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夢が覚めないうちに

第256話

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 しんと静まり返る交差点の真ん中で、彼女は空を見上げた。

 ——空を?

 わからない…

 空はもう、動いてない。

 地面も、街の景色も。

 何を見てる…?

 頭上には雲があるだけだ。

 季節の変わり目に漂う、うろこ雲が。


 「私たちが初めて出会った場所を、覚えとるか?」


 初めて、出会った…?

 何言ってんだ…?

 出会ったっつーか、お前が話しかけてきたんだろ?

 この前、学校の帰り道で。


 「私たちは昔、旅をしとった。お互い、明日が来ることを信じて」

 「…は?」

 「遠い昔の話や。数え切れないくらい、昔の」


 意味が、わからない。

 “私たち”?

 元々、意味がわからないことばかり言うやつだ。

 未来から来たとか、“俺とは違う世界で生まれた”とか。

 理解しようとは思わなかった。

 しようと思ったってできねーし。


 「なに言うとんや?」

 「あんたの目には、時間が止まっとるように見える?」

 「…え、ああ、まあ」

 「仮にそう見えたとしても、その解釈はちょっと違う」

 「…は?」


 どっからどう見ても止まってる。

 あと、難しい言葉を使うんじゃねー。

 頭に入ってこないんだよ、ややこしくて。


 「私とあんたは、元々出会うはずはなかった。この街、この世界で」

 「なんて…?」

 「前に言うたやろ?この世界には、いくつもの世界線があるって」

 「それが?」

 「今日という日に起こる出来事は、未来に於いてまだ決まってない。空に浮かぶ雲の形も、明日、雨が降るかどうかも」

 「それが…どうかしたんか?」

 「私たちが立ってるこの場所は、時間が常に対流しとる。今、この瞬間も」


 対…流?


 「…って?」

 「“境界”が生まれ続けとんや。現在と、現在の間に」


 どっかで聞いたことがある。

 …それって、前に言ってたやつだよな?

 前に世界が止まってた時、お前は言ってた。


 《自分だけが、この境界に立つことができる》


 …確か、そうだ。

 現在と現在を結ぶ、線の内側…



 「…えーっと、つまり?」

 「あんたと出会った初めての場所や。ここが」


 ………

 ……………

 …………………はぁ?


 ここが、って、違う違う。

 こんなところで俺たちは出会ってない。

 頭は混乱してるが、さすがにそれはわかる。

 俺たちが出会ったのは須磨駅の近くだ。

 歩道を歩いてたら、急にお前が立ち塞がってきた。

 忘れたのか?


 「この「世界」ではな?まぁええわ」

 「いやいやいや、勝手に締めんなや!どういうことや??」

 「説明してもわからんやろ?」

 「…説明っていうか、なんやねん「この世界は」って」


 全然意味がわからん。

 あれか?

 また「違う世界」とか言い出すのか?

 勘弁してくれよ。

 それだってまだ、なんのことかよくわかってないんだ。

 「世界線」っていうのもそうだし、「並行世界」についても。


 「バカに言ったってしょうがないやろ」

 「喧嘩売っとんか!」

 「お?やるか?」


 喧嘩なんてしてる場合じゃない。

 わかるだろ?

 異常事態なんだって!

 周りを見てみろ!

 人も、車も、全部動いてない。


 どうなってんだよ、まじで。
 
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