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Ⅱ 第2幕 探偵と令嬢の調査禄
8 加代と桜子の聞き込み調査
しおりを挟む加代と病室に行った翌日、約束どおり桜子と加代は新聞社と雑誌社を巡った。
だが、首尾はあまり良くない。
突然現れた女学生2人を、最初は何か新しいネタでもあるのかと興味深く迎えてくれるが、こちらが情報を得たいのだと分かると、どこも体よく追い出される。
新聞社を2社と雑誌社を2社、同じようにあしらわれて、今は3社目の雑誌社、諧文堂に来ていた。
加代によると、諧文堂の発行する『帝都諧文報』は、銀狐のことを最も取り上げている雑誌らしい。
「ある意味では本命。嘘くささも一番だけど」
記事に載る頻度も高く熱心だが、その分、内容は大げさで創作的だという。そもそも『狐』だなんだと言い出したのも、この帝都諧文報が一番最初だ。
だから、信頼に値する情報を得られるのか分からないが、それでも今日、加代があたりを付けた新聞社や雑誌社はこれで全てだ。
「ここが駄目なら、もう一度、聞き込み先を洗い直さないと」
事前にそう打ち合わせをして、ここに入ってきたわけだが、事態は早くも、前の4社と同じ展開になりかけていた。
出てきたのは、「宮前 悟」と名乗る中年にさしかかった男性記者で、くたびれたシャツを肘まで捲りあげ、ところどころ糸の解れた薄茶色のベストを着ている。
書類や本が高く積み上げられた机と、ぎゅうぎゅうに詰まった書棚の間を、身体を窄めて通り抜けると、その先にはボロボロの応接椅子が置いてある。
二人の向かいに腰掛けた宮前が、子どもに含んで聞かせるように言った。
「まぁ、ああいうのは半分創作みたいなものだから……ホラ、少し派手に書いたほうが読んでいる人も楽しいだろう?」
『帝都諧文報』の銀の狐絡みの記事は、ほとんど宮前が書いたものらしい。
ついでに言うと『銀狐』と最初に名付けたのも宮前なのだそうだ。
「なかなか良い名だろう? 社内では、『怪魔 天狗小僧』と『銀狐』の二択だったんだが、『天狗小僧』は前時代的で古臭いってんで、僕の案に決まったのさ」
宮前は得意げに言うと、雑誌の見出しを掲げるように、手をバンバンと空中に打った。
「怪・盗・銀・狐! どうだ、かっこいいだろう?」
「怪盗?」
あまり耳慣れぬ言葉に、二人が顔を見合わせると、宮前は、「怪しい技を使う盗人のことさ」と教えてくれた。
「……まぁ、警察からは、変な名前をつけるなとネチネチ言われたがね」
ネチネチ言う警察と聞き、思わず勝川の姿が浮かぶ。多分、宮前のいう人とは別人なのだろうけれど、警察というのは、皆、あんな様子なのだろうか。
「ともかく、あそこに書かれているような怪奇な行動をする泥棒なんて、現実にはいないから、あんまり本気にしないでよ」
軽い調子で「ハハハ」と笑う。
なんてこと。紙面ではあんなに「義賊」だ「正義」だと褒めそやしていたくせに、書いた当人は堂々と「泥棒」なんて言ってのける。
「宮前さんは、正体を知らないんですか?」
「知らないね」
加代の質問に、宮前はあっさりと言った。
「だいたい、僕が書いた事件5件が、全部同じ人間の仕業かどうかも分からないしね。僕が思うに、最低でも2件は違うな」
「な……貴方、そんな適当な取材で記事を書いていたんですか?」
宮前は悪態をつくように「はんッ」と短く鼻で笑う。顔の前で大袈裟に手をあおいだ。
「良く聞きなさいな、女学校のお嬢さん方。娯楽雑誌なんて、真実を伝えるためのもんじゃない。売れればいいんだよ。売るために書いてるんだからさ。本当の事件に、皆が好きそうな空想をちょちょいと加えて暇な人間の好奇心を満たしているだけだ。それに、あの事件のうちの一つなど、犯人は女……」
そこまで言いかけたところで、高く積まれた資料の向こうから、がなり声だけが飛んできた。
「宮前! 韮崎洋品店の社長だけど、やっぱり死んだらしいぞ」
話を止めた宮前が、声の方にぐるりと顔を向ける。
「なにッ?! また例の大袈裟な演出じゃなかったのか?」
「それが、どうやら確からしい……っと、悪い。来客か」
話しながら、声の主が顔をのぞかせた。宮前よりは幾分年上の似たような服装の男だ。
「いや、客はもうお帰りになるところだ」
宮前がこちらを振り返る。退出を促そうと腰を上げかけた宮前に、桜子がポツリと呟いた。
「韮崎洋品店の社長って、韮崎藤助さんですか?」
「知っているのか?」
浮いた宮前の腰がストンと落ちる。
「そうか。君は胡条桜子と名乗ったな。胡条財閥の令嬢か」
突然、食らいつくように、身体を乗り出してきた。
「韮崎社長について、何か知っていることはないか?」
ギラつく目つきに、桜子は思わずたじろぎ、身を引いた。
この様子では、あの事件の日、直前まで現場にいたなどと下手に口にしないほうが良さそうだ。
「面識はほとんどありませんが、あの……銀座の新店舗の展示会に行きました」
ちゃんと喋ったのは一度きりだ。ほとんど面識がない、と言うのは嘘ではないなろう。
「あぁ、君も行ったのか。僕も行ったよ。ありゃすごいね」
「宮前さんも…ですか?」
桜子の顔に浮かんだ疑問を、宮前が素早く捉えた。
「お、今、侮ったね? 僕にあの展示会の招待券をもらうコネがあるのかって疑ってるんだろう?」
「いえ…そういうわけでは……」
「まぁ、その疑問はあながち間違ってない。韮崎社長は、大手新聞社や影響力の高い雑誌の経営社たちには招待券を大盤振る舞いしたようだけど、三流雑誌の末端記者である僕の手には渡るわけないからね」
宮前は卑下する口調ではなく言うと、目をきらりと光らせた。
「ところがどっこい、あそこの受付にいた男を覚えているかい? 辻本というのだけれど」
辻本という名には聞き覚えがある。
受付で荷札を渡してくれていた人だ。確か藤助が、銀座通りの新店舗の責任者として雇ったと言っていたはず。
すらりと痩せた男で、時津には及ばないが、洋品店らしい洗練された立ち振舞だった。
「彼はああ見えて、農家の三男坊なんだ。芋農家だよ。最初は時計屋に奉公に出て、その後……まぁ、いいや。ともかく、彼は僕の幼馴染だ。それで、招待券を融通してもらったんだよ」
「韮崎洋品店の記事も書いたんですか?」
「呼んでもらった以上、仕方なく。僕は洋品店じゃなくて、韮崎藤助社長に興味があるんでね。記事は、満足してもらえる程度にはヨイショしておいたよ」
「藤助社長? どうしてですか?」
「韮崎洋品店は、3年前に経営者が変わっただろう? その前はパッとしない小さな小間物店だった。ところが経営者が変わった途端、めきめきと業績を伸ばし始めた」
宮前は韮崎洋品店について、いろいろと調べたようで、饒舌に教えてくれた。
「驚かされるのは、継いだ男の経営手腕と発想力だ。次々と新しい事を考える」
韮崎藤助は、先代の後を継ぐなり、すぐに日用品を扱う小間物から洋品店へと業態を変えた。昨今の西洋化や洋装の広がりに、商機をみたらしい。
韮崎洋品店では、高価なものだけではなく、和装や和式文化にも違和感なく使える手頃な価格の商品を多数扱った。特に髪飾りや飾り襟、鞄などの女性向け商品を充実させている。
「満を持して開店した新店舗は開店前から銀座通りにド派手な広告を何枚も出しただろう? 普通、洋品店なんて敷居が高くなりがちだが、韮崎社長は、あえて1階と2階で客層を分けた。1階は誰でも入れるような気軽な誂えにする一方、2階は紹介者がいるか者か保証金を払った客しか通さないようにした」
安物ばかり扱う店だと思われないように、宣伝を兼ねて、2階の顧客として見込まれるような特別な人たちだけに、事前展示会を開催した。
「展示会の招待状は、基本的に富裕層や上陸階級の人間たちにバラ撒いたのだが、従業員にも、知り合いに招待状を渡していいと許可をした。そうすることで、思いもよらない新規雇用を掴めるかもしれないと見込んだようだ」
とはいえ、従業員のほうも自分の名で紹介する以上、下手な相手には渡せない。何かあったら、自分の責任問題になりかねないからだ。
「僕は韮崎社長に興味があったし、韮崎洋品店にとっては娯楽雑誌に記事が載れば、耳目を集める。互いにとって悪くないと、晴れて招待客の仲間入りしたってさ」
それまで黙って話を聞いていた加代が、感想を漏らした。
「韮崎洋品店の社長さんは、ひょっとして、とてもアイデアマンなのかしら?」
「おぉ、お嬢さんはなかなか洒落た言い方をするねぇ。でも、そのとおりだ。大袈裟なことを述べ立てて宣伝に利用するようなところもある人だから、亡くなったいう話も、てっきり冗談かと思ったんだけどねぇ」
まさか本当だったとはと、宮前がしんみりと呟く。
「そうすると、残されるのは、あの未亡人か……韮崎洋品店の先行きは厳しいな」
「八重子さんのこともご存知なんですか?」
「八重子さん、ね。存じてますよ。噂程度に。なかなかに気難しく癇癪持ちな女人だそうで」
気難しく癇癪持ちという八重子評に、桜子は思わず眉を顰めた。何度か接したが、彼女にそんな印象はない。どちらかというと穏やかで、静かな人だ。
しかし、宮前は八重子の別の顔を暴露しはじめた。
「前社長ーーつまり、八重子さんのご主人が相当な遊び人だったそうで、行きつけの遊郭で随分と金を注ぎ込んだあげく、自家の女中と懇ろになっているのを、奥さんに見つかったのだとか。激怒した奥さんは女中を追い出し、ご主人を責めに責めて……」
宮前は桜子たちの方へ身体をスススと寄せて、内緒話をするように手を口元で覆った。
「そして、夫人に追い詰められたご主人のほうは、ついに自ら命を絶ったのだそうだ」
「うそ?」
加代が悲鳴みたいな小さい声をあげた。
桜子も驚きのあまり息を呑む。
八重子さんがそんなことを? なんとなくぴんとこない。
「信じられません」
「勿論、ただの噂だ。自殺ってのも含めて。本当に追い詰めたかどうかなんてのも、外から見ただけじゃ分からないしね」
亡くなった前社長は自殺かもしれない。そして、それは妻である八重子のせいかもしれない。
それは、今回の事件と何か関係があるのだろうか。新伍は知っているのかしら。
知らないなら、伝えておいたほうがいいだろう。
自分の集めた情報が新伍の役に立つかもしれないと思うと、ちょっとだけ心が奮い立つ。
八重子や韮崎洋品店について、もっと何か聞きたいけれど、どういうふうに尋ねればいいのか。新伍なら何と質問するだろうーーーそんなことを考えていたら、宮前に声をかけられた。
「まだ何か話はあるかい? 僕に話しておきたいことは?」
気づけば何故か、宮前は桜子のほうをじっと見つめている。
探られているような嫌な感覚に、桜子は考えるのを止めて、加代に話を振った。
「加代さんは、何か気になることはある?」
元は、銀の狐と呼ばれる義賊について知りたくてやって来たのだ。
そちらについては何の収穫もないどころか、「そんな義賊はいない」という希望を打ち砕かれたような結論だった。
加代は、この後、どうするつもりだろう。
「義賊というのは、雑誌に作られた虚構の姿だったのね……」
加代が虚しさを吐き出すように言った。
「元になった泥棒はいるよ。ただ、君たちが胸躍らせて信望するような逸話が、ちょっと創作で付け足されていただけで」
その「ちょっと」が、憧れていた人間にとっては、とても大きいのだ。加代の気持ちに配慮しない言い方に桜子は、ムッとした。
言い返そうと口を開こうとすると、宮前から「特にないようなら、今日はここでお開きだな」と話を打ち切られた。
「お嬢様方を入り口までお送りしよう」
桜子と加代は、促されて席を立つ。
宮前の後に続いて、高く積んだ資料の間を、着物の袖や袴の裾を引っ掛かけないように気をつけながら入り口まで戻った。
お礼を言おうとすると、宮前が思い出したように口を開いた。
「そうそう、あの泥棒の名はね、『41号』というのだそうだ。怪盗41号だよ」
「怪盗……41号?」
桜子と加代の怪訝な声がピタリと揃った。
宮前が「この情報は内緒だ」と人さし指を唇の前で立てる。
「警察の間ではね、そう呼ばれているんだって」
「どうして、41号なんですか?」
「その前に40人の怪盗とやらがいたとか?」
桜子が尋ね、加代が疑わしげに考察を口にする。すると、宮前が軽く両眉をあげた。
「違う、違う。何でも、とある家で、盗まれた宝石の代わりに、4銭1厘が置いてあったそうだよ」
「4銭? 宝石代として?」
「まさか?! 端金にもならないだろう」
「では、なぜ盗みに切羽詰まっている人間が4銭も置いていくの?」
大金ではないが、腹の足しに饅頭くらいは買えるはずだ。桜子にだって、それくらいは分かる。
「明確な理由は不明だが、警察は自らの存在を伝えるために置いていったのだろうと解釈した。それで、4銭1厘の41号と呼んでいる」
1銭は10厘だから、41ということなのだろう。これも新伍に教えたほうが良さそうだ。
「ありがとうございます」
桜子がお礼を告げると、宮前は「なんの、なんの」と調子よく言った。
「その代わり、次にお会いするときには、韮崎洋品店について、もっと詳しい教えていただきたいですね。胡条のお嬢様」
扉を開けながら、今日一番の胡散臭い笑顔を桜子に向けた。
「あの……それは、どういう?」
宮前が桜子の質問を無視して、長方形の紙片を取り出す。その紙片を桜子に握らせると、「何か話したくなったら、いつでもお気軽に。では」と、二人を追い出した。
目の前の扉がパタンと閉まる。
握らされた紙片に目を落とすと、『諧文堂 宮前悟』と書いてある。あの男の名刺だ。
「ねぇ、加代さん」
桜子が加代のほうを振り向いて声を掛けると、彼女は「え?」と、ゆっくりと顔をあげた。少し鈍い反応に、桜子は心配になって尋ねた。
「……どうかしたの?」
「あ、いえ。何でもないの。少し考え事をして…何だったかしら?」
加代が何かを振り払うように、頭を軽く左右に振った。
「銀狐の話、思っていたのと違ったわね」
桜子が残念そうに言うと、いつもの聡明そうな顔つきに戻った加代が「そうね」と頷いた。
「次にどうするか、考えないといけないわね」
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