魔法少女の末裔

倉田京

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二人旅

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 高校二年の夏休み初日、俺は妹の香奈かなと新幹線の中で肩を並べて座っている。窓の外は快晴。遠くの景色は夏の車のボンネットに落としたアイスクリームみたいにゆっくりと形を変え、時々ビルの看板なんかが一瞬で通りすぎていく。
 父方の爺ちゃん婆ちゃんが住む田舎への一泊二日の小旅行。いつもなら、おやじとおふくろ含めた一家四人で帰省するところが、今回に限ってなぜか『二人だけで来なさい』と爺ちゃんが言って、この状況になった。その理由を何度か聞いたけれど、結局『大事な話がある』ということしか教えてもらえず、ぼんやりした疑問という余計な荷物も抱えたまま向かっている。


 香奈は俺と二人きりなのが気に入らないらしく、玄関を出る前からずっとアヒルみたいなブーっとした口をしている。今も同じくちびるのまま頬杖ほおづえをついて窓の外を眺めている。妹のご機嫌度はブーたれ口、顔を赤くする、手をぷるぷるさせる、の順で悪くなる。今はさしずめ『あーあ、せっかくの夏休みなのに、なんでキモにぃと二人っきりで出かけなきゃいけないんだろ…』な所だろうか。


 同じ屋根の下で暮らしてきて学んだこと、妹のご機嫌が傾きかけている時は甘いものでフォローせよ。
 俺は昨日のうちに買っておいたお菓子をバッグから取り出す。

「なあ、香奈これいるか」
「…なに?」
 香奈はジトっとした目つきで差し出されたマシュマロと俺を交互に見つめる。そして、ひったくるようにそれを取った。野生の猛獣もうじゅうにでも餌付けしてるような気分だ。


 香奈がマシュマロを口に入れ、窓の外に視線を戻す。少し高めで結んだポニーテールが犬のしっぽみたいに揺れた。
 髪型を変えるのが香奈の最近のマイブームだ。洗面所の鏡の前で格闘しているのを時々見かける。盛ったり、ったり、まとめたり。たまに変な時もあるけれど、どれも似合ってるから不思議だ。でもかたくなにツインテールにしないあたり、俺とのみぞはまだ埋まっていないらしい。あの『兄直筆じきひつ魔法少女イラスト事件』から一年経った今も、呼び方は『キモにぃ』のままだ。


 あれから俺は『面倒見めんどうみのいいお兄ちゃん』へランクアップしようと決意した。でも香奈から突っかかるような言葉が飛んでくると、俺もついムキになって打ち返してしまう。今日も駅でお土産を選ぶ時にやらかしてしまった。可愛いという理由でウサギのクッキーを選んだ香奈と無難という理由でいろんな味が選べる煎餅を選んだ俺。二十分近くドンパチをしたあげく、婆ちゃんが卯年うさぎどしだからという意味不明な理由で最終的に香奈に軍配が上がった。そうやって会話の選択肢を間違えているうちに、俺はいつのまにか『鬱陶うっとうしい口げんか相手』にクラスチェンジしてしまっていた。本当は昔みたいに仲良くなりたいと思っているのに…。

 魔法少女ちをするのが一番の近道だというのは分かっている。でも、それだけはどうしてもできなかった。一度試したことはある。二日目で魔法少女が枕元に立った。当時俺が一番ハマっていた『魔法少女コジカ・マジカ』の主人公『バンビ』ちゃんが、寝ている俺の布団の上に正座で乗っかってきた。窒息しかけた。良い夢だったけれど香奈が『寝言がうるさい!』と言って部屋に駆け込んできて俺の頭をひっぱたく事になってしまった。妹の安眠の為にも俺はあえて魔法少女を自重しない道を選んだ。といった訳で魔法少女熱はもう本能と思って自分でも諦めている。
 嫌われた元凶を抱えつつ何とか頑張ってきたここ一年。だから今回の帰省の話は正直嬉しかった。香奈との距離を縮められるいい機会になると思ったから。


 事前に書き貯めておいた『香奈との弾む会話ネタ』を確認しようと携帯を取り出すと、メッセージ着を知らせるランプが光っていた。開いて中を読む。

 哲也てつや:『かなちゃんの夏休みの予定教えてたもれ!!』

 ただいまクラスで謎の大流行を果たしている、お願い事をする時の語尾「たもれ」
 教室で俺の真後ろに座っているあいつからだ。

 俺:『しらねえ』
 哲也:『部活以外のプライベートの予定聞いてたもれ!』
 俺:『いやだ!』
 哲也:『そこを何とか!お兄様!!!』
 俺:『お前にお兄様と呼ばれる筋合いはない!』
 妹にすら呼んでもらえてないってのに…。

 高橋たかはし哲也てつや。高校からの友達、同じ帰宅部仲間。部活に入っていない奴は他にも何人かいるが、こいつとはなぜか馬が合ってよく喋るようになった。
 毎度、哲也が考えてくる下らない企画にツッコミをいれたり、たまに加担かたんしたりしている。最近だと『クラスの女子が使っているシャンプー大図鑑』や『本の貸し出し履歴を分析して文学少女の性癖をずばり当てる』なんてのがあった。調べてどうするんだと言いつつ、文学少女の企画は半分興味があってつい協力してしまった。

 学年が変わって以降、こいつから届くメッセージの大半は妹の近況をうかがう内容になっていた。


 一つ下の香奈は今年から俺と同じ高校に通い始めた。九条くじょうというちょっと古風な苗字もあってか、俺たちが兄妹だということはすぐ周囲に知られるようになった。単にそれだけなら『ふーん』ぐらいで済んでいたんだろうけれど、最近は俺を九条塔矢くじょうとうやではなく『香奈ちゃんのお兄さん』として認識している奴の方が圧倒的に多い。妹はモテる。香奈目当てで新入生はおろか二、三年生まで押し寄せて、潰れかけの美術部が息を吹き返したのを知った時は正直驚いた。


 そういった訳で週一ぐらいで色んな奴から『かなちゃんの…』とか『かなさんについて…』とかそういう文面で始まるメッセージが届く。
 隣に座る香奈の横顔をちら見する。まあ正直、人気があるのも分かる気がする。仏頂面をしていてもそう思う、兄バカかもしれないけど。


 哲也に適当な返事を送ると、また別のメッセージが届いた。

 佐登美さとみ:『かなちゃんのスリーサイズ教えてたもれ!!』

 『女子が書く内容じゃねえぞ!』と思わず口からツッコミが飛び出しそうになった。
 今度は哲也の悪友、いずみ佐登美さとみからだ。良く言えば開放的、でもいきなりこんな文面を送りつけてくるあたり、変態といった方が正しいかもしれない。
 黙っていれば美人なんだけれど、本性はこの通り残念な方に曲がってしまっている。
 哲也の『クラスの女子が使っているシャンプー大図鑑』の企画を完成に導いた立役者、もとい暗躍者あんやくしゃ
 こいつも妹にご執心で、哲也と一緒に『香奈ちゃんについて何か調べよう』なんて会話を耳にした時はリアルで頭を抱えそうになった。


 俺:『教えねーよ!』
 佐登美:『かなちゃんの写真たもれ!至福の私服写真!』
 俺:『やらねーよ!』
 佐登美:『わかった!じゃあ百歩ゆずって入浴中の写真でゆるしてやる!』
 俺:『何が分かったんだよ!!』
 佐登美:『私のすけべえな写真と交換でどう?』
 ツッコミが間に合わねえ。『すけべえ』ってなんだよまったく。実は女子高生の着ぐるみを着たオッサンなんじゃないかと時々疑いたくなる。佐登美の背中にファスナーが付いていても俺は多分驚かない。

 ふいに水泳の時に見た佐登美の水着姿が頭に浮かんだ。結構スタイルが良かった。あの胸だと水の抵抗で泳ぐの大変だろうなとか、やっぱり肩こりが悩みか、なんて哲也とプールサイドで馬鹿話ばかばなししてたっけ。佐登美のノリなら本当にちょっとエッチな自撮り写真とか送ってくれたり…。
 いやダメだダメだ!手にしたマシュマロのせいで妄想に拍車はくしゃがかかりそうになる。心が揺らいじまった…。


 たとえクラスメイト女子の肌色多め写真が目の前にちらついたとしても、大切な妹を売る訳にはいかない。それに一度要求が通ったら内容がエスカレートするのは目に見えている。俺はセクハラ大魔神に懇切丁寧こんせつていねいなお断りの返事を送った。

 俺:『死ね!』
 送信とほぼ同時に折り返しが届く。ゾンビのイラストだった。寒気がして思わず周囲を確認してしまう。まあ、いる訳がないとホッとしたのもつかの間、更におぞましい追撃が届いて携帯が震えた。

 佐登美:『かなちゃんのパンティおくれ!!』
 だめだこいつ。ため息が漏れた。ひとまずパトカーのイラストを送って反撃しておいた。


 変態の魔の手から妹を守るべく携帯越しに悪戦苦闘あくせんくとうしていると、香奈が服の袖をくいくいっと掴んできた。
「おかわり」
 袋ごと全部渡してやると、見開いた目が少しキラッと輝いた。
 香奈が最近はまっているブルーベリー。この味のやつを選んで正解だったみたいだ。
 よく見ると、もうアヒルみたいな唇はしていなかった。

「なにじろじろ見てんの」
「いや、何でもない。それ俺にも一つくれよ」
「…はい」
 香奈がマシュマロを一つひょいっと投げてよこした。
 手に取って口に入れると柔らかい甘さが広がった。


 景色は次第に山がメインになっていく。
 そういえば香奈とこうして二人きりで出かけるなんて初めてかもしれない。

 列車が何回めかのトンネルに入った。窓ガラス越しに香奈と目が合う。お互い同じタイミングで視線を外してしまった。
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