公爵令嬢イリスをめぐるトラブル 

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第五章 二年前の事件を振り返る勇気

昔の事を話してみる

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 アイラと、一緒に残ったメンバーが、潜入を終えて戻って来た。

 あの後、ブルーネルの庶子の潜伏場所の調査が行われ、カンザスの支店にも人がやって来たそうだ。

 その頃にはアイラは、少し似ているけど全然違う男に変身していた。毎日少しずつ変化させていけば、いつも一緒にいる人はすぐに慣れてしまうそうだ。
 しかも、花嫁に逃げられて、しょぼくれている男でもあって、調査に来た男たちに気を落とすなよと慰められた。

 ダニエル達は決行日以降、数日息を殺して生活していた。花嫁の馬車が翌朝に戻って来たのも驚いたが、残る予定のアイラが戻らないのが不安だった。

 ケインが情報を集め、レンティスに向かう街道で何か揉め事と、火災があったことを掴んできた。
 そこで戦闘があり、ミラの仕掛けたトラップを使い逃げたか、捕まったか……

 四日ほどしてアイラが戻るまで、気が気ではなかった。

 調査の兵士が来て一週間過ぎてから、ロブラールに向けて全員で帰国した。これで完全撤収だ。ダニエル達は仕事の引き継ぎが終わる一ヶ月ほど後に、レンティスに引っ越す予定だ。


 アイラは二人に対し、今回のことは何もかも忘れて欲しいと、帰国前に念を押した。

「今度会うときには、初めましての挨拶からですよ」

「承知しました。また、会える日を楽しみにしています」

 理解が早くてダニエル達と付き合うのは楽だ。そして彼から手紙を受け取り、渡すことを約束して帰国の途に就いた。

 帰国したアイラが驚いたことがあった。イリス様にまとわりついていた影が消え、透明な印象に変わったこと。これは喜ばしいことだ。

 皆、闇を抱え込んだままのお嬢様を密かに心配していたのだ。大変な出来事だったが、甲斐があったというものだ。
 ノワールの変装をしても、三十歳には見えなくなった。今度衣装の変更を提案しようと思う。白や水色が似合いそうだ。


 それと、ルーザーの結婚だ。
 この短期間で、なんでそうなった? そこにはミカエルという天使の働きがあったらしい。天使には敵わないか。

 
 そして、ダニエルからの手紙を王妃様に渡した。

 すぐに内容を読み、中にもう一通入っていた封筒を、こちらは私が渡しておくわね、と受け合ってくれたので、ありがたくお任せした。


 ところで帰国後、イリス様に偽イクリスの変装のまま会いに行ったら、すごく嫌がられた。他のメンバーにも嫌がられた。イクリス様を汚すな、と言われる。ただ一人、王太子殿下だけは満足げだった。
似ていて品下がる人物が気に入らないのはわかるが、なんだかひどくないか?

 今度はアイラが、グレた。


「アイラ、ありがとう。すごく感謝しているのよ。ご機嫌直して頂戴」

 イリスが宥め、ミラも珍しく、フォローする。

「そうよ。アイラのお陰で全てが隠し通せたのだもの。感謝してるよ」

 ぼそっと、イクリスのままでいようかな、というのが聞こえ、それは、ちょっと勘弁してと皆が思う。やはり嫌なのだ。

「ねえ、アイラ。今ね、1年半前の事件を思い返しているの。あなたは王宮で警護の仕事をしていたでしょ。私から見た事と、あなたから見た事と、すり合わせしてみたいのだけど。お願いできるかしら」

 興味をそそられたのか、アイラの表情が晴れた。

「それはいいことです。私は侍女として内部にいましたから、そこそこ見ているし、聞いています」

「じゃあ私が話すから、次にそちらの視点で見たことを話してね」

 イリスは、5年前のことから話し始めた。


◇・◇・◇


 シモンの葬式に、王一家がやってきた。
 エドは青い顔をして、王の後ろに付いて来ていた。

 大人達が密やかな声で短く挨拶し合う。
 エドは何も言わず、誰とも目を合わさず、ユリの花を棺に入れて下がっていった。イリスも黙って、それを見つめていた。

 何を言いたいのか、自分でも分からなかった。だから、ただ黙っていた。

 棺を閉じる時、母が泣き、父も涙を流したが、イリスの目は乾いていた。何故泣かないのかも、分からなかった。

 エドも泣いていなかった。一瞬だけ目が合ったが、すぐ逸らされてしまった。


◇・◇・◇

 イリスはアイラに言った。

「多分、あのときは、悲しいより悔しさと怒りが勝っていたのね」

「イリス様。今だから言えますが、あの時のあなたは恐ろしかったです。年齢のわからないような空虚な目をしていて、人でない者のようでした。
その後、普通に戻りましたけど、あの時のあれが少しだけ、ずっと残っていたように思います」

「そうかもね。その後すぐに、お父様に頼み込んで訓練を受け始めたでしょう。
 とにかく死に物狂いだったわ。シモンの代わりに強くなりたかった。そのうち、シモンに代わって、私がエドを守ろうと思い始めたの」

「一見、普通の仲の良い婚約者でしたよ。姉弟にも見えるくらいに」

「本当に?」

 話していて、イリスは気がついた。シモンを守れなかった後悔を、エドワードに向けていたのだと。

「私はエドをシモンの代わりにしていたのね。弟扱いのはずだわ。
 そして、彼を死なさない、絶対に守り切る、そのためにずっと側にいたのだわ。恋などに割く心の余裕はなかった。アイラ、私恋したことも、恋愛に意識を向けたこともないみたい」

「そうですね。十四歳で止まっていたのかもしれませんね。
 でも外から見ると、イリス様はエドワード王太子にゾッコンで、いつも側にいたがる、重めの女性に見えました。エドワード王子の十四才の誕生日に、事件がありましたね。あれから特にだったかな」


◇・◇・◇

 エドの十四才の誕生日に、盛大なパーティが開かれた。
 イリスは婚約者として、華やかに装い、両親と共に王宮に早めに到着した。王と、王妃に挨拶した後、エドに会いに行く。パーティ用の正装に身を包んだ彼は立派に見えた。


……そういえば、素敵とかじゃなく、立派とか大きくなったとか保護者目線ね……

……近しい者たちは気付いていましたよ。もちろんエドワード殿下も……


 
 エドワードはとても嬉しそうだった。
 誕生日から半年間だけ、イリスと二歳違いになるのだ。その後は、また三歳も年下になってしまう。そういう意味で誕生日が待ち通しいし、楽しみにしていると言っていた。

 幾つ違いでも気にしなくていいのに、とイリスは苦笑して聞いていた。シモンはイリスの2ヶ月後、エドワードは六ヶ月後が誕生日だった。だから、シモンが上の弟、エドワードが下の弟というような意識はずっとあった。

 広間での会食の最後、エドワードの前に運ばれたデザートのシロップに、毒が仕込まれていた。
 たまたま苦手ないちじくが載っていて、イリスがそれを自分の皿に移した。その時、銀のスプーンを使ったのが幸いした。フォークでは気がつかなかったかもしれない。

 変色したスプーンを見て、すぐに、皿を取り上げ、護衛を呼んだ。そしてエドワードを守るよう言った。

 周囲がざわつき、衛兵たちが厨房を封鎖し、会場係の者たちを、他の部屋に追い立てていく。

 客たちは、その場に待機させられた。客が犯人の可能性もあった。

 しばらく後に、会場係の古参の侍女が一人、首を絞められて死んでいるのが見つかった。王を始めとする重要人物への配膳を担当している女性だった。

 この日より、イリスのエドワードに対する干渉が強くなっていった。今回は偶然助けられたが、もしかしたら、また目の前で弟が死んだかもしれない。
 

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