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ライバル

第106話

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 「それじゃ、ストレートはグー。パーがカーブってことで」

 「バレないかな?」

 「そこはちゃんとあんたが隠しなさいよ」

 「もうワンパターンくらい作った方が良くない?」

 「ようは打たれなきゃいいんでしょ」

 「そうやけど」

 「まあ任せなって。私にかかれば、全球ストレートでもなんとかなる」



 ここ数日、同じ夢を見ている。

 子供の頃の夢だ。

 初めて千冬とバッテリーを組んだ頃、アイツは、ぼろぼろのキャッチャーミットを俺にくれた。

 “1人じゃ練習できない”

 そう言って、無理やりキャッチボールに付き合わされ、わけもわからずにアイツの投げるボールを受けた。

 痛かった。

 軽く投げるからと言うわりには、やけに速くてさ。

 びっくりしたんだ。

 初めてアイツを目にした時、めちゃくちゃ速い球を投げる女子が身近にいるなんて、思いもしなかったから。



 本当は、野球なんてやるつもりはなかった。

 野球を始めたきっかけはアイツであって、別に好きだからとかじゃない。

 あの頃夢中になってボールを追いかけていたのは、心のどこかで、期待してからだとも思う。

 迷いもせずに振りかぶるアイツのフォームが、夏の日差しの中に煌めいてた。

 埃っぽいグラウンドの土の匂いを払いながら、ど真ん中に構えたミット。

 いつもそうだった。

 アイツは、明日世界がどうなるかなんて考えずに、ストレートを投げることだけを夢見てた。

 俺は構えるだけで精一杯だった。

 野球を始めたばかりの頃は、あんまり外に出ることもなかったし。
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