上 下
277 / 394
丘の坂道

第275話

しおりを挟む



 全部、思い出した。


 バックにつけられたお守り。

 神戸高の制服。

 でこにデコピンをされ、痛みが走った。

 何で!?とパニクってると、バッセンに行こうと言う。

 まさかとは思った。

 アイツが、こんな場所にいるわけがない…

 そう、何度も思った。

 だってそうだろ?

 アイツは今頃病院にいて、こんな場所にいるはずがない。

 それに、彼女はまだ…


 千冬だとすぐにわからなかったのは、当然と言えば当然だった。

 …だって、わかるわけないだろ?

 当たり前のように目の前にいて、隣を歩いてるなんて…
 


 千冬。

 彼女の名前を呼ぶと、「何?」と答える。

 
 その返事に、どんな顔をすればいいかもわからなかった。

 どんな顔をして、どんな言葉を返せばいいのか

 それさえ…

 
 彼女の後ろを歩き、地面に映るその影を、追いかけようとする。

 流れていく街の被写体のそばで、電信柱が一本、傾いたように見えた。

 冷たいくらいに空気が涼み、街角の換気扇が、ゴオゴオと回っていた。

 地下鉄の階段を過ぎたあたりで、バスターミナルの電光掲示板を見た。


 ——ただ、確かめようとしたんだ。

 “もしかしたら”

 そう期待してしまう心と、視線。

 そんなのあり得ない

 どこかでそう感じてしまう気持ちがあったとしても、言葉を発せずにはいられなかった。

 千冬がいる。

 彼女が、——“生きてる”。

 その事実が、どれだけ、現実離れしていたとしても。



 …さっきまで俺は、「別の世界」にいた。

 どう解釈していいかわからないが、ここじゃない別の「場所」にいた。

 ずっと遠い場所にいたんだ。

 …うまく言えない

 …うまく、考えられない

 なんて言えばいい?

 なんて、表現すれば…


 けど、近くにいないことは確かだった。

 ずっと遠く——

 ずっと、——離れた距離

 そんな「場所」にいた。


 千冬がいた、世界に。



 …何が、どうなってる?

 夢…じゃないよな?



 記憶と記憶の狭間で、膨大な時間が交錯する。

 吊り革を握っていられないくらいの目眩がした。

 感じたことがないような、ダルさ。

 それと、疲労感。


 耳の奥がキンキンする。

 額が熱い。

 ついさっきまでそばにあったはずのものが、目の前から消えた。

 何もなかったかのように、忽然と。

 でも、そんなのあり得るのか…?

 すぐそばにあったんだ。

 ほんとに、目と鼻の先に…
しおりを挟む

処理中です...