喫茶店《シェリ・ランコントル》〜虚構少女原案小説コンテスト応募作品〜

十六夜 龍

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喫茶店《シェリ・ランコントル》 閉店

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 悪い知らせはいつだって突然です。祖父の急逝も、友達の引越しも。そして喫茶店《シェリ・ランコントル》の閉店も。それはいきなりのこと過ぎて、一瞬呆然としてしまいました。

それは10月の第1週の土曜日、最後のお客様がお帰りになられた後のことでした。


* * * * * * * ** * * * * * * * * * * * * * * * * *


「閉店ってどういうことですか!?」
 先輩が店長さんに問いかけます。いつも冷静沈着な彼女の声にも、今日ばかりは驚きや焦りが含まれているように聞こえます。

「そうですよ、別に経営難って訳ではないんでしょう?」
 私も平静ではいられません。無粋な話になってしまいますが、毎週沢山のお客様が食べに来てくださるのでそれなりに黒字のはずです。

 店長さんは肩を落として歯切れ悪く答えます。その様子を見れば、店長さんも本意ではないのが誰にだってひしひしと伝わってきます。

「うん、そうだよ。…実は……」

 その「実は」は、十数年前に押しかけてきた時とは雲泥の差がありました。しかしなぜ閉店するのでしょう。もっともっと私はここで働きたいのですが。ふとみると、先輩の顔もどこか残念そうにしています。きっと、模試でお休みのバイトの子も似たような表情をするでしょう。

「…家内が、入院することになってね…。」
「そんな!奥さんは大丈夫なのでしょうか?」
「どこがお悪いんですか?…もしかして、過労…とか?」

 いつもあんなにパワフルに働いているから、つい心労を想像してしまいました。店長さんは慌てて首を横に振って、
「いいや、持病が悪化して嗅覚と聴覚に支障をきたしているらしい。幸いなことに治療すれば治るそうだが…」
「良かった。ちゃんと治るんですね。」

 入院と聞いて色々想像してしまいましたが、治るのであればまずは一安心です。でも最後の逆接が気になります。

「ただ、ね、治療に数年かかるようなんだ。そうなると、私も傍にいてあげたくてね、お店を切り盛りする余裕がなくなっちゃうんだよ。」
「そう、ですか。それなら、仕方ないですよね。…もっと働きたかったですけど。」
「しかし、流石に今日の明日ということはないでしょう?もしそうなら常連さんが報われなさすぎます。」
「うん、分かっているよ。今月いっぱいはなんとか回すつもりだ。家内にもそう勧められたしね。あと3週間改めてよろしくね。」

 たったの3週間ですか。私が来るのが週末だから今日を抜くと、7日。この時間をこれまで以上にかけがえのないものにしたいです。

 「あ、でもこれといって特別なことをするつもりはないからね。これまで通り和やかぁな感じの雰囲気のまま最後まで楽しくやろうね。」
「そうですね。」
「はい。」

 そうは言ったものの、やはり何らかの形でこれまでの長年の感謝を伝えたいものです。そうだ、常連さん方に聞いてみましょう。きっと皆さんも閉店のことを知ったら悲しんでくださると思います。優しい方々ですから。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「そうか、入院されるのか。しかし、お店が閉まっちゃうのは残念だな。このお店で討論するのが楽しみだったのに。」
 心底残念そうにおじさんは言います。私も10数年の筋金入りの常連だったので、よくよくおじさんの気持ちが分かります。

「それで、店長さんはいつも通りにって言うんですけど、やっぱり何かしてあげたくて。でも中々良い案が思いつかないんです。」
「そういうことか、そうだな、会社だとこういう時はパーティーというかお酒を読みながら座談会というか、そんなことをやるね。いっそ他の常連も誘って皆で最後の日に感謝を伝える会を開くのはどうだ?きっと集まってくれるぞ。」
「…いいですね、それ。じゃあ最後の日までに少しでも多くの常連さんに声をかけてみます。」

 流石、人生の大先輩。パッと名案が飛び出てきます。これで皆で大団円。

 カラン、コロン

 おじさんがお帰りになられます。と、同時にもう1人の常連さんがご来店されました。おじさんがこちらにアイコンタクトを送ってきます。はい、早速声をかけてみます。

「いらっしゃいませ、喫茶店《シェリ・ランコントル》へ。…実は今月いっぱいで当店は閉店してしまいます。そこで、最後の日に常連の皆さんを交えて会を開きたいのですがどうでしょう?」


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「それでは、奥様の快癒の祈願と、喫茶店《シェリ・ランコントル》への長年の感謝を胸に、乾杯!!」
 大学四年生の彼女の口上で、喫茶店《シェリ・ランコントル》の最後の営業の幕開けです。今日は常連さんの方々と、店長さんの奥さんがこの場に集ってくれました。奥さんは、やはり持病の影響か時々不自然な所作が見受けられますが、それでも絶えず笑みを浮かべていて楽しそうです。…きっと他の誰よりもこのお店の閉店が残念でしょうに。

「いやぁ、かれこれ10数年か、このお店と出会ってからは。」
感慨深げにおじさんがこぼします。確かにおじさんは常連さんの中でも私に次いで古株です。このお店への愛着は他の人に増して強いでしょう。

「残念だな、このお店での出会いは仕事にもインスピレーションをたくさん与えてくれたんだけどね。」
 起業家の彼もそう言います。そういえば起業したての頃は事業も難航したのだとか。

「奥さん、早く良くなるといいね。」
 気遣わしげに奥さんに話しかけるのは高校生の彼女。この場で一番若いですが、他の常連さんともすぐに打ち解けました。

「楽しかったなぁ、心が癒されたよ。」
「そうね、私もここに来るのが毎週の楽しみだったわ。」
「高校生からいい歳した親父まで、老若男女討論できなのはここだけだったよ。」
「料理も美味しかったし、他のお客さんとも仲良くなれて、いいお店でしたよ。」

 他の常連さんも口々に懐かしむような口調で一言ずつ呟いていきます。私も最古株の常連として、そしてこのお店の店員として、とても心に染み渡ります。ですが少々しんみりとしすぎてしまっていますね。どういたしましょう。

「さあさ、皆さんしんみりするのもいいですが、折角だしこのお店や店長さんの何か裏話でも聞かせてもらいましょう。いいですよね?」

先輩、ナイスです!私も聞きたいことがあります。

「もちろん構わないよ。ただその前に、皆さんから注文を取りたいんだけど、いいかな?」
「そうだね、食べながら話そうか。じゃあ、今日は特別に幾つかのサラダミックスを頼もうかな。」
「僕はスープカレーを。程よい辛味は頭にいい刺激を与えてくれるからね。」
「あの、私はカルボナーラを。店長さんのカルボナーラは絶品です。」
「えっと、私はピザトーストをお願いします。あと、お茶も。」
「では私は、ポテトサラダのサンドイッチを。」………
………「私も頼んでいいですか?シチューをいただきたいのですが。」
「先輩も頼むなら私はオムライスをお願いします。未だに超えられない味をもう一回味わいたいです。…それと、ポテトサラダ作りましょうか?」

 皆が口々にこのお店で味わったことのある店長さんの美味し料理を注文します。先輩も私も注文しました。2人とも店員でありこのお店の常連ですから。

「はい、ご注文承りました。確認は、いいですよね。早速作ります。今日は鷹華ちゃんはお客さんでいいよ。オムライス、前より美味しいよ?」

 店長さんは笑顔でそう言って厨房に向かいました。ではトークタイムです。

「ねえねえ、今更な気がするけど、このお店の名前、《シェリ・ランコントル》ってどんな意味ですか?英語、じゃないですよね。」
「私も気になります。多分フランス語なのだと思いますが。」
「ええ、フランス語よ。本当は『一期一会』を訳したかったのだけど語呂が合わなくて。そこでちょこっと変えて『一語一絵』、てしたの。意味は、一度一度の言葉のやり取りを大切な絵のように大切にしたい、といった感じね。それをフランス語訳して、《シェリ・ランコントル》よ。」
「そうだったんですか、このお店にぴったりですね。」
「そうね、色んな人と出会えたものね。閉店の日にたくさんのお客様がこうして集ってくださるなんて、冥利につきるわ。」

 ーー私たちが楽しく歓談していると、料理を作り終えた店長さんが、オムライスとサラダを持ってきながら言いました。
「はい、まずは2人分。…そういえばうちがプラスチック製のお皿を使っているのもちょっとしたエピソードがあるんだよ。」
「へえ、そうなんですか。何があったんです?」
「あっ、」
 心当たりがあります…。
「ふふ、鷹華ちゃんがウェイターになって少し経ってから、お皿を割って怪我をしちゃったのよね。」
「はい…。」
「あのあと家内と話してね、きっと陶器は重かったんだろうってことでプラスチックにしたんだよ。」
「そうだったんですか…ありがとうございます、店長さん。」
「別にいいんだよ。…それよりも店長さん、呼ばれるのも今日で最後か、感慨深いものがあるな。」


ーー「そういえばこれって…」

「そうだ、これにもちょっとしたエピソードが…」------ーー


気づくと日は暮れ、常連さん方も1人、また1人と名残惜しそうにお帰りになり、そして私も…。

これまで何万回も聞いた音が私を喫茶店《シェリ・ランコントル》から送り出してくれます。


カラン、コロン
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花雨
2021.07.23 花雨

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解除

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