空色デイズ -音のない世界の中心で-

じゃがマヨ

文字の大きさ
28 / 30
夜の街の子

第28話

しおりを挟む


——今日も、音楽室の外に立っている。

蒼一郎のピアノの音が、校舎の窓から微かに聞こえてくる。

高く澄んだ旋律。
深く響く低音。

ただ、それだけなのに、心が落ち着く。

——これは、私にとっての“音”なんやろか?

美柑は、ふとそんなことを考えた。

音楽は、聞こえる人のためにある。
でも、私は「音楽を感じている」。

「……」

武術とは違う世界に、足を踏み入れてしまったような気がした。


武道には、「間合い」がある。
それは、相手と自分の距離を測ること。

ピアノにも、「間」がある。
音と音の間には、目には見えない“空白”がある。

この“空白”は、まるで呼吸のように流れていく。

——もしかして、武術と音楽は、根本的に同じなんか?

その考えが、頭から離れなかった。

ピアノを聴くたびに、まるで自分が戦っている時と同じような感覚に陥る。

音の波、時間の流れ、そして間合い。

武術と音楽は、遠いようでいて、本当はとても近いのかもしれへん。


美柑は、何度も音楽室の前に立った。

蒼一郎の演奏を聴きながら、その“間”を感じ取ろうとする。

「……」

静かに耳を澄ませ、
指の動きを想像しながら、
音楽の流れを感じる。

まるで、それが武術の稽古であるかのように——。

ピアノの音が流れるたびに、美柑の心に、ひとつの答えが生まれ始めていた。

「音楽の間合いと、武術の間合いは、同じものかもしれへん」

もし、それを理解できれば——

武術のズレを修正する答えが、ここにあるかもしれない。


ふと、誰かが近づいてくる気配がした。

「……?」

美柑は、さりげなく身を隠し、様子をうかがった。

小柄な少女が、音楽室の前に立っていた。

——黒髪のショートカット、静かな雰囲気。

年齢は、美柑より少し下くらい。
制服のデザインからして、別の学校の生徒らしい。

少女は、しばらく窓の向こうを見上げた後、ポケットからスマホを取り出し、何かを打ち込んだ。

「……誰や?」

美柑は、不思議に思った。

彼女は明らかに、ここで蒼一郎を待っているようだった。

——あいつの知り合いなんか?


その時、ピアノの音が止まった。

音楽室の窓が開く。

そして——

「ゆい、待たせた?」

蒼一郎の声が、静かな空に響いた。

——ゆい?

少女は、スマホを見せた。

『全然、待ってないよ』

蒼一郎は、その画面を見て微笑んだ。

「そっか。じゃあ、行こっか」

ゆいは、ゆっくりと頷くと、蒼一郎のもとへ歩いて行った。

——耳が聞こえへんのか。

美柑は、2人のやりとりを見て、直感的に理解した。

蒼一郎は、彼女がスマホで伝えた言葉を読んで話していた。

——音の世界に生きる蒼一郎と、「音」が届かない世界にいる少女。

それなのに、2人の間には不思議なほど自然な距離感があった。

——あの子にとって、「音」はどんなもんなんやろう?


蒼一郎とゆいは、一緒に歩き始めた。

美柑は、そっとその背中を見送った。

「……」

音楽の中にある“間”と、武術の間合いは似ていると思っていた。

でも、この2人の間にある「距離」は、それとはまた違う何かだった。

——音がなくても、心の距離は測れるんやろか?

武術の間合いは、戦いの中での駆け引きのためにあるもの。

音楽の間合いは、旋律をつなぎ、調和を生み出すためのもの。

でも、この2人が持っているのは、もっと単純で、もっと本質的な「人と人の間合い」だった。

——もしかしたら、それが一番「確かなもの」なんかもしれへん。


蒼一郎の「音」を追いかけていたつもりだった。

でも、本当に私が探していたのは、「音」そのものやったんか?

それとも——

「音」の外側にある”何か”やったんか?

「……」

美柑は、そっと拳を握った。

自分が求めている答えは、まだわからない。

でも、確かにここに「何か」がある。

それを知るために——

もう少しだけ、蒼一郎の音を追いかけよう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう一度、やり直せるなら

青サバ
恋愛
   告白に成功し、理想の彼女ができた。 これで全部、上手くいくはずだった。 けれど―― ずっと当たり前だった幼馴染の存在が、 恋をしたその日から、 少しずつ、確実に変わっていく。 気付いた時にはもう遅い。 これは、 「彼女ができた日」から始まる、 それぞれの後悔の物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。 ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。 無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。 クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。

女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん

菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)

処理中です...