公爵令嬢イリスをめぐるトラブル 

文字の大きさ
51 / 123
第四章 ミカエルの旅

母達の後悔

 花嫁が置き去りされた結婚式で、両家の母達は各々、複雑な思いを抱えていた。
 
 双方にそれなりの事情や背景があり、それには他人からは伺いしれない部分もあるようだ。同じように困惑と狼狽を浮かべる母達の胸の内をのぞいてみると、その心象風景は全く違うものだった。



◇~+~  花嫁の母の後悔  ~+~◇


 ルイス、ごめんなさい。
 あの時、駆け出した二人に見とれていた母を許して。あまりにきれいで目が離せなかったの。

 人の想いって、あんなに伝わって来るものなのね。見交わす目や、繋いだ手や、体の動き全てが物語っていたわ。愛と喜び、底辺を流れる抑えた悲しみ。

 だから、あんなに際立って見えたのかしら。

 そうね、ただキャッキャウフフで走り去るバカップルなら、どんなに美男美女でも呆れていたでしょう。

 それは参列者の皆様も同じはずよ。
 誰もが魅入っていた、実はルイスもでしょ。母にはわかる。他人事のように、素敵なんて思っていたでしょう。あなたって、そういう子よね。


 母の耳にバックグラウンドミュージックが流れていたわ。きれいな声の少し物寂しいきれいな音楽が。それの最後を締めくくるのが、鳩の羽ばたきと、鐘の音。完璧だった。
 そしてバーンと閉まったドアの音が第二幕の開幕合図。

 ごめんなさい。ちらっとだけ、本当にちらっとよ、そんなふうに思ってしまいました。

 祭壇の前のあなたはいつもと違って、とても存在感があったわ。ベールを被っていて顔も見えないのに、目が引き寄せられる強い何かを発していた。皆があなたを見つめ、息を殺していた。

 ベールを上げた時は驚きました。
 いつもよりずっときれい。緊張感で引き締まった表情のせいもあるけど、ほら見なさい。
 常日頃、もっとしっかり化粧しなさいって言ってるでしょ。化粧すれば三割アップよ。母の忠告は結構役に立つものなのよ。ああ、我が娘ながら仲々の美人だったわ。

 でも、あなたと目があった時、現実に戻った。私は立ち上がって、あなたの傍に寄り添わなくてはいけないのに、あなたに丸投げしてしまっていた事に気付いたの。

 置き去りにされた花嫁の母として、ありえないわね。

 でも動けなかった。それは許されなかった。誰にって? あの時のあの場全体の雰囲気によ。

 参列者にお詫びの言葉を述べ、教会から帰っていく参列者を、両家の両親と神父様とでお見送りしたわ。

 皆様、嘆かわしいとか、とんだことでしたね、とかの当たり障りない言葉を短く掛けて帰っていかれたのだけど、何故かムンムンと強い熱量を纏っていて、言葉と表情と雰囲気の違和感が凄かったわ。

 とにかくご挨拶を済ませて、やっと家に帰ることができてホッとしたのよ。

 ところがすぐに叔母一家が押しかけて来て、二日ほど滞在したいって言い出して。そのすぐ後に他の親戚達もやってきて、我が家はホテル状態よ。

 従姉妹たちはすぐにルイスの部屋に駆け込むと、きゃーとか、わあとかうるさいこと。何を言っているのかもわからないけど、すごい興奮状態。淑女教育どこ行った、という様子。

 ルイスはぐったりしているわね。疲れたでしょうよ。この気力に乏しい娘が、あれだけの力を発揮したのだもの。1年分位の気力を使い果たしているでしょうね。

 今晩はゆっくりお休みなさい。

 あ、初夜用のナイトドレスが無駄になったわね。こんなひらひらした物が高いのよねえ。驚くわ。これはきれいに仕舞って置かなくては。



 次の朝、まず一番にバーンズ侯爵家よりの手紙が届いたの。謝罪と賠償と今後のことを相談したいので日を決めたいそう。
 手紙と花束を持ってきたのは、侯爵の甥のカイト様だった。なぜ、使用人ではなく、と疑問に思ったのを感じ取ったのか、丁寧に説明してくれたわ。

「今回のことを深くお詫びすると共に、お互いにとってより良い道を探っていきたいと叔父が言っております。
手紙も使用人では失礼だと思い、僕が持ってまいりました」

 と言って、花束をルイス嬢にと渡して帰られました。

 では、ルイスを呼びますと言ったら、ルイス嬢は傷心でお辛いでしょうから、と労わってくださった。いい人ね。なんだか釈然としないけど、さすが侯爵家、対応迅速、そして花束が豪華よ。

 花束と手紙を持って客間に戻ると泊っている親族たちが集まっていて、こっちを見ていたわ。花束と手紙を交互に見ているけど、どっちに興味があるのかしら。

「バーンズ侯爵家はなんて言ってきたの」
 と私の叔母が聞き、

「その花は誰に贈られたもの?」
 とその妹のもう一人の叔母が聞き、

「今の貴公子誰?かっこいい人ね」
 その娘の従姉妹達がさえずり、

「お母様、朝ごはんにしませんか。私お腹が空いてしまって」
 ルイスが言った。

「張り合いのない娘だな、全くいつも通りじゃあないか」
 と夫の叔父が言うと、他の皆もそうねと言って頷いている。

 ルイスの幼い甥のミカエルが、

「ルイス姉様、泣かないの?
花嫁にならなかったのでしょ。僕泣いていると思ったの」

 これは直撃だわ。マギー、ミカちゃんを別室に、早く。

 え、一緒に聞く?あなた姉でしょ。妹の傷心に寄り添う麗しい姉妹愛とか無いの?

「泣かないわよ。疲れて眠いのと、お腹が空いているだけ。いっぱい食べましょうね」

「ね」

 天使のミカちゃんと可愛らしく言い合う姿は、可愛いけどなんだか疲れたわ。

 こんな事になったのも、元はと言えば家庭教師のスミス氏が縁談を持ち込んだからだったわね。

 おとなしくて浮ついたところのない、頭の良い令嬢を探している、と声を掛けられて、すぐにルイス嬢のことを思い出したのです。顔合わせの話を受けてみませんか、と言われてその気になったのだった。

 なにせ、親がお膳立てしてあげなければ、一生家で本を読んで過ごしそうな子なのだ。いい縁があれば何でも掴まねば、と焦ったのが結局間違いだったということ。
 なぜか娘が選ばれ、なぜかダニエル様にも気に入られ、話はスムーズに進んでいった。
 訳アリの匂いは有ったけれど、そんなに気にしなくてもいいのでは、と楽観的に考えていた。

 娘に負担を…どんな負担かしら。世間様が思うのとは違う気がするけど。

 まあ、いいか。

「奥様、お手紙が届いておりますが、どう致しましょうか」
執事が声を掛けてきた。

「ありがとう。朝食の支度をお願い。ちょっと多めで豪華なメニューにしてね。
ミカちゃんが喜びそうな甘いものも加えて頂戴」

 そう言いながら、手紙を受取ろうとしたら、トレイに山盛りに手紙が盛られていた。

「これ、何?」

「手紙でございます。こちらは高位の貴族からの手紙で、早めにお返事が必要かと思われますので、お持ちいたしました。
その他のものと釣書は執務室に置いてあります。釣書は嵩ばりますし。
今まで付き合いのある家と、初めての家で分けて執務室に置いてありますので、目通しをお願いいたします」

 ルイス、ごめんなさい。なんだか疲れることになりそうよ。いっぱい食べて体力をつけてね。



感想 7

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。 貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。 元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。 これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。 ※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑) ※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。 ※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

愛とオルゴール

夜宮
恋愛
 ジェシカは怒っていた。  父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。  それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。  絡み合った過去と現在。  ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった

Blue
恋愛
 王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。 「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」 シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。 アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。