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不出来オメガは子供が欲しい2
しおりを挟む「困ったな……」
今回は特別長かったな。窓から見える雲を目で追いながら俺は思った。
俺の発情期は頻度がおかしいぶん、期間はさほど長くない。だいたいが4,5日程度で、最短だと3日で終わる。それが今回は8日も続いたのだから、途中食料が尽きて本当に死んでしまうかと思った。
世のΩはこれが普通だというのだから、本当に世知辛い。
「ユリアス様、お医者様がいらしております」
「わかった、今から向かう」
Ωは発情期を終えると医師の診察を受けることが義務付けられている。自己判断で終えたと思っていても終わっていないケースがままあるからだ。
といっても俺の医師への信頼度は底も底。あまりにも発情期についての知識がなく、一年前は発情期中に適さない抑制剤を渡されてラットになりかけたし、そもそも抑制剤が死ぬほどまずいのに全く効かないのだ。
悪い人ではないから義務として受けているが、もう俺の中ではΩの通過儀礼のようなものとして扱っている。
実際地方医師はこのくらいのものが多いのだろう。王都に優秀な者が集まるのは必然のことだし、この地域はとくにベータやオメガなどのいわゆる凡人がベータ性問わず活躍する領地なので、医師という高いプライドを持っている人間はどうしても避けがちになる。
となると、ここに残されるのは地方でゆっくりと過ごしたい老人や、王都ではやっていけないような逸れもの医師、というわけだ。
さすがに王都で診察を受けるのも検討しなければとは思う。が、ただでさえヒートで仕事が常に押しているのに、わざわざ治るのかも怪しいこれのために重い腰を上げるのは億劫だった。
ぼうっと青空を眺めていると、当主付きの執事であるエドワードが医者の来訪を知らせた。ちょうど、昼時でみな休憩をとっている時間だ。
エドワードを連れて応接室へ向かう。よほどなにかトラブルがないかぎり、診療は応接室で執事を連れて行う。処方薬や抑制剤の管理をするのは執事や使用人なので、当たり前だ。
応接室の扉を開けると、いつもより若そうな男がこちらに頭を下げた。
「王都から参りました、医師のアーロンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
これはまた、なかなかなイケメンが来たな。今までうちを訪問診療していた医師はベータのおじいさんだったため、久しぶりにイケメンを不意打ちでくらってしまった。
清潔感のある茶髪のショートヘアに、ヘーゼルの吊り目がちの瞳。銀のふちが日の光に照らされて光って見える。
医師といえば温厚そうな顔面をしているイメージだが、彼はどちらかというと知的でさっぱりとした印象だ。身長も高く筋肉もそれなりにあるため、正直白衣はあまり似合っていない。
しかしまあ、アルファがオメガに頭を下げるだなんて屈辱的なことをよくやるもんだなと思う。
いままで出会ってきたアルファは、俺がよほどの目上でもないかぎり頭を下げることはなかった。医師であるこのアーロンも、特に雇用関係として上下であるわけでもないのだから必要はないはずだ。
たまにあえて必要以上に頭を下げてこちらを煽ってくるようなアルファもいるが、彼にはそういった意思も見受けられない。
「うちは爵位もなにもありませんから、頭は下げなくてよいのですよ。どうぞ、頭をあげてお座りください」
「失礼いたします」
なんとも礼儀正しい男だな。この見た目だから、患者を怯えさせたか誤解されでもしたのだろうか。
応接間の真ん中にあるテーブルを中心に2人で対面に座ると、改めて俺のほうからも自己紹介を済ます。
彼はそれに礼で返すと、「問診をさせていただきたいのですが」と切り出した。
「いつもの医師はどうしたのですか?」
単純な疑問である。彼はただオメガに対して知識はなかったが悪い人間ではなかったし、今後、こうやって医師が変わるとなってはこちらとしても受け入れ難い。
それに、アーロンが嫌だというわけではないが、彼がアルファである限り、俺の発情期中の万が一には対応できないだろう。
「彼は変わらずこの領地で医師をしておりますが、こちらキース家の担当医のみ私に変更となりました」
「それはなぜか、お聞きしても?」
うちの家だけというのはまた、なんとも。
頭を傾げた俺をよそに、彼は続けた。
「医師会のほうに、珍しい症状のオメガがいると報告が入りまして。聞くに症状も深刻化しているとのことでしたので、私が遣わされました」
なるほど、そういうことか。
医師会というのはこの国の医師が必ず登録する機関のことだ。珍しい症例や感染症など、各地の医療に関する情報が集められ、事態によっては医師資格を持つものに共有される。
専門医や研究機関に情報が行けば、適切な治療を受けることができるという仕組みだ。医師会は王都で運営しているので、いつもの医師が俺の情報を機関に上げてくれていて、この男はわざわざそのためにこの領地まで来てくれたということだ。俺は少しだけ、前任の医師を見直した。
「それは、わざわざこのような僻地までありがとうございます」
「いえ、本来であればもっと早くに向かうべきでしたが……王妃の御懐妊などで王都が忙しなく。申し訳ない」
王妃のオメガは不妊だったとかで、長く治療をされていたことは国民みな知っている。
なんでも俺とは真逆で発情期がなかなか来ず、医師がみな総出で不妊治療にあたっていたとか。それが今年の初春にようやく第一子がお生まれになったとかで、国民は皆お祝いムードに包まれていたのを覚えている。
王妃の不妊治療から出産して半年後に俺のもとへやってきたということは、彼はお子ではなく王妃についていたのだろう。王妃にくわえて特異な俺の診療も担当することになったのだから、アーロンはオメガによほど明るいに違いなかった。
そのまま少し話をしたが、アーロンはどうやらオメガ専門の医師であり研究者らしかった。曰く、もともと鼻が効かずオメガの匂いが分からなかったのだそう。唯一嗅ぐことができたのは現在の奥方のみで、そちらのほうもアーロンにしか誘惑香が効かなかった。
どうやらそれは噂に聞く運命のつがいというもので、つがいに出会ってからはその特殊性を孕むバース性に魅了されてしまい、それまで学んでいた分野を変更したのだと彼はおかしそうに言った。
「-ですから、ユリアス様が私のもうひとりの運命のつがいでもない限り、あなた様の匂いはわかりません。ご安心ください」
王家公認です。そういたずらに笑いかけるアーロンに、俺はすっかり心を許してしまっていた。
「では先生、これからどうぞよろしくお願いしますね」
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