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Chapter3

13 何のための願い

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 まばゆい光が放たれ、逆光に目を細めて勝負の行方を見守る。
 間違いなくアスリナさんの魔法が発動する方が早かった。それなのに盗賊の動きは止まらない。俺が声を上げる間もなく一息に間合いをつめた盗賊はアスリナさんに刃を振り下ろす。袈裟懸けに切られたアスリナさんは一歩も引かず、杖を持っていない方の手――ナイフを握り締めた右手を盗賊の首めがけて突き出した。
 盗賊が血しぶきを上げながら仰向けに倒れる。その様子を見届けた村長は、がくりと膝をついた。

「――――アスリナさんっ!」

 力任せに縄から手首を抜く。手首の皮膚が擦り切れたけどそんなことはどうでもいい。ショートソードを抜いて体に絡み付いていた残りの縄を切って、地面に倒れたアスリナさんに駆け寄る。

 ポーションを振り掛けると、痛々しい傷はみるみる治っていった。
 それでも。真っ白に変色した村長の髪は、元に戻らなかった。こめかみから生えている立派な角も色を失い、燃え尽きた炭のようにぼろぼろと崩れていく。

「そんな……!」

 生気を失ったアスリナさんを呆然と眺めることしかできない俺の手に、きらきらと光る雨粒が落ちてきた。
 空を見上げれば、不思議な淡い紫色の雲が広がっていた。魔法の光が含まれた雨は村中に降りそそぎ、民家や村の人々にまで迫っていた炎を瞬く間に消していく。
 アスリナさんが最後に使った魔法は、盗賊を倒す攻撃魔法じゃなかった。最初から相打ちになる覚悟で、村の人々を救うための魔法を放っていたのだ。

 アスリナさんが目を開ける。弱々しく伸ばされた手を、とっさに握る。

「……! アスリナさん、火事は収まりました! 村の人たちも無事だし、リゼロッテちゃんもすぐ帰ってくるから! だから……!」

 枯れ木のようにやせ細ったアスリナさんの手を握りしめながら、直感的に理解する。
 俺は医者じゃないし、魔法のこともよく知らないけど、たぶん――命が尽きようとしている。アスリナさんは最後の魔法を放つために、全ての力を使い切ってしまったのだ。命と引き換えに街を守ったエリザベスさんと同じように。

 息をするのも辛そうなのに、アスリナさんは俺を見て、にっこりと笑った。

「……大丈夫。『らしさ』なんかに、囚われることは、ないんだ」

 切れぎれに囁かれた声に、一瞬なんの話かと思ってしまったけれど、すぐに理解が追いつく。
 さっき、アスリナさんと話した時に、俺が口にした言葉。男のくせにみっともない、男は強くないといけない。そのことに対する、アスリナさんの答え。
 死の際にあって、俺を励ましてくれている。

「リロに…………」

 アスリナさんの最後の言葉は、声にならなかった。でも俺にはわかった。

 ―― リロに、愛していると、伝えて。

 アスリナさんの手から、力が抜ける。
 薄く開かれたままの瞳から、光が消える。

「ヒイッ、ヒイイ……死にたくねえ、死にたくねえよぉ……」

 ほんのわずかなアスリナさんの呼吸音が消えた後で、背後でずっとわめき散らしていた盗賊の声が、より忌々しく耳にまとわりついた。

 振り向くと、アスリナさんに首を切られた盗賊が血まみれでのた打ち回っていた。首を押さえているが、出血は止まらない。
 俺はアスリナさんのまぶたを撫でて目を閉じさせてから立ち上がり、盗賊の方に歩いていった。

「助けてくれよぉ! いやだ、こんなところでぇ……っ」

 ヒイヒイ泣きわめく盗賊から目を逸らさずに、俺は剣の柄に手をかけた。

 殺意がこんなに静かな感情だとは思わなかった。
 怒りや悲しみの届かない、もっと深い場所から、「こいつを殺すべきだ」という明確な意思が沸き起こる。

 俺はこの男を殺せる。ひと思いに止めを刺すこともできるし、急所以外を剣で突き刺して、出血多量で死ぬまでの短い時間をより苦しいものにしてやることもできる。

 ――それに。死なない程度に怪我を治して牢屋にぶち込んで、この村を襲った経緯を聞き出すこともできる。
 俺はぐっと奥歯を噛み締め、剣の柄から手を解いた。

 ポケットからポーションを取り出すと、盗賊は狂ったように笑い出した。

「――ヒヒッ! ヒャハハッ! マジで助けてくれんのかよ! さすが使徒様、ちくしょう、ちくしょう、偽善者め! どうせお前は祈れば助けてもらえるんだろ!? くそったれの神の奴隷めが! アハハッ! 楽しいか!? 俺らみたいな弱者を虫けらのように踏み潰して正義を振りかざすのはさぞ楽しいだろうなあ! ハハハッ! クソがっ!」

 態度を急変させて罵詈雑言を浴びせかけてくる盗賊に、一瞬ひるんでしまう。
 盗賊はそんな俺にニチャリと笑い、何かを投げた。

「死ねっ! 偽善者どもは全員死ねえっ!」
「うわっ!?」

 俺の目の前で、小さな筒のようなものが爆発音と共に爆ぜる。俺は咄嗟に飛びのいたけれど、もうもうと舞う煙に飲み込まれてしまった。

 なに!? 爆弾!? 毒ガス!?
 いや落ち着け、爆弾だったらとっくに死んでる。リュカのマントで口を覆って周囲を見ると、どっしりと存在感のある巨大なシルエットが煙の中に浮かび上がっていた。

 徐々に煙が収まり、俺の目と鼻の先に現れたのは。

 ――――クソデカ昆虫だった。

「ヒャハハッ、蟲よ、あの正義ヅラした忌まわしいクソガキをブッ殺せっ!」

 血反吐を吐きながら盗賊が叫ぶ。
 大型バスぐらいの大きさの、蝿に似た昆虫型モンスターは、硬直した俺を無視して盗賊に触覚を伸ばした。

「ヒャハハハ……ハァッ!? ギィヤアアアッ! やめろっ、俺じゃないっ、あっ、あいつをっ! をををっ! をぼあっ!」

 クソデカ蝿は鋭い脚で盗賊の腹を引き裂き、体格のわりには大きくない口で、じゅるじゅると内臓をすする。
 生きながらにして喰われた盗賊が完全に動かなくなると、クソデカ蝿は毛の生えた気持ち悪い触覚をうごめかせ、俺に背を向けてのしのしと歩いていった。
 そのままどっかに行ってくれたら良かったんだけど、クソデカ蝿はアスリナさんが倒した盗賊たちの死体をむさぼりはじめた。

 凄惨すぎる光景を目の当たりにして、そのまま失神しかけた俺の顔面にスマホのドロップキックが炸裂する。

「痛ぇ!!!!」

 この野郎! でもおかげで硬直が解けた。
 いつの間にか俺のポケットから飛び出ていたスマホは、俺に逃げろと催促するようにどたばたと地面を走っている。そうだ、今はとりあえずあのモンスターから離れなければ。

 クソデカ蝿が盗賊たちの内臓をすするのに夢中になっている隙に、アスリナさんを抱きかかえて広場の隅まで走る。
 木陰にアスリナさんを横たえてからスマホの画面を確認すると、リュカたちは既にボス戦をクリアしていた。これなら遠慮なく呼び出せる。

 両手でスマホをつかんで念じる。
 リュカ。アルシュ。ハオシェン。どうか戻ってきてくれ。あのクソデカ蝿をやっつけて、村の人たちを助けてくれ。
 アスリナさんの敵を討ちたい。そうしたら、リゼロッテちゃんもきっと――――。

 本当に、それでいいのだろうか。
 モンスターの注意が村の人たちに向く前に、一刻も早くリュカを呼び出したいと気持ちは焦るのに、集中して祈れない。

 今、俺がやるべきこと。
 やりたいと思っていること。
 俺が本当に叶えたいと思っている願いは。

 俺は地面にスマホを置き、フードを脱いで両手を組んだ。
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