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第三章 王太子妃誘拐事件の裏側
公爵令嬢イリス誘拐事件発生(表向き) ~ そして王太子妃奪還作戦が始まる
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土煙の中、マーガレットを片手に抱えて、イリスは立ち上がった。杖代わりに地面に突き立てた剣には血が付いていたので、ひゅっと一振りして払う。
視界が開けてきてから退避方向を探すと、人影がいくつか見えた。
敵か味方か定かではないため身構えると、そこに思いがけない姿が現れた。レンティスの王太子エドワードだった。イリスの元婚約者だ。
エドワードはいぶかし気な顔をしている。そして横に立つ近衛騎士の声が聞こえた。
「ブルーネル公爵様?」
他の方向からアイラとカイルが呼びかける声が聞こえてきた。
「イクリス様。こちらです。お早く」
すぐにマーガレットを抱え上げると、そちらに向かって走り出した。
合流してすぐ、アイラに指示を出した。
「エドワードが来ている。私の救出に来たのかもしれない。もしそうなら、ブルーシャドウがイリスを救出した、速やかに国に戻れと伝えてもらえないか」
アイラが頷いて、その場を走り去った。
◇+◇+◇+◇+◇
事の始まりは、その2か月ほど前だった。
「イリス様、王妃様がお呼びです。すぐに来て欲しいとおっしゃっています」
王妃様付の侍女として、情報収集に当っているアイラが、緊張した面持ちでイリスを呼びに来た。
「なにか、あったの」
「内容はさっぱりわかりませんが、何らかの緊急事態だと思われます。そのままで結構ですので、お急ぎください」
通常、王妃などの高位の人物に会うときは、身だしなみを整えてから出掛けるものだ。そのため、呼び出す側も、その時間を考慮しているものなのだが、今回はその時間が惜しい事態らしい。
アイラと二人、足早に王妃様の私室に向かった。
部屋に通されると、そこには王と王妃、三人の王子達までが揃っていた。
王家フルメンバーだわ。何が起こったと言うの?
侍女達がお茶を入れ終えると、全員を下がらせた。ますますもって普通ではない。ティーカップのカシャカシャいう音だけが部屋に響いた。
王がイリスを見つめながら話し始めた。
「急な呼び出しで申し訳ない。実は、王太子妃のマーガレットが誘拐された。犯人は隣国バイエルの宗教団体セレスだ。マーガレットの救出を手伝って欲しい」
イリスは他の四人の顔を見つめた。皆緊張して、引き攣った顔をしている。あの伯母までもがだ。
「お前も知っていると思うが、マーガレットは母国カルムへの里帰りで、数日前にここを発ってカルムに向かっていた。そして、三国の国境付近で襲撃にあったらしい。
ほぼ同時に、レンティス国のブルーネル公爵家宛に脅迫状が届けられ、ブルーネル公爵令嬢イリスの命が惜しくば、アルガス山脈一帯を譲り渡せと言ってきたそうだ。組織だった行動だな」
皆、押し黙って聞いている。夫である王太子ゼノンの顔は能面のように無表情だった。
「私が狙われたということですか」
「そのようだ」
「先ほど、レンティスから急使が到着して事件が発覚したのだ。使者はお前の無事を確認したいので会わせて欲しいと言っている。この後、場を設ける。
マーガレットが攫われたのは四日前だ。
公爵は、イリスに危害を加えないことを条件に交渉をしているそうだ。だからしばらくは、マーガレットの身に危険はないと思う。生き残った騎士や従者達は公爵家で手当を受けているそうだ」
突然の事件に驚いた。と同時に父の過保護と思っていたものは、理由のある配慮だったのだと気付いた。
「私の協力と言いますと、ブルーシャドウの貸し出しということですか?」
「そうなのだが、実はお前の力も必要になるかもしれない。まずは彼らと話し合ってくれ。
今回の事件は、秘密裏に動くしかない。軍隊を出すわけにも、騎士達をおおっぴらに動かすわけにもいかない。
誘拐されたのがイリスではないと知れたら、どう出てくるかわからない。ましてや、我が国の王太子妃だと知れたら、また更に予測不可能だ。カルムへの報告もまだ迷っている。
今夜、作戦会議を行う。それまでにチームに話を通してくれ」
隠密行動となればブルーシャドウの分野だ。この国の同様の部隊と共同で当たることになるのだろうか。親しくしている親戚とはいえ、さすがに他国の国防に関する情報には接していないので、今夜の会議まで、想定でしかものを考えられない。
片や、国王も、他国の公爵令嬢に危険な奪還作戦に加わってくれとは言えない。
通常なら令嬢にする話ではないが、軍事力が強大な公爵家で、男女関係なく鍛えられてきたイリスは、指揮官としての才能を周囲に知らしめている。そしてブルーシャドウという精鋭チームを抱えている。
しかも、実際に脅迫者と相対しているのはイリスのブルーネル公爵家だ。
イリスごとチームで作戦に加わって欲しい、そう考えるのが自然だ。これほど適任者はいないだろう。
だから、あれこれを考え併せて、会議までに作戦の骨子を考える、と言っているわけだ。
イリスは、自分にとって友人でもあるマーガレットを、救う手助けができるのならと、前向きな姿勢を国王に示しておいた。
謁見の間に通されると、公爵家の騎士ハンスが埃まみれの姿のまま所在無げに立っていたが、イリスの姿を見ると素早く駆け寄ってきて、公爵からの手紙を渡された。イリス宛と、国王宛の二通を預かってきていたそうだ。
「イリスお嬢様、ご無事でしたか」
「久しぶりね。ハンス。ここまで三日で駆けてくるなんて、無茶な事をして。でも、ありがとう」
「よかった。すぐに戻って公爵様にご報告しなければ。のんびりしていたら、ご本人が来てしまいかねません」
すぐ戻ろうとするハンスを引き留め、こちらから急使を送るよう手配してもらった。
「埃を払って休んでちょうだい。国の皆の話も聞きたいわ」
ハンスを部屋に案内するよう言って、風呂の用意と着替えの用意も頼んだ。
それから、父からの手紙を開いて読んだ。思いがけないことに、必要があれば、イリス自身も救出作戦に参加することを認めると書かれていた。
視界が開けてきてから退避方向を探すと、人影がいくつか見えた。
敵か味方か定かではないため身構えると、そこに思いがけない姿が現れた。レンティスの王太子エドワードだった。イリスの元婚約者だ。
エドワードはいぶかし気な顔をしている。そして横に立つ近衛騎士の声が聞こえた。
「ブルーネル公爵様?」
他の方向からアイラとカイルが呼びかける声が聞こえてきた。
「イクリス様。こちらです。お早く」
すぐにマーガレットを抱え上げると、そちらに向かって走り出した。
合流してすぐ、アイラに指示を出した。
「エドワードが来ている。私の救出に来たのかもしれない。もしそうなら、ブルーシャドウがイリスを救出した、速やかに国に戻れと伝えてもらえないか」
アイラが頷いて、その場を走り去った。
◇+◇+◇+◇+◇
事の始まりは、その2か月ほど前だった。
「イリス様、王妃様がお呼びです。すぐに来て欲しいとおっしゃっています」
王妃様付の侍女として、情報収集に当っているアイラが、緊張した面持ちでイリスを呼びに来た。
「なにか、あったの」
「内容はさっぱりわかりませんが、何らかの緊急事態だと思われます。そのままで結構ですので、お急ぎください」
通常、王妃などの高位の人物に会うときは、身だしなみを整えてから出掛けるものだ。そのため、呼び出す側も、その時間を考慮しているものなのだが、今回はその時間が惜しい事態らしい。
アイラと二人、足早に王妃様の私室に向かった。
部屋に通されると、そこには王と王妃、三人の王子達までが揃っていた。
王家フルメンバーだわ。何が起こったと言うの?
侍女達がお茶を入れ終えると、全員を下がらせた。ますますもって普通ではない。ティーカップのカシャカシャいう音だけが部屋に響いた。
王がイリスを見つめながら話し始めた。
「急な呼び出しで申し訳ない。実は、王太子妃のマーガレットが誘拐された。犯人は隣国バイエルの宗教団体セレスだ。マーガレットの救出を手伝って欲しい」
イリスは他の四人の顔を見つめた。皆緊張して、引き攣った顔をしている。あの伯母までもがだ。
「お前も知っていると思うが、マーガレットは母国カルムへの里帰りで、数日前にここを発ってカルムに向かっていた。そして、三国の国境付近で襲撃にあったらしい。
ほぼ同時に、レンティス国のブルーネル公爵家宛に脅迫状が届けられ、ブルーネル公爵令嬢イリスの命が惜しくば、アルガス山脈一帯を譲り渡せと言ってきたそうだ。組織だった行動だな」
皆、押し黙って聞いている。夫である王太子ゼノンの顔は能面のように無表情だった。
「私が狙われたということですか」
「そのようだ」
「先ほど、レンティスから急使が到着して事件が発覚したのだ。使者はお前の無事を確認したいので会わせて欲しいと言っている。この後、場を設ける。
マーガレットが攫われたのは四日前だ。
公爵は、イリスに危害を加えないことを条件に交渉をしているそうだ。だからしばらくは、マーガレットの身に危険はないと思う。生き残った騎士や従者達は公爵家で手当を受けているそうだ」
突然の事件に驚いた。と同時に父の過保護と思っていたものは、理由のある配慮だったのだと気付いた。
「私の協力と言いますと、ブルーシャドウの貸し出しということですか?」
「そうなのだが、実はお前の力も必要になるかもしれない。まずは彼らと話し合ってくれ。
今回の事件は、秘密裏に動くしかない。軍隊を出すわけにも、騎士達をおおっぴらに動かすわけにもいかない。
誘拐されたのがイリスではないと知れたら、どう出てくるかわからない。ましてや、我が国の王太子妃だと知れたら、また更に予測不可能だ。カルムへの報告もまだ迷っている。
今夜、作戦会議を行う。それまでにチームに話を通してくれ」
隠密行動となればブルーシャドウの分野だ。この国の同様の部隊と共同で当たることになるのだろうか。親しくしている親戚とはいえ、さすがに他国の国防に関する情報には接していないので、今夜の会議まで、想定でしかものを考えられない。
片や、国王も、他国の公爵令嬢に危険な奪還作戦に加わってくれとは言えない。
通常なら令嬢にする話ではないが、軍事力が強大な公爵家で、男女関係なく鍛えられてきたイリスは、指揮官としての才能を周囲に知らしめている。そしてブルーシャドウという精鋭チームを抱えている。
しかも、実際に脅迫者と相対しているのはイリスのブルーネル公爵家だ。
イリスごとチームで作戦に加わって欲しい、そう考えるのが自然だ。これほど適任者はいないだろう。
だから、あれこれを考え併せて、会議までに作戦の骨子を考える、と言っているわけだ。
イリスは、自分にとって友人でもあるマーガレットを、救う手助けができるのならと、前向きな姿勢を国王に示しておいた。
謁見の間に通されると、公爵家の騎士ハンスが埃まみれの姿のまま所在無げに立っていたが、イリスの姿を見ると素早く駆け寄ってきて、公爵からの手紙を渡された。イリス宛と、国王宛の二通を預かってきていたそうだ。
「イリスお嬢様、ご無事でしたか」
「久しぶりね。ハンス。ここまで三日で駆けてくるなんて、無茶な事をして。でも、ありがとう」
「よかった。すぐに戻って公爵様にご報告しなければ。のんびりしていたら、ご本人が来てしまいかねません」
すぐ戻ろうとするハンスを引き留め、こちらから急使を送るよう手配してもらった。
「埃を払って休んでちょうだい。国の皆の話も聞きたいわ」
ハンスを部屋に案内するよう言って、風呂の用意と着替えの用意も頼んだ。
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