自由を求める婚約者様は恋におちた

木蓮

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 王太子から内密に話を聞いていたのか。父はあっさりとトランクル家との婚約を解消しイザークが婿入りすることを条件にポジート家への支援を受けいれた。ジュリエルはイザークの突然の婚約の申し込みに驚きながらも「これからもイザーク君がいてくれるなら心強いな」と喜んだ。そして、友人たちや学園の生徒たちにも市井で流行している恋愛小説になぞらえて「愛する人とともに生きることを決めた、真実の愛だ」ともてはやされ、イザークは誇らしくなった。
 ジュリエルに似て穏やかなポジート男爵家の人々も歓迎してくれ、イザークはジュリエルと過ごしながらポジート家に通って家のことを学び、忙しくも充実した日々を送った。
 しかし、しばらくするとその幸せに陰りがでてきた。

「ジュリエル、殿下から依頼がきたんだって?」
「ええ、そうみたい。お父様たちがはりきっていたわ」
「そうなのか。私も今後のために手伝いをさせてもらえないかな?」
「私もそう言ったんだけど、お父様に『おまえたちにはまだ早い』って断られちゃった」

 しょんぼりと肩を落とすジュリエルにイザークは慰めるように笑みを返しながらも、内心舌打ちした。
 ポジート子爵は口ではイザークを優秀だと褒めながらも家業の薬草栽培のことには一切触れさせてくれず、ジュリエルの手伝いとして書類作成や領地の勉強など地味な仕事を押しつけてくる。表向きは従いつつも、いつまで経ってもただ子爵に言われたことをこなす日々に「これでは家に居た時と変わらない」と不満が溜まってきた。
 ジュリエルはイザークの心を読んだように大きな瞳でじっと見つめてきた。

「ね、お昼休みにパルフ様と会っていたよね。何を話してたの?」
「ただの世間話だよ。彼女の家が新しい化粧品を作ったらしいから見せてもらったんだ。君のことも紹介しておいたから今度会ったら話しかけてみるといいよ」
「そうなんだ。機会があったらお話してみたいな」

 それにジュリエルの態度も気にくわない。
 イザークは婿入りする時に父に呼び出され「婿入り先のポジート家とジュリエルを大事にすること、異性の友人たちとの関係を断つこと」を約束させられた。
 前者はともかく後者は婚約には関係ないと反発したが。学園でイザークが婚約者を放って異性の友人たちと遊びまわっているという下世話な噂が父の耳に入ったらしく、王太子の命で婚約する家に醜聞を持ち込むのは許さないとすごまれて、渋々友人たちと「婚約者がやきもちを焼くから」と付き合いを減らした。
 イザークが大いに譲歩したのにも関わらずジュリエルは友人たちと話をするとしつこく探ってくる。それに話題に富む友人たちと比べてジュリエルは自分の専門分野以外は知らないことばかりで、だんだんと退屈になってきた。

 ――ジュリエルといいヴィオラといい、自分は本当に婚約者に恵まれない。
 ジュリエルのまなざしに元婚約者を思い出してますます気分が沈む。ヴィオラには王太子の命とはいえ婚約を一方的に解消した詫びと新たな関係作りをかねて、せっかくジュリエルを紹介してあげようとしたのに。ろくに話も聞かずに断ったあげくその後すれ違っても視線すら合わせない。
 その他人のような態度に腹が立って文句を言おうとするも、どこからか現れたクロードに追い払われたあげく報告がいったのか父からも

「おまえには恥というものがないのか!! おまえが望んだからトランクル家と婚約を結んだというのにヴィオラ嬢をないがしろにしおって。おかげで我が家はトランクル家の信頼を失うところだったのだぞ! 殿下が認めおまえが本当に望んだポジート嬢との縁を大事にし、トランクル家とは2度と関わるな」

 と、すさまじい剣幕で怒られた。イザークはヴィオラが自分を嫌って拒んでいたのだと言い返したかったが、激高する父には何も言えず渋々引き下がった。
 新生活もジュリエルとの仲も上手くいかず生きがいも奪われて、イザークは鬱憤が溜まっていった。

 そんなある日、父からランゴ伯爵家で開くパーティーに婚約者のジュリエルを伴って参加するように命じられた。きっと自分とジュリエルを貴族たちにアピールするのだろうと考えたイザークは久しぶりにやる気を出し、高位貴族の社交場に緊張するジュリエルを叱咤激励して磨き上げた。
 当日、メイドたちの奮闘により妖精のように美しくなったジュリエルに満足したイザークは意気揚々とパーティー会場に入った。自分たちを見つけて声をかけてきた友人たちにジュリエルの紹介を兼ねて喋っているとふいに空気がざわついた。
 見るとクロードがヴィオラを伴って入ってきたところだった。お互いの瞳の緑と紫をまとった2人は寄り添って主催者の父の元へ歩いて行く。それを見たジュリエルがうっとりと呟く。

「わあ、きれい。あの方たちがクロード・サミア様とヴィオラ・トランクル様ね。とてもお似合いね」

 イザークは自分と婚約を解消したとたんにヴィオラ初恋の女性に媚びる浅ましいいとこを軽蔑したが、周りの貴族たちもまたジュリエルに賛同するようにささやく。

「サミア様はトランクル様にずっと恋をしていたそうよ。見かけによらず情熱的なのね」
「まあ、素敵。いとこのランゴ様も将来よりも愛する方の手を取ったものね」
「でも、ランゴ様はお優しいからどの方にも人気がありすぎて。友人として付き合うのは楽しいかもしれないけれど、恋人になったら気が休まらなくて大変だわ」

 最後の言葉にジュリエルが顔を強ばらせる。イザークも声が聞こえた方をにらみつけるが声の主は人の輪に入り込んで見当たらない。仕方なくジュリエルをフォローしようとすると場が静まり、父の声が聞こえた。

「私の自慢の弟子クロード・サミアと我が盟友トランクル子爵の愛娘ヴィオラ・トランクル嬢が婚約を結ぶことになった。皆様にも我が家の未来を担う2人にご助力をお願い申し上げる。若き2人の未来に祝福あれ!」

 父の宣言に周りからどっと歓声と拍手が沸き上がり、主役の2人の元へ人々の好意と羨望のまなざしが集まる。
 突然のことに呆然としていたイザークは、まんまとヴィオラをたらしこんでトランクル家と父を味方につけた姑息なライバルへの屈辱と嫉妬がこみ上げてきたが、ここは2人とポジート家との縁を結んでやって恩を売るチャンスだと激情を呑み込んだ。

「ジュリエル、私たちも挨拶に行こう」

 主役の2人が父から離れるとあっという間に人に囲まれた。イザークもまたジュリエルの手を引いて加わろうとするが、2人に我先にと話しかける人々のせいでなかなか近づけない。
 時折微笑みあう2人の姿はまるで何もかもがうまくいかない今の自分を嘲笑っているかのようで。特に煌びやかな人々に尻込みするジュリエルは同じ子爵令嬢にも関わらず輪の中心で優雅に微笑むヴィオラと比べるとひどく劣って見える。
 ――ここまで社交のマナーがなっていないとは……。これでは私まで恥をかく。
 イザークは内心舌打ちしながらも、ジュリエルの耳元に口を寄せて「私が先に声をかけるから君は後で来てくれ。微笑んでいてくれればいい」と小声でささやくと、ジュリエルの手を離して先に2人の元へ向かった。
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