世界が変わるその瞬間

ヘンテコ・リン

文字の大きさ
3 / 8

03 出逢い

しおりを挟む
母が死んで、五年経った。
母がいつもしていた仕事を、私がする事になった。

初めは全く上手くできず、周りを困らせてばかりいた。

だが、一つ一つが着実に出来て行くと、周りも私を不安気に見る事はなくなった。



そうなると、同じ事をするだけの日々になった。


同じ事が繰り返されるだけの日常になった。




私が母の仕事を継いだのは、母が近くにいてくれるのではないかとか
母が見ていたものを私も見ていたかったから、


…なんて、話は誰にも言ってはいないが。



その日常に飽きてはいた。
だが、母と過ごした日々を壊してしまうのを怖れた。

ただ、流れて行く日常も、母の仕事を継いだ事も、





全て壊してしまうかもしれないのを怖れていた。






ただの向上心のない、私の言い訳だ。





世界が変わるその瞬間

03 出逢い



八百屋の娘さんに誘われて、今村で話題が持ちきりの女田楽師の一座を見に来た。
曲芸師達が、色々なものを使って私達を楽しませる。

皆、美しい女子ばかり。

見に来ている女子達も、綺麗な羽織物を着ている。
私はそれを見ながら、少しため息をついた。


道場の子に産まれなかったら、私はあんな綺麗な羽織を着ていたのだろうか?
いや、着ても、似合わない。


そう納得し、また一座の出し物を見ながら楽しんでいた。
そして、次は翁舞だった。



現れたのは、見目麗しい女子
他の女子達や、一昨日訪ねてきた客人も美しい方だったが、それ以上に美しい。


そして、高らかに歌うその声は、凛としていた。
真っ直ぐ見据えるその瞳は、力強く、私は身体中を何かが物凄い勢いで駆け巡った気がした。





一瞬、目が合った。





ほんの一瞬だった筈なのに、まるで一刻程にも感じられた。


「きゃー!!今、目が合っちゃった!!」
「それなら、あたいも合った!」

と、言い合う後ろの女子達。
…ただの勘違いだ。


そう、思い直しながらも、素晴らしい舞と凛とした歌声に、心を奪われていた。

何と、表現をすれば良いか。








――――― 私の世界が一転した。







これが一番近い表現であろう。
終わった後も、その興奮が冷める事はなく、身体中を巡った衝撃を抑えるので精一杯だった。

何も話さない私を見て、娘さんには「大丈夫?」と、問われたりと心配をかけていたのは、分かってはいる。
だが、この何を言い出すかわからない、今の状況で声を発することが出来ない。

何も応える事も出来ないまま、家路についた。

夕餉の支度にとりかかるが、頭の中は、さっきの事でいっぱい。
夕餉の後、龍之介に「体調悪いのか?」と問われても返す事もできず、
いつものように縁側で母の植えていた花があった場所を見ていた。

寒かった夜も、最近は暖かくなってきた。

私は湯浴みを済ませ、外で空を見上げる。



今宵は満月だ。




何か落ち着かない。
その興奮が冷めない。

それのせいか、寝付けない。


私は、皆が寝静まった後、外に散歩に出掛けた。



いつもの村の様子も、夜だとちょっと雰囲気が違う。
この時間に外を出歩くのは、初めてだった。

いくら剣を鍛え、師範代だとはいえ、男として育てられているとはいえ、
やはり、女子であるのは間違いない。

父からも、それはよく言い渡されていた。


けれども、少しの恐怖心と、背徳感。
それを上回る好奇心と高鳴る胸。


果たして、いつもの生活の中で、夜出歩いただけでここまで胸は高鳴るだろうか?


いや、ならない。



私は、夜空を眺めながら、裏山まで来てしまった。
さすがに危ないと思って、引き返そうとした。


「へぇー、こんな所に娘子がいるぜぇ?」
「けっけっけ、本当だぁー」


そこにいたのは、何やら素行の悪そうな男が二人。
今は髪もおろしているので、私の線の細さだとこの暗がりでは、間違われても仕方がない。

………いや、女ではあるから、間違いではないのか。


そんな事を考えながら、相手との距離を測る。
月の光が道を照らし、そしてそれを雲が邪魔をするように隠した。

相手が見えなくなった瞬間、私は飛び出し、近くの木の枝を掴み、
さっき測った距離分踏み込む。

木の枝は見事に男達に当たり、苦しそうな声と膝をつく音が聞こえた。

隠した雲が晴れ、また月が道を照らす。


「くそがぁ!!」


そう言って、男は砂を掴み、私に投げつけた。


「あ、卑怯?こちとら正々堂々した試合じゃねーんだよ!」


眼をやられた私を、蹴り飛ばす。
背に木の幹が当たり、地面に伏す事はなかったのが幸いだ。

私は木を構え、少しづつ近づく足音や男たちの息遣いに集中した。






研ぎ澄まされる感覚





洗練されていく集中力







飛びかかって来た男を躱し、もう一人の男の脇に一本入れる。
振り返ってもう一度向かって来る男の攻撃を、寸で躱した瞬間、打ち込んだ。

いつも打ち合う程の力ではなく、本気の力を入れて。

起き上がる気配を感じられず、眼に入った砂を取り除く様に擦った。












「擦っては、いけない」


声が聞こえた、
私は驚き、すぐ距離を取り、少し開く事のできる様になった右眼で確認した。







人が立っていた。





後ろには大きな月





少し色素の薄めの髪色が、月に透け金色に輝く


その金糸の髪は風に舞っていた。




私はさっきまでの緊張感など忘れ、それに目を奪われていた。
大きな月の周りに、光り輝く星々はそれを、その人を輝かせるために存在していた。


声も出せず、その様子を見ていた。



その人は、ゆっくり私に近付いてきた。
静かに手を伸ばして、私の頬に手を添える。








「手を離して、」




その声は、優しく強かで、凛としていた。でも、それでいて何処か寂しそうだった。
まるで、頭の中に直接鳴り響いているかのよう。


その人は眼を抑えていた手を、柔らかく外す。
布を取り出し、優しく私の眼を抑えた。


次に布を外された時には、眼の痛みは消えていた。


入ってきた光に、何度か瞬きをする。


近くで、その人の姿を確認する。









……………………。







……………そんなことが、あるのだろうか?











そこに居たのは、昼間観た女田楽師達の一座で翁舞をしていた…




旦開野であった。





私はあまりの出来事に驚愕し、声が出て来なかった。


「…私の顔に何か、付いてます?」


綺麗な瞳で見つめられ、私は何も答えれない代わりに、大きく首を振った。
舞台で見るからこそ、映えているのかと思っていたが、そうではなく…やはり、


美しい…


「…ありがとうございます、」


私は心の中で呟いていたのだと思ったが、どうやら口を突いて出てしまっていたらしい。
ハッと思い、口を抑えたがもう遅い。


「貴方様は、昼間に観に来てくれた方ですよね?」


彼女はそう言って、少し頬を赤らめながら聞く。
その姿がいじらしく、可愛いらしい。


「偶然に、眼が合ったから」


私は、身体の奥に何か熱いものが込み上げてくる感覚に陥った。
後ろの女子達には悪いが、どうやら私と眼が合っていた様だ。


「旦開野です。」


微笑む彼女に、私も名乗った。
時間も遅かったので、彼女を逗留している宿へと送っていく。

何故、こんな時間にあんな所にいたのか、聞くと


「少し、眠れなくて…」


私と同じだった様で、私もそう答える。
時間も遅いので小さく笑う彼女の隣で、私も同じ様に笑う。

彼女の宿に着き、


「おやすみなさい」


そういう彼女に私も同じ様に返す。


「…しばらくこの村にいますので、…また」


言葉に迷っている彼女に、私がまた会いましょうと続け、嬉しそうに微笑むと中へ入っていった。

その背中を見送り、姿が見えなくなって、私は帰路へ着いた

家に着いた途端、顔が異様に熱くなった。
さっきまでの出来事が、まるで嘘の様で、夢の様でもあった。

私は熱を冷ますため、井戸から水を汲み、顔を洗った。



それでも冷めない熱を、どう発散させるかわからない私は、竹刀を持ち出し素振りを始めた。




精神を統一させる様に、邪念を振り払う様に、一心不乱に竹刀を振った。












「お前、朝から何やってんだ?」

そう話しかけてきたのは、龍之介だった。
周りを見ると、もう陽は昇り、朝餉の時間も近かった。


「道場の方は俺がするから、お前は急いで朝餉の支度しろ」


そう言われ、返事を返し、急いで朝餉の支度へと向かった。
朝餉を作りながらフと考える。









彼女は今、何をしているのだろう?














――――――――――





彼は今、何をしているのだろう?





「旦開野ちゃん、朝餉…食べんの?」



考え事をしていた、私に撫子姉さんが私にそう言った。
一座のみんなは不思議そうに私を見ている。

朝餉が終わり、下の子が片付けていると、撫子姉さんが隣にコソッと来た。


「旦開野ちゃん、昨日…いや、今日になるんかな?随分、遅かったみたいやね?」


撫子姉さんは意地悪そうに笑いながら、私の頬を突く。


「まぁ、冗談はこれくらいにしといて、」


撫子姉さんは頭を撫でる。
意地悪そうな笑顔が、少し寂しそうな顔になった。


「真面目な話、あんたはウチんトコの看板楽師やし、一応、女子なんやで?」


いつだって、言われていた。

「気をつけなさい」と。



一応、女としてここにいる以上、あまり周りから外れる様な事はしてはいけない。
もし、何かあり、私が男と分かれば、ここで匿ってはもらえなくなる。

母にも、そして、私達を匿ってくれた撫子姉さんにも、迷惑がかかる。
私は、ごめんなさいと謝ると、優しそうな笑顔を返してくれた撫子姉さん。


今日の公演のために、準備を始める。
フと空を見上げた。





蒼い蒼い空は、手が届きそうな位近い気がするのに










やはり、届かなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処理中です...