剣も魔法も使えない平凡男の成り上がり〜好きな人に振られた悔しさで山を一日十万回殴ってたらいつの間にか世界最強の拳を手に入れてた〜

おったか

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20.ユナ

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 黒魔法『常闇《とこやみ》』によって黒龍を地に落としたのは、ユナだった。


 ユナはその美しい白髪《はくはつ》をなびかせながら、剣士たちの間を歩く。
 戦場にそぐわぬそのあまりにも可憐な姿は、まさに戦場に咲く一輪の花のごとく。


 ルークは目の前を歩くその少女を見て、そしてその少女から放たれる凄まじい魔力を感じて、息を飲んだ。

「敵はあいつでいいのよね?」

 ユナは、地に落ち体勢を立て直そうとしている黒龍を指さしてルークに尋ねた。

「あ、ああ!
 今、後方の魔法使い達が詠唱中で、その時間稼ぎを俺ら剣士がしているところだ!」

「……なるほどね
 じゃあ、あんた達は下がってなさい。私が一人で時間稼ぎをするわ」

「なっ! でも……」

「大丈夫。任せて」

 そう言い、ユナは黒龍のもとへと駆け出す。
 ルークはその後ろ姿を呆然と眺めた。

 黒龍は身体を重たそうに持ち上げながらも、四足で立ち上がってみせた。
 そして立ち上がった黒龍の胴体付近へとユナは跳び、一瞬で肉薄する。

「どう?『常闇《とこやみ》』の重力はきついでしょ?」

 ユナは薄く笑いながらそう言い、黒龍の胴体に剣を横薙ぎに叩きつける。

 耳朶をつんざくような快音が響き渡り、黒龍の鱗に初めて確かな傷がつけられた。

『ガアアアアアアアアアアアアッ!』

 黒龍もその一撃によって、ユナの存在をはっきりと認識し、血走った目でユナを睨みつける。

 そして黒龍は右腕の鉤爪による攻撃をユナに向けて繰り出した。

 ユナはその一撃をしっかりと見据え、剣で受け流す。
 激しい剣戟音が戦場に鳴り響いた。

「この重力の中でよく動くわね……!」

 受け流してもなお腕に伝わってくる黒龍の攻撃の威力に顔を歪ませながら、ユナは一旦地面に着地する。

 そして今度は黒龍を翻弄するかのように、黒龍の周囲を駆けまわる。
 ユナは足を止めることなく、何度も黒龍の足を斬りつけた。

 黒龍は『常闇《とこやみ》』による重力下にあるせいで空を飛ぶことができないようだった。

 ユナと黒龍の攻防を見ていた剣士たちが、唖然とした表情で口々に呟く。

「なんだあいつ……!」
「強すぎる……」
「もしかして剣聖か?」
「いや、白髪で女の剣聖なんていないはずだ」

 剣士たちの間でユナに関する様々な憶測が飛び交う。
 歴戦の剣士たちには、ユナの異常なほどの強さが理解できていた。
 あれほどの剣士が、剣聖でないどころか名前すら知られていないことを不思議に思うのも当然のことだろう。

「彼女が誰だろうが、今はどうでもいいことだ! 彼女が黒龍を引き付けてくれている間、俺たちも周りの雑魚《ざこ》処理にまわろう!」

 ルークは剣士たちにそう叱咤を飛ばした。

「あ、ああ!」
「そうだな!」

 剣士たちもルークの言葉を聞いてすぐに動き出した。
 次から次へと湧いて出てくる小物の魔物に、他の冒険者たちも手を焼いているようだった。

 ルークたちは黒龍を完全にユナに任せ、ゴブリンやオークといった魔物へと斬りかかる。

「ルークさん! 助かります! 黒龍は大丈夫なんですか!?」

 ゴブリンと戦っていた『シュナイダーズ』のメンバーの一人がルークにそう声をかけてきた。

「ああ。誰か知らんが恐ろしく強い剣士が黒龍と戦ってくれている! 俺たちはこの魔物どもを狩ることに集中しよう!」
「……! わかりました!」


 そう言葉を交わし、冒険者たちは次々と現れる魔物を狩っていく。
 先ほどまで黒龍と戦っていた剣士たちが周囲の魔物狩りに加わったことで、より早いペースで魔物が減っていく。


 ユナ一人の登場で大きく戦況が変わり始めていた。


 ユナは黒龍の動きを止めようと、執拗なまでに四足の脚を狙って剣戟を繰り出しながら、黒龍の周りを駆けまわっている。
 しかし黒龍の想像を絶する硬さの鱗の前に、いまだ致命傷を与えることはできていなかった。
 黒龍は鬱陶しそうにユナへと鉤爪を振り回す。しかしユナにその鉤爪が当たることはない。速度ではユナの方が黒龍を上回っていた。

 その時だった。
 ユナは戦場の後方で大きな魔力を感じた。

「おい、白髪《はくはつ》の姉ちゃんっ! 魔法が完成した! ぶち込むぞ!」

 後衛にいた魔法使いの中の男から号令が跳んだ。
 それを聞いたユナは黒龍から素早く距離を取る。

 大きな魔力の存在に気づいたのだろうか。
 黒龍はギロリと、その双眼を魔法使い達の方へと向けた。

 ──次の瞬間だった。

 五十人を超える魔法使い達が、それぞれの杖を振りかざす。

 すると彼らの周囲が七色に輝いた。

 次の瞬間、凄まじい光とともに、黒龍へと魔法の一斉射撃が放たれた。

『──ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 灼熱の火炎弾、風の刃、雷の槍、氷の槍、その他にも様々な属性の魔法が、絶え間なく黒龍へと炸裂する。
 黒龍の雄叫びをかき消す程の爆音が鳴り響き、黒龍が魔法の爆発する光によって見えなくなる。

 冒険者たちが息をするのも忘れてそれを見守る中、やがて魔法の嵐が途切れ、黒龍の周辺に爆発による煙が立ち込める。


「やったか……?」


 そう、誰かが呟いた。


 全員が期待を込めて黒煙を見守る中──ユナは剣を構えなおした。


 次の瞬間。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 黒煙の中から、黒龍の雄叫びが上がった。
 そして、黒龍が天高く舞い、煙の中から姿を現す。

 その黒龍の体には、擦り傷や、わずかに鱗が裂けた跡はあれど、決定的なダメージを与えられている様子はなかった。

「効いてないのか……!?」

 冒険者たちは信じられないものを見たかのように目を見開く。
 俄然変わらず天を舞う黒龍の姿は、冒険者たちの心を折った。

 ユナの顔にも焦りの色がみえていた。

「『常闇』の効果も切れた……ッ」

 ユナの発動した黒魔法『常闇』は、敵に凄まじい重力をかける魔法であるが、持続時間はそこまで長くない。
 それに魔力も大量に消費する。
 もうユナの魔力は半分を切っていた。

『オオオオオオオオオオオオオッ!』

 黒龍が吠《ほ》える。
 黒龍の眼球は血走り、その表情は怒りに染まっていた。


 次の瞬間、黒龍が天で背を反らし、上を向くような姿勢を取った。


 黒龍のその動作の意味を、戦場にいた数名の猛者だけが理解していた。

「『咆哮《ブレス》』が来るぞッ!」

 ルークが叫ぶのと、黒龍の口から黒い渦が放射されるのは同時だった。

 これまでで最大クラスの『咆哮《ブレス》』が放たれた。

 半径百メートルを覆い尽くす黒い魔力の渦が冒険者たちへと迫る。

 ユナや後衛の魔法使い、周囲で魔物と戦っていた剣士たち、その全てが『咆哮《ブレス》』の射程範囲に入っていた。

 あまりの射程範囲の広さに、ユナですらそれを回避することができない。



 一瞬にして、漆黒の『咆哮《ブレス》』が冒険者たちを飲み込んだ。

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