って来る、まるで仔犬の様で可愛らしい。
「そ、そんな…兄様ったら!」
思った事を、つい口を突いて出てしまったらしい。
コトリは顔を赤くさせ、身体を左右に捻って何やら呟いていた。
これは、いつものコトリの癖だ。
だが、そんなコトリも可愛らしく、私は頭を数回撫で、茶菓子屋へ向かった。
「そういえば、兄様!お聞きなりました?」
コトリが急に話を振ってきた。
「近々、この村に女田楽の一座がいらっしゃるらしいです!」
女田楽の一座…。
聞いた事はある。
元々田楽師とは、田植えの前に方策を祈る田遊びとして始まり、それが専門の座ができ、田楽法師という芸職が出来たと聞いた。
田植えの時期にも入っているからな、とコトリに言うと
「そうですね!きっと、今年は豊作になりましょう!」
そう、コトリと笑い合い、私は茶菓子を買った。
帰る時、コトリのお付きの椿殿が、茶菓子屋の前に立っていた。
嫌がるコトリの手を引き、連れて行く椿殿。
「兄様!兄様ぁー!!」
私はああなっては、どうにも出来ない事を知っているので、手を振り、茶菓子の礼を言った。
すると、またコトリの癖が出て、引き摺られながら、二人の姿は見えなくなった。
今日も今日とて、元気な二人を見ると、私も気合をいれ直さなくては!と言う気にさせる。
気合を入れる様に、小さく息を吐き、大きく息を吸った。
よし、あんな事で思い悩むのはまだまだ私が未熟な証拠だ!
強くあろう。
誰よりも、強く。
「ちょいと、道場のお兄さん」
話しかけてきたのは、八百屋の娘さんだ。
私より、五程歳が離れている。
下の姉と仲が良かったのもあり、姉がいない今も懇意にさせてもらっている。
「女田楽師の一座が来るって話は聞いてるかい?」
私は頷き、話を聞いた。
「ウチのと行く予定だったんだけどねぇ、ウチのが腰をやっちまって」
それで、私を見かけたので誘った様だ。
「まぁ、どうせならあんな冴えないの連れて行くより、男前を連れて行きたいじゃない?」
と、元気に笑う娘さん。
器量は良いのに、中々如何して、豪快な所が多い。
奥から顔を出す、八百屋の若大将
「ちょいと、お前さん。じっとしときなって、薬師さんにも言われただろう!」
「た、頼むぜ…師範代!ウチのを、ウチのを…!!」
まるで、死に逝く様に懇願されてしまっては、断るわけにもいかない。
女田楽師の一座という事は、女子ばかりの一座で、見に来る輩は男が多いだろう。
娘さんも、気性は少々男勝りだが、器量は申し分ない。
若大将は儲けもんだ、と言われてるぐらいだ。
話では、若大将の一目惚れ。幾度と無く求婚をし、折れたのが娘さんだ。
そういう、くっつきあいも男女だからこそできるものなのだろう。
そう思いながら、娘さんと落ち合う場所と時間を決め、別れた。
家に帰り、稽古をしている父に、帰った事を告げ、台所にその茶菓子を棚に起き、
昼餉の準備に取り掛かった。
昼餉と片付けを済ませ、稽古に参加する。
そろそろ、私は切り上げようと、立ち上がった。
「師範代!!」
門下生の一人が私を大声で叫び、走り込みながら入ってきた。
それを注意し如何したのかと、尋ねると
「…い、いえ…お客人です」
何故か頬を赤く染めていた。
今朝の父のお客人だと思い、別の門下生に父を呼びに行かせ、私は玄関へと向かった。
そこに立っていたのは、美しく艶やかな女性だった。
待たせた詫びと、ウチの門下生が無礼を働いた詫びをし、中へと案内をした。
客室へ案内をし、襖を閉めると、調度父がやって来た。
「茶と、今日買った茶菓子を頼む。」
そう言われ、はい。と短く返事をすると、私は台所へと向かった。
茶を入れ、茶菓子も器に盛り、客室へと向かった。
失礼します。と声をかけ、中に入り、お客人と父に茶と茶菓子を出した。
「あ~、ほんまありがとう~」
そう言って、にっこりと微笑む彼女は美しかった。
「あれ?もしかして、三番目の子かいねぇ~?大きゅうなってぇ」
「いえいえ、まだまだ未熟者ですよ。撫子殿」
「まだ、二番目の子がおった時が最後やさかい、覚えてへんやろ~?」
私は話している内容が、自分に対してだという事はわかったが、
いまいち話についていけない。
「せやったら、初めましてでええやろ、ウチは撫子。自分らのお母さんと、幼馴染なんよ」
と、言われ私も挨拶をする。
「ホンマ、男前に育ったなぁ~」
綺麗な手で私の頬を触る。
「肌もすべすべやし、ホンマ若いってええなぁ」
「ウォッホン!!……撫子殿」
「堪忍、堪忍」
父の咳払いで、すぐに手を離し、笑う撫子さん
「夕餉の支度に戻りなさい」
そう言われ、短く返事をすると、私は客室を出て台所へと向かった。
夕餉の支度が終わる頃、父と撫子さんの話し声が聞こえ、廊下に顔を出す。
「ええ匂いやねぇ、料理は自分の担当なん?」
聞かれ、私は頷く。
優しい微笑みで、私の頭に手を置き撫でる。
「また、近い内遊びに来よわいね?」
その時は、ご馳走してなと言われ、はい。と答えた。
その人を玄関で、父と見送り、戸を閉めた。
すると、父は大きくため息をついて、その場にしゃがみ込んだ。
何が起こったのかわからず、父に呼びかけた。
すると、こっちを凄い勢いで見ると、両肩を力一杯握られる。
「いいか!撫子殿は、母さんと友人であるが、決して良い人とは言い切れ無い!!」
必死の形相の父
「彼女に心も身体も許す事のないように!!」
らしくない父の様子に私は頷く事しかできず、それを見て父は安堵の息をつくと
自室へ帰ってしまった。
私は呆然とそれを見ながら、台所へと戻り夕餉の準備に勤しんだ。
夕餉も終わり、いつもの私の時間を過ごしていた。
「お前さんはいつもここで空を見ているな」
そう私に声をかけたのは、兄弟子で私と同じ師範代の男、龍之介だった。
「母君が亡くなられて、五年か…」
意味も無く空を見上げていたのだが、どうやら思い耽っているように見えたらしい。
「最近、また料理の腕を上げたんじゃないか?」
そう言って、頭をくしゃくしゃと、撫でる
「剣の腕も、俺と大差ない。寧ろ、お前の剣技は…」
そう言って、私を見ると、言葉を詰まらせそれ以上は何も言わず、頬を染めていた。
何が言いたいのかよく分からず、頭を捻る。
「…母君に、最近似てきた気がするな…」
私が聞き返そうとした時、さぁ、稽古稽古と、道場へ行ってしまった。
今日は、色々な事があった。
いつもと違う日常が、こうも心躍り、こうも疲れるものなのか。
修行がまだまだ足りない証拠だな。
なんて、思いながら柱に寄り添った。
気持ちの良い風と、心地の良い疲れを感じながら、つい眼を閉じた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
幼馴染の許嫁
山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
アラフォーリサの冒険 バズったSNSで退職からリスタート
MisakiNonagase
恋愛
堅実な会社員として働いてきた39歳のリサ。まだまだ現役の母親と二人暮らしで高望みしなければ生活に困ることはなく、それなりに好きなことを楽しんでいた。
周りが結婚したり子育てに追われる様子に焦りがあった時期もあるなか、交際中の彼氏と結婚の話しに発展した際は「この先、母を一人にできない」と心の中引っ掛かり、踏み込めないことが続いてきた。
ある日、うっかりモザイクをかけ忘れインスタグラムに写真を上げたとき、男性から反応が増え、下心と思える内容にも不快はなく、むしろ承認欲求が勝り、気に入った男性とは会い、複数の男性と同時に付き合うことも増え、今を楽しむことにした。
その行動がやがて、ネット界隈で噂となり、会社の同僚達にも伝わり…
リサは退職後、塞ぎ込んでいたが、同じような悩みを抱えていたカナリア(仮名)と話すようになり立ち上がった。ハローワーク経由で職業訓練を受講したり、就活したり、その間知り合ったり仲間と励まし合ったり、生きる活力を取り戻していく…
そして新たな就業先で、メール室に従事する生涯枠採用の翔太という男性と知り合い、リサの人生は変わる…
全20話を予定してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる