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21.全滅。絶望。
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戦場はもはや絶望的な状況だった。
黒龍の『咆哮《ブレス》』によって、冒険者たち全員が瀕死の重傷を負っていた。
魔法使いは基本的に、剣士に比べて肉体の頑丈さで劣る。その分、黒龍のその一撃が全ての魔法使い達にとって致命傷となっていた。五十人以上いた魔法使い達が皆、瀕死の状態で地面に倒れ込んでいる。
剣士たちも、黒龍やその他の魔物との戦いですでに満身創痍の者が多かった。そこに追い打ちをかけるような先程の黒龍の渾身の『咆哮《ブレス》』である。ほぼ全ての剣士達が意識を失っていた。なんとか意識を保っていたとしても戦えるような身体の者はいない。
「もう終わりだ……」
「死にたくねえ……」
「こんなところで……」
倒れ込む冒険者たちが絶望しながら口々に呟く。
「ぐ……、クソ…………」
ルークもなんとか意識を保ってはいたが、全身に生傷が絶えず、身体を動かす事ができない状態だった。
全滅。壊滅。絶望。死。
そんな言葉がルークの頭を巡る。
ルークはあまりにも悲惨な状況を目の前に、涙を流していた。
──まるで地獄を体現したようなそんな戦場の中で。
ユナだけが唯一立っていた。
「ハア……ハア……」
しかし、ユナの身体もいたる所から出血している満身創痍の状態だった。
立っているのが不思議なくらいの重傷だ。
ユナは、悠々と空を舞う黒龍を睨みつける。
「天地を覆いし永久不滅の闇の使者よ。深淵に眠りし暗黒の贄《にえ》よ。届け、我が祈り。極みよ、鳴り響け。我が名はユナ———『幽闇《ゆうあん》』」
ユナは最後の魔力を振り絞って、魔法を発動させた。
ユナの身体を包むように、全身から黒い煙が出る。
『幽暗《ゆうあん》』は身体能力を一時的に引き上げる黒魔法である。
ユナはダメージで瀕死となった自身の身体を、『幽暗』によって無理やり動かした。
危険なやり方で黒龍に立ち向かおうとするユナを見て、ルークは思わず叫んだ。
「……もうあんただけでも逃げてくれッ! あんた一人なら逃げられるだろ……!」
ルークのその言葉を聞いて、ユナは強い意志のこもった声色で言った。
「ここにいる者は全員命懸けで戦っている。私だけが逃げるわけにはいかないわ」
ユナはそう言い、地面を蹴る。
黒い煙が尾を引きながら、ユナは黒龍へと迫った。
しかし、少し走っただけで激痛がユナの身体を襲う。
「……ッ!」
ユナは歯を食いしばり、痛みを必死にこらえる。
(ここで私が倒れれば、全員死んでしまう!)
未だ力尽きぬユナの姿を、ギョロリと血走った黒龍の眼球が捉える。
黒龍が鉤爪をユナに振り下ろした。
ユナはさらに加速し、一気に黒龍へと肉薄することで、その鉤爪の通過地点を置き去りにする。
「はあああああああああああッ!」
叫びながら、ユナは全身全霊の力を持って黒龍の側部に剣を叩きつける。
激しい剣戟音が鳴り響いた。
『幽暗』によって強化された剣が黒龍の鱗に傷をつける。
──だが、それだけだ。
さっきから鱗に傷がつくだけで、肉に攻撃が届かない。
この戦いにおいて、黒龍は一度も血を流していなかった。
剣を全力で振り切ったせいで、一瞬ユナの体勢に隙ができる。
その瞬間、ユナの死角から黒龍の尻尾が薙ぎ払われた。
尻尾はユナの腹部に直撃する。
激しい衝撃音とともに、ユナが地面へと吹き飛ばされた。
ユナは地面に叩きつけられ、口から鮮血を吐いた。
「──ッ!」
それでもなおユナは立ち上がった。
そしてすぐに黒龍のもとへと駆け出す。
そうやってユナは何度も何度も黒龍へ立ち向かった。
人々はそんなユナの姿をただ見守ることしかできない。
ルークも涙を零しながら、ユナの戦う姿を見守っていた。
(俺は何をしているんだ……!)
何もできないでいる不甲斐ない自分への悔しさで気が狂いそうだった。
そして同時に、ルークはユナの姿に胸を打ち震わせていた。
この戦場で群を抜いている圧倒的な実力、何度でも立ち上がってみせる胆力と気迫。そして何より、その美しい信念のあり方。
自分が目指すべきはあのような剣士だ。
ルークはそう感じていた。
ユナは黒龍の背面に剣を叩きつける。
耳をつんざくような打壊音が戦場に鳴り響いた。
それと同時に、黒龍の鉤爪がユナへと迫る。
ユナは空中で黒龍の体を蹴って、その鉤爪をかわした。
ユナが地面に着地する。
その瞬間だった。
黒龍が、口を開き、背を反った。
それは『咆哮《ブレス》』を放つ際の予備動作。
(くるッ!)
『咆哮《ブレス》』が来ることを事前に察知したユナは、回避行動を取ろうとする。
(……ッ!)
しかし、ユナはあること気づいた。
それは自分の背後で動けずにいる冒険者たちの存在だ。
ユナが『咆哮《ブレス》』を避ければ、背後のみんなに『咆哮』が当たってしまう。
「……ふッッ!」
ユナは跳んだ。
黒龍めがけて一直線に。
次の瞬間、黒龍の口からどす黒い『咆哮《ブレス》』が放たれる。
ユナは黒龍の口の真正面にいた。
バッとユナが身体を大の字に広げる。
それを見ていたルークが目に涙を浮かべながら叫ぶ。
「──やめろおおおおおおおおおおおおッ!」
次の瞬間。
──ユナの身体に黒龍の『咆哮《ブレス》』が直撃した。
どす黒い魔力の渦を全身に受け止めつつ、ユナの身体が黒龍の『咆哮』に飲み込まれていく。
ユナのおかげで黒龍の『咆哮』が冒険者たちまで届くことはなかった。
そして、ようやく途切れた漆黒の渦からユナが解放された。
ユナの怪我は悲惨な状態になっていた。体中から血を流し、さらに焼かれたような痕が全身にできている。
ユナの身体が地面に落ちた。
「……」
ユナは全く動かなくなる。
しかし、次の瞬間。
ピクリと、ユナの手がわずかに動く。
そして、ユナは膝に手をつきながらゆっくりと立ち上がり始める。
「もういい……! 立たないでくれ……!」
ルークが必死の形相で叫ぶ。
「ハア……ハア……」
それでもユナは立ち上がる。
ユナはまだ剣を手放していなかった。
すでに『幽暗』の効果は切れ、身体から出ていた黒い煙も止まっている。
──黒龍は未だ力尽きない少女を睨みつける。
そして、黒龍は口を大きく開き、魔力の凝集《チャージ》を始めた。
今までにないほどの量の魔力が黒龍に集められていく。
ユナはそれを阻止しようと体に力を入れる。
(…………ッ! 体が動かない!)
ユナの身体はすでに限界を超えていた。
立ち上がったことすら、その胆力による奇跡のようなものなのに、黒龍に向かっていくことなど不可能だった。
じっくりと黒龍は魔力を凝集《チャージ》させていく。
そして、魔力が限界まで溜まりきった。
ピリピリと肌を突き刺すような魔力をその場にいた全員が感じていた。
(──今までの比にならない『咆哮《ブレス》』がくる!)
ユナはそう悟った。
わかっているのに身体が動かない。
「動けえええええええええ!」
ユナが身体に力を込めながら、叫ぶ。
しかし無情にも身体はピクリとも動かない。
そして次の瞬間。
黒龍の口から信じられないほどの魔力が凝縮された『咆哮《ブレス》』が放たれた。
まるでこの世の全てを飲み込まんばかりの漆黒の渦が、ユナ達へ迫る。
そのあまりの大規模な魔力の塊に逃げ道などなかった。
あったとしても逃げ切る体力がある者はもう残っていない。
戦場にいた全員が、死を覚悟した。
──刹那。
パアンッ!
戦場に快音が響いた。
それを見ていた人々は、目の前で起こった信じられない光景に目を見開いた。
人々を飲み込まんとしていた『咆哮』がまるで嘘のように綺麗に掻き消えたのだ。
「……は?」
ルークが思わず呟きを漏らす。
(何が起こった?)
ルークは首を巡らせて、周りを見る。
すると、つい先ほどまでいなかった黒髪の男が、傷だらけの白髪《はくはつ》の少女を抱えて立っていることに気が付いた。
ハルトである。
ハルトの表情は怒りに染まっていた。
黒龍の『咆哮《ブレス》』によって、冒険者たち全員が瀕死の重傷を負っていた。
魔法使いは基本的に、剣士に比べて肉体の頑丈さで劣る。その分、黒龍のその一撃が全ての魔法使い達にとって致命傷となっていた。五十人以上いた魔法使い達が皆、瀕死の状態で地面に倒れ込んでいる。
剣士たちも、黒龍やその他の魔物との戦いですでに満身創痍の者が多かった。そこに追い打ちをかけるような先程の黒龍の渾身の『咆哮《ブレス》』である。ほぼ全ての剣士達が意識を失っていた。なんとか意識を保っていたとしても戦えるような身体の者はいない。
「もう終わりだ……」
「死にたくねえ……」
「こんなところで……」
倒れ込む冒険者たちが絶望しながら口々に呟く。
「ぐ……、クソ…………」
ルークもなんとか意識を保ってはいたが、全身に生傷が絶えず、身体を動かす事ができない状態だった。
全滅。壊滅。絶望。死。
そんな言葉がルークの頭を巡る。
ルークはあまりにも悲惨な状況を目の前に、涙を流していた。
──まるで地獄を体現したようなそんな戦場の中で。
ユナだけが唯一立っていた。
「ハア……ハア……」
しかし、ユナの身体もいたる所から出血している満身創痍の状態だった。
立っているのが不思議なくらいの重傷だ。
ユナは、悠々と空を舞う黒龍を睨みつける。
「天地を覆いし永久不滅の闇の使者よ。深淵に眠りし暗黒の贄《にえ》よ。届け、我が祈り。極みよ、鳴り響け。我が名はユナ———『幽闇《ゆうあん》』」
ユナは最後の魔力を振り絞って、魔法を発動させた。
ユナの身体を包むように、全身から黒い煙が出る。
『幽暗《ゆうあん》』は身体能力を一時的に引き上げる黒魔法である。
ユナはダメージで瀕死となった自身の身体を、『幽暗』によって無理やり動かした。
危険なやり方で黒龍に立ち向かおうとするユナを見て、ルークは思わず叫んだ。
「……もうあんただけでも逃げてくれッ! あんた一人なら逃げられるだろ……!」
ルークのその言葉を聞いて、ユナは強い意志のこもった声色で言った。
「ここにいる者は全員命懸けで戦っている。私だけが逃げるわけにはいかないわ」
ユナはそう言い、地面を蹴る。
黒い煙が尾を引きながら、ユナは黒龍へと迫った。
しかし、少し走っただけで激痛がユナの身体を襲う。
「……ッ!」
ユナは歯を食いしばり、痛みを必死にこらえる。
(ここで私が倒れれば、全員死んでしまう!)
未だ力尽きぬユナの姿を、ギョロリと血走った黒龍の眼球が捉える。
黒龍が鉤爪をユナに振り下ろした。
ユナはさらに加速し、一気に黒龍へと肉薄することで、その鉤爪の通過地点を置き去りにする。
「はあああああああああああッ!」
叫びながら、ユナは全身全霊の力を持って黒龍の側部に剣を叩きつける。
激しい剣戟音が鳴り響いた。
『幽暗』によって強化された剣が黒龍の鱗に傷をつける。
──だが、それだけだ。
さっきから鱗に傷がつくだけで、肉に攻撃が届かない。
この戦いにおいて、黒龍は一度も血を流していなかった。
剣を全力で振り切ったせいで、一瞬ユナの体勢に隙ができる。
その瞬間、ユナの死角から黒龍の尻尾が薙ぎ払われた。
尻尾はユナの腹部に直撃する。
激しい衝撃音とともに、ユナが地面へと吹き飛ばされた。
ユナは地面に叩きつけられ、口から鮮血を吐いた。
「──ッ!」
それでもなおユナは立ち上がった。
そしてすぐに黒龍のもとへと駆け出す。
そうやってユナは何度も何度も黒龍へ立ち向かった。
人々はそんなユナの姿をただ見守ることしかできない。
ルークも涙を零しながら、ユナの戦う姿を見守っていた。
(俺は何をしているんだ……!)
何もできないでいる不甲斐ない自分への悔しさで気が狂いそうだった。
そして同時に、ルークはユナの姿に胸を打ち震わせていた。
この戦場で群を抜いている圧倒的な実力、何度でも立ち上がってみせる胆力と気迫。そして何より、その美しい信念のあり方。
自分が目指すべきはあのような剣士だ。
ルークはそう感じていた。
ユナは黒龍の背面に剣を叩きつける。
耳をつんざくような打壊音が戦場に鳴り響いた。
それと同時に、黒龍の鉤爪がユナへと迫る。
ユナは空中で黒龍の体を蹴って、その鉤爪をかわした。
ユナが地面に着地する。
その瞬間だった。
黒龍が、口を開き、背を反った。
それは『咆哮《ブレス》』を放つ際の予備動作。
(くるッ!)
『咆哮《ブレス》』が来ることを事前に察知したユナは、回避行動を取ろうとする。
(……ッ!)
しかし、ユナはあること気づいた。
それは自分の背後で動けずにいる冒険者たちの存在だ。
ユナが『咆哮《ブレス》』を避ければ、背後のみんなに『咆哮』が当たってしまう。
「……ふッッ!」
ユナは跳んだ。
黒龍めがけて一直線に。
次の瞬間、黒龍の口からどす黒い『咆哮《ブレス》』が放たれる。
ユナは黒龍の口の真正面にいた。
バッとユナが身体を大の字に広げる。
それを見ていたルークが目に涙を浮かべながら叫ぶ。
「──やめろおおおおおおおおおおおおッ!」
次の瞬間。
──ユナの身体に黒龍の『咆哮《ブレス》』が直撃した。
どす黒い魔力の渦を全身に受け止めつつ、ユナの身体が黒龍の『咆哮』に飲み込まれていく。
ユナのおかげで黒龍の『咆哮』が冒険者たちまで届くことはなかった。
そして、ようやく途切れた漆黒の渦からユナが解放された。
ユナの怪我は悲惨な状態になっていた。体中から血を流し、さらに焼かれたような痕が全身にできている。
ユナの身体が地面に落ちた。
「……」
ユナは全く動かなくなる。
しかし、次の瞬間。
ピクリと、ユナの手がわずかに動く。
そして、ユナは膝に手をつきながらゆっくりと立ち上がり始める。
「もういい……! 立たないでくれ……!」
ルークが必死の形相で叫ぶ。
「ハア……ハア……」
それでもユナは立ち上がる。
ユナはまだ剣を手放していなかった。
すでに『幽暗』の効果は切れ、身体から出ていた黒い煙も止まっている。
──黒龍は未だ力尽きない少女を睨みつける。
そして、黒龍は口を大きく開き、魔力の凝集《チャージ》を始めた。
今までにないほどの量の魔力が黒龍に集められていく。
ユナはそれを阻止しようと体に力を入れる。
(…………ッ! 体が動かない!)
ユナの身体はすでに限界を超えていた。
立ち上がったことすら、その胆力による奇跡のようなものなのに、黒龍に向かっていくことなど不可能だった。
じっくりと黒龍は魔力を凝集《チャージ》させていく。
そして、魔力が限界まで溜まりきった。
ピリピリと肌を突き刺すような魔力をその場にいた全員が感じていた。
(──今までの比にならない『咆哮《ブレス》』がくる!)
ユナはそう悟った。
わかっているのに身体が動かない。
「動けえええええええええ!」
ユナが身体に力を込めながら、叫ぶ。
しかし無情にも身体はピクリとも動かない。
そして次の瞬間。
黒龍の口から信じられないほどの魔力が凝縮された『咆哮《ブレス》』が放たれた。
まるでこの世の全てを飲み込まんばかりの漆黒の渦が、ユナ達へ迫る。
そのあまりの大規模な魔力の塊に逃げ道などなかった。
あったとしても逃げ切る体力がある者はもう残っていない。
戦場にいた全員が、死を覚悟した。
──刹那。
パアンッ!
戦場に快音が響いた。
それを見ていた人々は、目の前で起こった信じられない光景に目を見開いた。
人々を飲み込まんとしていた『咆哮』がまるで嘘のように綺麗に掻き消えたのだ。
「……は?」
ルークが思わず呟きを漏らす。
(何が起こった?)
ルークは首を巡らせて、周りを見る。
すると、つい先ほどまでいなかった黒髪の男が、傷だらけの白髪《はくはつ》の少女を抱えて立っていることに気が付いた。
ハルトである。
ハルトの表情は怒りに染まっていた。
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