仮想現実の歩き方

白雪富夕

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第1章第1話 仮想現実で飯は食えるのか

*1*

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何でこんな事になっちゃったんだろう。
どこで間違っちゃったんだろう。
私、こんな所で何やってるんだろう。
後悔先に立たず、昔の人はホントそれな!な事を言ったもんだ。
そう、もう遅いんだ。
だけど、叫ばずにはいられない。

???
「ぎゃああああ!!!落ちてるぅぅぅぅううう!!!


高度何千mかは知らない。
だけど分かる。
パラシュート無しでこの高さから落ちてるのは非常にまずい事。
遥か下に見える深く青く大きい海が、私達を大きな口を開けて待ち構えているという事。
このままだと水面に打ち付けられるという事。
そして確実に……。

???
「死ぬぅぅぅうううう!!!」

短い手足を思いっきり広げ、大口を開けて叫ぶ私。
首元までの焦げ茶の髪がカラッカラの口に入ってきても、口を閉じる事は出来なかった。
ものすごい勢いの突風が体を、顔を、全てを打ち付けてくる。
痛い、怖い、死ぬ、が余裕の無い頭の中をグルグルと駆け巡る。
高校の制服であるセーラー服が煽られ、灰色のスカートに隠れていた下着が見えそうというか恐らく見えているであろう事は薄々気付いているけど、そんな事を気にしていられる状況では無い。

???
「お前の勝手な行動に俺を巻き込むんじゃねぇよ!
このクソガキィィィ!!!」

隣で私を青い目で睨み付け暴言を吐く白髪の子供。
今はアンタの方がガキじゃんか!
と言い返したいがそんな余裕は毛頭無い。

???
「貴様!この私までも巻き添えにするとは……!」

時速何百kmで落ちる中、黒いマントをたなびかせながら剣を構える黒髪の男。
余裕だな、おい!
当然私は気にしない。
というか出来ない、自分の事で精一杯。
2人の男に睨み付けられながら、私は白目を剥いた。



なぜこんな事になったのか。
それは数日前に遡る。



​────都内某公立高等学校。



先生
「はい、そこまでー」

チャイムが鳴り、先生が皆を止める。
生徒達はペンを置きテスト用紙を裏返して、各々安堵したり悔しがったりしている。

???
「……くぅ~!」

私は両腕を上に突き上げ、思い切り伸びをする。
やっと、やっと、終わった長い長いテスト週間。
開放感ハンパない、これぞテストの醍醐味だな!

先生
「じゃあ後ろから答案用紙回してー」

先生の指示で後ろの席の子から用紙が渡される。
一応何度も確認した名前をまた確認する。
東雲詩乃しののめしの
うん、大丈夫。
前回名前の書き忘れで0点を食らった屈辱は忘れない。
私は後ろの子の用紙の上に自分の用紙を乗せ、前に渡した。

先生
「という訳で、一学期のテストは今日で終了です、お疲れさん」

先生がニカッと笑うと思い思い拍手をしたり、口笛を鳴らしたり生徒達は喜んだ。
Yシャツを脱いで振り回す男子も居たけど、それはやり過ぎだと思う。

先生
「じゃ、今日はこれで終わりにしまーす。明日から夏休みだけど、規則正しい生活を心掛け、羽目を外し過ぎないように。それじゃ日直ー」

日直
「きりーつ、礼!」

生徒達
「さよーならー!!」

テスト終わりの号令はいつになくテンションが高いけど、夏休みが始まるという事で更に高い。
勿論みんなも。
私はドサッと椅子に座った。
そしてひんやりとした机に頬を乗せ目を瞑る。
いやぁ、頑張ったなぁ私……!

???
「しーの!」

声と同時に頭を小突かれる。
顔を上げると、幼なじみの佐倉菜乃さくらなのが立っていた。
しのなのコンビでお馴染みの私達。
……そう呼んでるのは私達2人だけだけど。

菜乃
「お疲れー、今回はちゃーんとお名前書けたかなぁ?」


菜乃はニヤニヤと笑いながら、私の前の席に座った。
艶やかなセミロングの髪を耳元で2つ結びをした黒髪が、サラッと揺れた。

詩乃
「バカにしないでよねー!同じ過ちは繰り返さない詩乃ちゃんだよ?」

菜乃
「ほほーう?という事は、今回はちゃんと赤点回避とな?」

透明感のある白い頬をニヤリと上げた菜乃。

詩乃
「そーれはぁ……まあ、そう、お楽しみって事だよね、うん」

菜乃とは打って変わって健康的な肌色の腕を組んで、ドヤ顔をする私。

菜乃
「なーにがお楽しみよ!せめて私が教えたところくらいは、ちゃんと書けたよね?」

詩乃
「そ、それはもう!バッチグーよ!」

親指を上に突き上げ無い胸を張る。
多分、と付け加えたいところだけど、そこはぐっと口をつぐんだ。

菜乃
「まあ、今更どうこう言ったって終わったものはしょうがないかー」

詩乃
「そうそう!終わった事はもういーのいーの!」

私は手をヒラヒラとさせた。
そして、少し前のめりになって菜乃にグッと寄る。

詩乃
「そ・れ・よ・りー!約束してたとこ、早速行こうよ!」

菜乃
「えーっと、何だっけ?」

首を傾げる菜乃。

詩乃
「ちょっと!何忘れてんの!?
テスト終わったらVRやりに行くって約束したじゃん!」

私は頬をプクッと膨らませた。
なかなかテスト勉強に本腰が入らない私を見兼ねて菜乃が提案してくれた、『テスト頑張ったら詩乃の行きたい所に付き合ってあげる』という約束。
私は渋谷に新しく出来たVR専門店に行きたくて堪らなかった。
VRとは、バーチャルリアリティの略である。
現物・実物(オリジナル)では無いが機能としての本質は同じであるような環境を、ユーザーの五感を含む感覚を刺激する事により理工学的に作り出す技術及びその体系。
日本語では「人工現実感」あるいは「仮想現実」と訳される。
以上、Wikipedia参照でしたー。
最近ではあらゆるVRゲームが登場しているが、あの専門店は更に進化を遂げているとの事。
通常ヘッドホンやゴーグルなどを装着して楽しむVRだが、そこで体験出来るVRは全ていらないらしい。
生身の状態で遊べるんだから、もっともっとリアルに違いない。

菜乃
「あーごめんごめん、そうだったね!」

詩乃
「全く~!それ楽しみにずっと頑張ってきたんだからね~?」

菜乃
「ごめんごめん!ご褒美で詩乃の事釣ってたの忘れてた!
行きますかー渋谷!」

釣ってた……って。
……うん、まあ、良いや!
VR出来るんなら何でも良いや!
私達は学校を後にし、渋谷の専門店へと向かった。



で、受付でやりたいゲームを選んだんだよね。
菜乃はほのぼの牧場生活みたいなのを選ぼうとしてて。
せっかくのVRで、何が楽しくて牛の乳絞りやら稲刈りをせにゃならんのだって言って。
私はRPG好きだから、敵倒しながら冒険するアクション系がやりたくて。
菜乃は怖いのは嫌だし、敵を倒すなんてもっての他って言って。
結局今日は私のご褒美なんだから!って事で押し切った形で私の案が通った。
で、ゲートを1人ずつ入って近未来的にぼんやりと光るトンネルをひたすら真っ直ぐ歩いたんだ。

しばらくするとドアが現れるから、そこを開けてくださいって。
その先のゲーム内でお連れ様と合流できますって。

詩乃
「って、これ、どんだけ歩けば良いわけ……?」

歩けど歩けど、一向にドアは現れない。
何だこれ、バグかな?
もうそろそろ出てきても良い頃だと思うんだけど……。
そう思った瞬間、空間がぐにゃりと歪んだ。
同時に目眩と耳鳴りに襲われる。
平衡感覚が取れなくて立っていられなくなり、膝を床に付き、そのままうつ伏せに丸まるように寝転がる。
うう、気持ち悪い……。
私は治まるまで目を閉じた。
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