剣も魔法も使えない平凡男の成り上がり〜好きな人に振られた悔しさで山を一日十万回殴ってたらいつの間にか世界最強の拳を手に入れてた〜

おったか

文字の大きさ
24 / 24

21.全滅。絶望。

しおりを挟む
 戦場はもはや絶望的な状況だった。

 黒龍の『咆哮《ブレス》』によって、冒険者たち全員が瀕死の重傷を負っていた。

 魔法使いは基本的に、剣士に比べて肉体の頑丈さで劣る。その分、黒龍のその一撃が全ての魔法使い達にとって致命傷となっていた。五十人以上いた魔法使い達が皆、瀕死の状態で地面に倒れ込んでいる。

 剣士たちも、黒龍やその他の魔物との戦いですでに満身創痍の者が多かった。そこに追い打ちをかけるような先程の黒龍の渾身の『咆哮《ブレス》』である。ほぼ全ての剣士達が意識を失っていた。なんとか意識を保っていたとしても戦えるような身体の者はいない。

「もう終わりだ……」
「死にたくねえ……」
「こんなところで……」

 倒れ込む冒険者たちが絶望しながら口々に呟く。

「ぐ……、クソ…………」

 ルークもなんとか意識を保ってはいたが、全身に生傷が絶えず、身体を動かす事ができない状態だった。
 全滅。壊滅。絶望。死。
 そんな言葉がルークの頭を巡る。
 ルークはあまりにも悲惨な状況を目の前に、涙を流していた。


 ──まるで地獄を体現したようなそんな戦場の中で。

 ユナだけが唯一立っていた。

「ハア……ハア……」

 しかし、ユナの身体もいたる所から出血している満身創痍の状態だった。
 立っているのが不思議なくらいの重傷だ。

 ユナは、悠々と空を舞う黒龍を睨みつける。

「天地を覆いし永久不滅の闇の使者よ。深淵に眠りし暗黒の贄《にえ》よ。届け、我が祈り。極みよ、鳴り響け。我が名はユナ———『幽闇《ゆうあん》』」

 ユナは最後の魔力を振り絞って、魔法を発動させた。
 ユナの身体を包むように、全身から黒い煙が出る。

 『幽暗《ゆうあん》』は身体能力を一時的に引き上げる黒魔法である。

 ユナはダメージで瀕死となった自身の身体を、『幽暗』によって無理やり動かした。

 危険なやり方で黒龍に立ち向かおうとするユナを見て、ルークは思わず叫んだ。

「……もうあんただけでも逃げてくれッ! あんた一人なら逃げられるだろ……!」

 ルークのその言葉を聞いて、ユナは強い意志のこもった声色で言った。

「ここにいる者は全員命懸けで戦っている。私だけが逃げるわけにはいかないわ」

 ユナはそう言い、地面を蹴る。
 黒い煙が尾を引きながら、ユナは黒龍へと迫った。

 しかし、少し走っただけで激痛がユナの身体を襲う。

「……ッ!」

 ユナは歯を食いしばり、痛みを必死にこらえる。

(ここで私が倒れれば、全員死んでしまう!)

 未だ力尽きぬユナの姿を、ギョロリと血走った黒龍の眼球が捉える。

 黒龍が鉤爪をユナに振り下ろした。

 ユナはさらに加速し、一気に黒龍へと肉薄することで、その鉤爪の通過地点を置き去りにする。

「はあああああああああああッ!」

 叫びながら、ユナは全身全霊の力を持って黒龍の側部に剣を叩きつける。
 激しい剣戟音が鳴り響いた。

 『幽暗』によって強化された剣が黒龍の鱗に傷をつける。

 ──だが、それだけだ。
 さっきから鱗に傷がつくだけで、肉に攻撃が届かない。
 この戦いにおいて、黒龍は一度も血を流していなかった。

 剣を全力で振り切ったせいで、一瞬ユナの体勢に隙ができる。
 その瞬間、ユナの死角から黒龍の尻尾が薙ぎ払われた。

 尻尾はユナの腹部に直撃する。

 激しい衝撃音とともに、ユナが地面へと吹き飛ばされた。

 ユナは地面に叩きつけられ、口から鮮血を吐いた。

「──ッ!」

 それでもなおユナは立ち上がった。
 そしてすぐに黒龍のもとへと駆け出す。


 そうやってユナは何度も何度も黒龍へ立ち向かった。


 人々はそんなユナの姿をただ見守ることしかできない。

 ルークも涙を零しながら、ユナの戦う姿を見守っていた。

(俺は何をしているんだ……!)

 何もできないでいる不甲斐ない自分への悔しさで気が狂いそうだった。

 そして同時に、ルークはユナの姿に胸を打ち震わせていた。

 この戦場で群を抜いている圧倒的な実力、何度でも立ち上がってみせる胆力と気迫。そして何より、その美しい信念のあり方。

 自分が目指すべきはあのような剣士だ。

 ルークはそう感じていた。


 ユナは黒龍の背面に剣を叩きつける。
 耳をつんざくような打壊音が戦場に鳴り響いた。

 それと同時に、黒龍の鉤爪がユナへと迫る。
 ユナは空中で黒龍の体を蹴って、その鉤爪をかわした。

 ユナが地面に着地する。

 その瞬間だった。

 黒龍が、口を開き、背を反った。

 それは『咆哮《ブレス》』を放つ際の予備動作。

(くるッ!)

 『咆哮《ブレス》』が来ることを事前に察知したユナは、回避行動を取ろうとする。

(……ッ!)

 しかし、ユナはあること気づいた。

 それは自分の背後で動けずにいる冒険者たちの存在だ。

 ユナが『咆哮《ブレス》』を避ければ、背後のみんなに『咆哮』が当たってしまう。

「……ふッッ!」

 ユナは跳んだ。
 黒龍めがけて一直線に。

 次の瞬間、黒龍の口からどす黒い『咆哮《ブレス》』が放たれる。

 ユナは黒龍の口の真正面にいた。

 バッとユナが身体を大の字に広げる。


 それを見ていたルークが目に涙を浮かべながら叫ぶ。


「──やめろおおおおおおおおおおおおッ!」


 次の瞬間。

 ──ユナの身体に黒龍の『咆哮《ブレス》』が直撃した。

 どす黒い魔力の渦を全身に受け止めつつ、ユナの身体が黒龍の『咆哮』に飲み込まれていく。

 ユナのおかげで黒龍の『咆哮』が冒険者たちまで届くことはなかった。

 そして、ようやく途切れた漆黒の渦からユナが解放された。

 ユナの怪我は悲惨な状態になっていた。体中から血を流し、さらに焼かれたような痕が全身にできている。

 ユナの身体が地面に落ちた。

「……」

 ユナは全く動かなくなる。

 しかし、次の瞬間。
 ピクリと、ユナの手がわずかに動く。

 そして、ユナは膝に手をつきながらゆっくりと立ち上がり始める。

「もういい……! 立たないでくれ……!」

 ルークが必死の形相で叫ぶ。

「ハア……ハア……」

 それでもユナは立ち上がる。
 ユナはまだ剣を手放していなかった。

 すでに『幽暗』の効果は切れ、身体から出ていた黒い煙も止まっている。


 ──黒龍は未だ力尽きない少女を睨みつける。

 そして、黒龍は口を大きく開き、魔力の凝集《チャージ》を始めた。

 今までにないほどの量の魔力が黒龍に集められていく。

 ユナはそれを阻止しようと体に力を入れる。

(…………ッ! 体が動かない!)

 ユナの身体はすでに限界を超えていた。
 立ち上がったことすら、その胆力による奇跡のようなものなのに、黒龍に向かっていくことなど不可能だった。

 じっくりと黒龍は魔力を凝集《チャージ》させていく。

 そして、魔力が限界まで溜まりきった。
 ピリピリと肌を突き刺すような魔力をその場にいた全員が感じていた。

(──今までの比にならない『咆哮《ブレス》』がくる!)

 ユナはそう悟った。

 わかっているのに身体が動かない。

「動けえええええええええ!」

 ユナが身体に力を込めながら、叫ぶ。

 しかし無情にも身体はピクリとも動かない。


 そして次の瞬間。


 黒龍の口から信じられないほどの魔力が凝縮された『咆哮《ブレス》』が放たれた。

 まるでこの世の全てを飲み込まんばかりの漆黒の渦が、ユナ達へ迫る。


 そのあまりの大規模な魔力の塊に逃げ道などなかった。
 あったとしても逃げ切る体力がある者はもう残っていない。


 戦場にいた全員が、死を覚悟した。



 ──刹那。



 パアンッ!



 戦場に快音が響いた。


 それを見ていた人々は、目の前で起こった信じられない光景に目を見開いた。


 人々を飲み込まんとしていた『咆哮』がまるで嘘のように綺麗に掻き消えたのだ。


「……は?」


 ルークが思わず呟きを漏らす。


(何が起こった?)


 ルークは首を巡らせて、周りを見る。


 すると、つい先ほどまでいなかった黒髪の男が、傷だらけの白髪《はくはつ》の少女を抱えて立っていることに気が付いた。


 ハルトである。


 ハルトの表情は怒りに染まっていた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

外れスキル【畑耕し】で辺境追放された俺、チート能力だったと判明し、スローライフを送っていたら、いつの間にか最強国家の食糧事情を掌握していた件

☆ほしい
ファンタジー
勇者パーティーで「役立たず」と蔑まれ、役立たずスキル【畑耕し】と共に辺境の地へ追放された農夫のアルス。 しかし、そのスキルは一度種をまけば無限に作物が収穫でき、しかも極上の品質になるという規格外のチート能力だった! 辺境でひっそりと自給自足のスローライフを始めたアルスだったが、彼の作る作物はあまりにも美味しく、栄養価も高いため、あっという間に噂が広まってしまう。 飢饉に苦しむ隣国、貴重な薬草を求める冒険者、そしてアルスを追放した勇者パーティーまでもが、彼の元を訪れるように。 「もう誰にも迷惑はかけない」と静かに暮らしたいアルスだったが、彼の作る作物は国家間のバランスをも揺るがし始め、いつしか世界情勢の中心に…!? 元・役立たず農夫の、無自覚な成り上がり譚、開幕!

あなたはダンジョン出禁ですからッ! と言われた最強冒険者 おこちゃまに戻ってシェルパから出直します

サカナタシト
ファンタジー
ダンジョン専門に、魔物を狩って生計を立てる古参のソロ冒険者ジーン。本人はロートルの二流の冒険者だと思っているが、実はダンジョン最強と評価される凄腕だ。だがジーンはある日、同業の若手冒険者から妬まれ、その恋人のギルド受付嬢から嫌がらせを受けダンジョンを出入り禁止にされてしまう。路頭に迷うジーンだったが、そこに現れた魔女に「1年間、別人の姿に変身する薬」をもらう。だが、実際には「1歳の姿に変身する薬」だった。子供の姿になったジーンは仕方なくシェルパとなってダンジョンに潜り込むのだが、そんな時ダンジョンい異変が起こり始めた。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

処理中です...