世界が変わるその瞬間

ヘンテコ・リン

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05 綺麗な着物

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青々と広がる空を眺めて、裏のバァ様が言った。


「こりゃ、梅雨入りじゃなぁー」


と。
こんなに天気が良いのに梅雨入りとは、と私も最初は思っていた。
だが、その日から雨が増え、梅雨に入った。

バァ様の天気予報はよく当たると評判で、村では畑仕事の者達は
必ず朝、バァ様の元に訪れ、天気を聞き、仕事に励む。


斯く言う私も、朝聞きに行き洗濯物をどうするか決める。





――――― 梅雨か…




撫子さんの計らいで、私は湯浴みをしていた。
泥だらけになった着物は、宿屋の若女将が洗ってくれるらしい。

着替えは、宿屋の若旦那の着物を借りる事になった、







筈だったんだが…







世界が変わるその瞬間

05 綺麗な着物







着物を広げると、それはそれは美しい羽織物だった。
確か、コトリが着ていた着物に似ている、色違いか…。


いや、そんな事より、これはどうした事だろう。


若女将に着替えを預かり、籠に着替えの着物を入れ、汚れた私の着物を別の籠に入れた。
私が湯浴みをしている時に、


「それじゃあ、師範代、持っていきますね~」


と言う、若旦那の声が聞こえた。





…………。





してやられた。


それは、正にこの事を言うのだろうと、私は大きくため息をついた。
どうするか悩んでいると、外から声が聞こえた。


「兄さん、どないかしはりました?」


撫子さんの声だ。
やはり、これは彼女の仕業だったか。

言い方に笑いが含まれている。
私は、若旦那から借りた服が無い事を言う。


「そりゃ、あきません!ちょっと、中入るで!」


嬉々として、襖を開けようとした撫子さん。
私は襖を抑えた。


「兄さん、どないかしはりました?」


さっきよりも笑いを含め、尚且つシラを切るつもりだ。
私は、無理やり入ろうとする撫子さんに、大丈夫だと言う。


「ホンマですか?ほなら、待ってますで」


そう言って、撫子さんの気配は消えた。
私は、置かれた羽織物を見た。

その綺麗な羽織物は、私の様に知識が無い人間でも上質な物だという事がわかる。
とりあえず、それを羽織ってみる。

良く着物に着られていると聞く。

だが、これはとても品が良く、優しく上質なそれは、私の肌にスッと馴染む。




いつか着てみたい。





そう、小さく抱いた夢だった。
まさか、こうも早く叶ってしまうとは思わなかったが。


「入るで」


と、声が聞こえ、襖が開いた。
私はハッとして、前を抑えた。

入ってきた撫子さんは、その眼を丸くさせ私を見た。


「桜、ちゃん…」


呟いたその一言。彼女はそれに首を振り、私の方に来た。


「ホンマ、桜ちゃんそっくりやね」


生き写しかと思ったと言われ、確かに最近そう言われる事が多いとは思っていた。
私としては、母はもっと気丈で、でも何処か儚げで、それでいて綺麗な人だった。

私はまだまだ、未熟で母にも父にも追いつかない。
勿論、先に嫁に行った姉たちにもだ。


「ちゃんと、着れてないで」


撫子さんはそう言って、訳も分からず羽織ったそれを綺麗に着付けてくれた。


「自分の事は、桜ちゃんから聞いててん。女子やのに、男子として生活させてるって」


私はその言葉を聞いて、撫子さんを見た。
撫子さんはゆっくり優しく微笑んだ。


「いつか、綺麗な羽織物を着せて上げて、式でもええ物着せてやるんやって」


先、逝ってしもたけどな。と、儚げに笑う撫子さんは、何処と無く母に似ていた。


「せやから、ウチがその夢叶えたろ、思って来たんやけど…」


着付けが終わったのか、撫子さんは立ち上がった。


「意外にも男前になっとるから、寧ろ女なんが勿体無いわ!」


と、邪気をも払う様な笑いで笑う撫子さん。
そして、小物入れから取り出したのは、化粧道具。


「待った?何それ、そんなん聞きませんよ~」


さっきまでの笑顔は何処へやら、彼女はジリジリと寄ってくる


「まぁまぁ、お姉さんが綺麗にしたるから、ジッとしときな~」


私の抵抗虚しく、撫子さんにされるがままだった。
この時、父の言葉が頭に響いた。



――――― 「彼女に心も身体も許す事のないように!!」







父さん、ごめんなさい…






――――――――――



泥だらけになった私達は、各々湯浴みをする事になった。
一足早く帰って来たのだが、撫子姉さんがいない。

あの人もまだ戻ってない様だった。

最後に会ったのは、あの満月の夜。
初めは娘子が襲われているのかと思い、手を貸そうとしたが、
私の予想は外れ、綺麗な太刀筋であの輩を圧倒した。

砂で眼を封じられているのにも、関わらずだ。

私は、雨が降り星が見えなくなった空を見上げていた。



すると、襖が開いて、撫子姉さんが入ってきた。
後ろには見たことない、女子がいた。


「何やってんの?早よ入り、」


綺麗な羽織を着て、彼女は撫子姉さんの後ろから顔を覗かせる。
端整な顔立ちで、凛とした雰囲気が綺麗だった。

だが、私と眼が合うと、直ぐ廊下に隠れる。


「ちょ、自分何してんの?」

撫子姉さんは、手を引っ張り中に入れる。
無理やり中に入れて、逃げない様に襖閉める。

怪しげに笑う撫子姉さんは、もう手が付けられない。

私も良く、撫子姉さんの着せ替え人形になっていた。
この子も、きっと撫子姉さんの玩具になってしまったのだろう。


それを見て、その子は私を見て、助けを求め来る様な眼で見てきた。



――――― …あれ、この子、知ってる…?…誰だったかな?



私が考えていると、撫子姉さんはその子に飛び掛かる。
彼女はそれをサッと避け、私の方にやって来た。

私と眼が合って、私はさっき塀から飛び降りた時の事を思い出した。



「あ、」



あの人だ。


「撫子姉さん、もう勘弁してあげて」


私はそう言って、彼を後ろにして撫子姉さんに言った。
姉さんは不服そうにしながらも、何処か満足気に微笑むと、私達を座らせた。


「撫子姉さんは、彼と知り合いなんですか?」


座って、お茶を飲みながら聞いた。
すると、姉さんは「彼?」と、頭を捻り、その彼を見て、あぁ。と呟いた。


「この子のお母さんとね、幼馴染で…今回もこの村に来たんはそれもあったんよ」


こんな長居も珍しいけどなぁ、と笑う。


「それ言うなら、ウチも気になるわ。何で二人は知り合いなん?」


変に誤解をされてもいけないので、私はあの日の晩にあった事を洗いざらい説明した。
姉さんは納得したのかしてないのか、ふーんと、生返事を返した。


「二人はよう似とんなぁ、」


とクスクス笑う。
私と彼は、顔を見合わせる。


確かに、今彼は女性物の着物を着て、化粧もしている。
だが、私とは似ていない。


何処が似ていると言うのだろうか?


私も彼も同じ様に頭を捻る。
その姿が面白かったのか、撫子姉さんはまた笑う。


暫く話をした。
一座の話、舞を覚えるので苦労した事や、楽しかった事。

彼も話をしてくれた。
彼は、実家の道場の師範代をしているそうで、それならあの強さは納得だった。


とはいえ、彼と、今呼んでいるが…


「ホント、男前やから映えるやろなぁ、って思うたけど」
「うん、綺麗です」


姉さんと私の言葉に、彼は顔を赤くさせ俯く。
その姿は普通の女子にしか見えない。


「じゃあ、旦開野ちゃんの二個上やね~」


私は今年で十三になる。彼は、今年で十五になるそう。
歳の話になり、互いが話すが…


「え?…旦開野ちゃん、何言うてるか分からんわ~」


凄みのある微笑みで、私達は肩を寄せ合う。
謝った方が良いと言われ、直ぐに謝った。

久し振りにそんな風に楽しく話をしていたのだが、彼はハッと外を見る。
雨は止んでいて、立ち上がり帰ると言った。


「いくら自分が強くても、こんな時間は流石に危ないわ」
「そうです、今日は此処で泊まっても、」


私は彼の袖を掴んで、止める。
前の様に優しく微笑み、私の手を優しく包む。
どうやら、家の方には誰にも言っていないらしく、自分がいないとわかると、
大事になりかねないと、言った。


「まぁ、そやねぇ…それは、仕方ない話やねぇ、」


と、納得した撫子姉さん。
私はまだ、何処か納得できず、少し剥れた。
彼はそんな私を見て、優しく微笑み頭を撫でる。
また来る。と短く言って、私達は彼を見送ろうとした。

最後に姉さんと、二言三言交わし、裏口から出て行った。


「あ、彼…着物、あのまんま…」
「せやねぇ、」


と、笑う撫子姉さん。
どうやら、確信犯らしい…

私は空を見上げ、輝く星々と細い月を見ながら、彼が無事に帰れる様にと祈った。







「えぇんよ、あの着物はあの子の為に買うたんやけん」







姉さんがポツリと呟いた一言は私には届かず、もう一度聞くと
儚げな微笑みで、なんでもないんよ、と返された。















――――――――――





「これは、あんたのやから」


私は宿を出る時に、自分が着ている着物の事を思い出し、それを撫子さんに話す。
でも、優しく肩を叩かれた。


「桜ちゃんが出来んかった事をウチがしたろう思ってんの、」


式までは無理やろうけどな、と笑う撫子さんを見て、私はお礼を言った。


「こっちこそ、旦開野ちゃんと、仲良うしてもろて」


あの子、ちょっと人見知り激しいねん。とコソッと話す。


「せやけど、仲良さ気で逆に嫉妬してしまうわ」


と、笑う。
そんな撫子さんを見てると、表情がクルクル変わって楽しかった母を思い出す。
優しく微笑まれながら、頭を撫でられ、私は礼をして宿を出て帰路急いだ。

そして、何事もなく道場に帰ってくる事が出来た。
私は一安心しながら、家に入ろうとして、自分の格好に気がつく。

父に見られるならまだしも、門下生達に見られるわけにはいかない。

裏口から入り、台所の勝手口に向かう。
そこの扉をそーっと開けて中に入る。

中は真っ暗で、灯りもないので何も見えない。

自分の記憶を辿り、物の配置を思い出しながら、台所を抜ける。
灯りがついている門下生の部屋をゆっくり静かに通り抜け、自室へと着いた。

一息付きながら、襖を開けた。







「こんな時間まで、何処に行ってやがった」


急に声が聞こえ、私の胸が跳ね上がる。
私が声のした方を見ると、そこには灯りを持った龍之介がいた。


「ん?違う、あいつじゃない…女?……っ、母ぎっ!?」


私は、声を荒げる龍之介の口を押さえて、直ぐに部屋の中に入り、
顔を出して、左右を確認するともう一度襖を閉めた。


「………おい、こりゃ、どういう訳だ」


私に灯りを当て、下から上へと確認する。


「母君に似てるとは思ったが、わざわざこんな格好する必要はないだろ」


良い言い訳が思いつかず、私は頭を下げて、龍之介に言った。
いつか必ず、説明するからと。だから、今回だけは見なかった事にして欲しいと。

龍之介は暫く頭を悩ませていたが、大きくため息を着くと、私の頭に手を置いた。


「今日は見なかった事にしてやるが、絶対に説明させるからな」


そう言って、龍之介は廊下へ出て部屋へと帰って行った。
私は一安心しながら、着付けられた着物を脱ぎ、綺麗に畳み押し入れにしまった。





次の日の朝、私は父に昨日の話をしに行った。
撫子さんに会って、着物を頂いた事と、着物を着た状態の私を龍之介に見られた事。

旦開野の事は話してはないが……。

父は大きくため息を着いた。


「やはり、知っておったか。撫子殿は…」


と、頭を抱えるように少し唸る様に、声を出す。


「撫子殿は良しとしても、龍に見られたか…」


更に唸る父を見て、自分の浅はかな行いが、色々な事を巻き込んだんだと自覚した。
父に今一度謝り、父の言葉を待った。


「まぁ、見つかったのが、龍で幸いだった、か」


確かに、他の門下生ではこうはいかない。


「いつか龍には、お前の事を話さねば、とも思っておった。」


そうだったのか、と私はその事に驚く。


「今や男子として生活をさせているが…龍もいる事だ。」


父は私の頭を撫で、優しい微笑みで私を見る。









「お前もそろそろ女子に戻る時なのやもしれんな」


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