私を見ないあなたに大嫌いを告げるまで

木蓮

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 泣き腫らした目をして帰ってきたミリアベルに両親や姉はカシアスと喧嘩でもしたのかとずいぶんと心配してくれた。優しい家族にたっぷり甘やかしてもらったことでミリアベルも冷静になれた。
 ミリアベルがいくらあがいてもカシアスの心はそうすぐには変わらない。幸い、カシアスは自分に好意を持ってくれているのだ。少しずつ歩み寄ろうと気持ちをふるいたたせた。
 それが良かったのか。2年もするとカシアスとも笑い話ができるぐらいに打ち解けて、貴族たちが通う学園に入学するとレティシアとは関係のない学園の話ができるようになって気が楽になった。
 このまま穏やかな日々が続いてほしい。そんなささやかな願いもむなしくミリアベルは再びレティシアに悩まされることになった。

「レティシアは生まれつき身体が弱くて隣国で療養していてね。この国には友人がいなくて心細がっているんだ。同じ年で優しい君ならばきっと彼女と気があうだろうし、しばらく面倒を見てあげてほしい」

 ミリアベルは微笑みを浮かべながらも内心困ったことになったと悩んだ。
 この2年間努力したことで婚家のキオザリス侯爵夫妻やカシアスの兄とは良好な関係を築いたが、親しい幼なじみとしてついてまわるロゼリアには相変わらず「カシアスにふさわしくない」と嫌われ、同じくカシアスを慕う令嬢たちを巻き込んで細やかな嫌がらせをしてきている。
 カシアスの頼みとはいえ彼女がかわいがっている妹に近づいたらますます過激化するかもしれない。身内に甘いカシアスは嫌がらせを訴えてもロゼリアが泣きつけば簡単に許してしまうだろう。

(それにレティシア様にどんな顔をして会えばいいかわからないわ……)

 カシアスは時々ミリアベルにも幼い頃の思い出を話すようになった。その中のレティシアのことを語る彼は自分には見せたことがない愛おしさのこもったもので。それを見るたびにミリアベルは彼の心を占めるレティシアには敵わないと言われている感じがして落ち込んだ。
 カシアスが大事にしている彼女がこの国に戻ってきたらいずれは彼を通じて交流を持つことになる。それはミリアベルも貴族令嬢として覚悟している。けれども、個人的に親しくなるとどう接していいか――カシアスに愛される彼女に醜い嫉妬をさらしてしまわないか。不安でいっぱいになる。
 黙り込んだミリアベルにカシアスは悪戯っぽく笑った。

「実を言うとレティにはもう君のことを伝えていてね。君に会うのをすごく楽しみにしているんだ」

(え、もう決まっているの……。それじゃあ断れないわ)

 2つの侯爵家からの頼みとあれば伯爵令嬢のミリアベルには断れない。作り笑いを浮かべてうなずくとカシアスはうれしそうに笑った。

「ああ、助かるよ。ありがとう。私やロゼリアに接するように気楽に付き合ってくれればいいよ」

(……カシアス様はやっぱりレティシア様が大事なのね)

 カシアスに悪意はないが。ミリアベルの意思よりもレティシアを優先する姿にもやもやする。
 しかし、決まってしまったことは仕方がない。せめてレティシアとはうまくやれることを祈った。

 *****

 レティシア・アベリア侯爵令嬢は聞いていた通り美しい見た目をした感情豊かな少女だった。
 最初はカシアスと姉に紹介されたからとミリアベルを頼ってきたが。ミリアベルを嫌う姉の影響か、だんだんとこちらを蔑むような態度をとるようになった。ミリアベルもまたわがままな彼女にうんざりしてきたがカシアスの頼みなのだとぐっとこらえて冷静に接した。
 そのうちにレティシアは他の生徒達と過ごすようになり、ミリアベルはこれで役目は果たしたと思い彼女を避けて過ごした。
 しかし、カシアスは「レティシア幼なじみミリアベル婚約者には仲良くしてほしい」と言って、たびたび2人を呼んで会わせる。
 今日もカシアスに昼食に誘われて食堂に行くとレティシアがいた。露骨に不満げな顔をした彼女にミリアベルも表情には出さずに内心「私も同じよ」とため息をついた。今日もカシアスだけが機嫌が良い。

「ミリアベル、難題だといわれているピアノ曲をすらすらと弾きこなしたんだってね。先生が褒めちぎっていたよ。私も聞いてみたかった」
「ありがとうございます。幼い頃から知っていた曲だったものですから。リラックスして弾けたのが良かったのかもしれませんわ」
「私だって上手だと褒められたわ。曲にこめられた意味も理解できていて素晴らしいって絶賛されたの。ねえ、覚えている? 昔、2人でピアノを弾いて……」

 自慢するレティシアにカシアスは「それは良くがんばったな」と手放しに褒める。
 ミリアベルが2年間がんばってやっと触れられるようになったカシアスの本心をレティシアは簡単にとりこにしてしまう。
 もやもやしているのを感じとったのか。レティシアは小ばかにするように口元を歪めた。

「あら、ごめんなさい。ミリアベル様にはわからない話でつまらなかったわよね」
「いえ、カシアス様の昔話が聞けて新鮮でしたわ」
「やだ、あなたカシィの婚約者なのにこんなことも知らないの? だからいつもそうやって私たちの話にこそこそ聞き耳を立てているのね」

 あからさまな侮辱にミリアベルは怒りで顔が赤らむのを感じた。しかし、言い返す前にカシアスが素早く口を挟む。

「レティ、言いすぎだ。ミリアベルは優しいから私たちが話しやすいように聞きに徹していてくれているだけだ。それに私の過去なんて聞いても面白くないだろう」

 カシアスの呆れたような声にミリアベルは一瞬息がつまった。
 確かにレティシアとの思い出話を聞いても複雑な気持ちになると思う。けれども「興味がない」とカシアスに一方的に決めつけられて捨てられるのはまるで自分はその程度の存在なのだと言われているようで。
 呆然とするミリアベルを置きざりにして2人は息の合ったやりとりを続ける。

「そんなことないわよ、本当に好きならお互いのことを話すものよ。カシィ、私に内緒ごとなんかしたら許さないからね?」
「ははは、それこそ私をずっと見張っているレティには隠し事なんかできないだろう」
「それはそうよ。これまでもこれからもずっと一緒よ」
「ああ、もちろんだよ」

 レティシアがカシアスにとろけるような笑顔を見せるとカシアスもまた愛おしさのこもった笑みを返す。
 カシアスの心はレティシアが占めている。そして自分はレティシアには敵わない。

(……私、何でここにいるのかしら)

 微笑みあう2人にミリアベルは心にぽっかりと穴が空いていくのを感じた。
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