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霧山村
役場の男
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「ふう、やっと着いた」
目の前には古い学校の校舎のような2階建ての建物があり『霧山村役場』と黒々と書かれた木の銘版が掛けられていた。
朝早くに自宅を出て電車とバス乗り継ぎ、そこから随分と山道を登ってきた。もう夕方になっていた。
役場を見上げながら営業部にいる同期の斉藤から昨日聞いた話を思い出した。
いきなりの業務命令に戸惑いながら会社を出たところで、ちょうど営業から戻って来た斉藤とばったり会った。
同期といっても特に仲がいい訳ではなく普段は顔を会わせても二言三言簡単に話す程度でしかないが、営業部の斉藤ならこのプロジェクトや霧山村のことを知っているかもしれないと思い、会社に入ろうとした斉藤をなんとか呼び止め近くのカフェに連れて行った。
「え、あれ、お前がやるの」
斉藤がびっくりして言った。
「あれ、うちの大木課長と阪本主任が2人で行って駄目だってなったやつだぞ。それがなくならないってことは、やっぱりあれか・・・」
何か知っているような口振りだった。
「占いだな。多分・・・」
「何だその占いって」
斉藤が何を言っているのか分からなかった。
「いや、あくまで噂だけど・・・、社長、最近占いにはまったらしくって、このプロジェクトもその占い師に相談して出てきたって話なんだ。でも営業部の課長と主任が駄目だって判断した案件をそこまで引っ張るか、凄いな・・・」
どうやら社長が占い師に唆されて立ち上がったプロジェクトのため、さっさと諦めるわけにもいかず部長の登場となったようだった。
「それで霧山村のことについて課長は何か言ってなかったか」
少しでも情報があればと思い聞いてみた。企画書を読んだあとにネットで検索してみたが霧山村のことは何も出てこなかった。
「いや、実は2人とも村の近くまで行ったけど、余りにも遠くて着くのが遅くなったんで村には入らず早々に引き返してきたらしいんだ。兎に角、事業化するには駅や空港から遠すぎるって判断したらしい」
結局何も情報は得られずじまいだった。ただ後で村への行き方を主任に聞いてメールしてくれたので、迷わず来ることが出来た。
役場には電気がついていた。少しの間躊躇したが他に頼るところもないので役場に入ろうと近づくと役場の電気が消え男が出てきた。男は身長はそれほど高くはなかったが、肩幅が広く柔道でもやっていそうながっちりとした体格をしていた。
男は目の前に人が立っていることに驚いた様子だったが直ぐに笑顔を浮かべ話し掛けてきた。
「いやあ、巽さんですか。お待ちしてましたよ。もう来られないかと思い帰るところでした。いやあ、行き違いにならなくて良かった」
男が何故自分の名前を知っており待っていたのかが分からず、今度はこちらが驚いてしまった。
「あ、課長の林さんから電話があったんですよ。巽さんが今日行くから宜しくってね。・・・巽さんですよね」
男が心配そうに訪ねてきた。
「あ、ああ、はい。そ、そうです。いや、課長から話が・・・、そうですか」
課長がわざわざ連絡を入れているとは思わず意外だったが、役場に着いても何をどう話していいか思い付いていなかったのでほっとした。
「さ、さ、こちらへ。取り敢えず今日は集会所へ泊まって下さい。食事は後で運ばせますから。詳しい話は明日で。さ、さ、どうぞ」
言われるがまま後に続いた。男は役場の横に回って行ったが、そこから結構な坂道が山の上の方に伸びていた。周りはすっかり暗くなり電灯もないので何も見えなかったが、男は黙々と迷うことなく登って行った。男の足は速く後ろから早足で追いかけなければ置いて行かれそうだった。
さっき男が見せた柔和な笑顔を思い浮かべながら、こちらのペースを気にするそぶりも見せず決して振り返らない男に違和感を覚えた。
「さ、ここです」
早足で山道を登りいい加減疲れたと思ったとき、唐突に男が右手を指し示しながら言った。
そこには思いの他新しい平屋の建物が建っていた。中に入ると玄関のすぐ奥が20畳程の広間になっており、換えたばかりなのか真新しい畳の匂いがしていた。
「さ、どうぞ。これで寝て下さい」
そう言いながら男は奥の襖の向こうから布団を一式持ってきた。
「奥にお風呂も沸いてます。ゆっくり浸かって休んで下さい。私は食事の手配をしてきます」
そう言うと男はさっさと集会所を出ていった。話し掛けるタイミングが掴めず、男とは役場の前で話しただけでまだ名前も聞いていなかった。
部屋の中には何もなく仕方がないのでお風呂に入ることにした。
奥の襖を出ると廊下があり進んで行くと右側にトイレ、左側にお風呂があった。トイレもお風呂も新しく綺麗だった。湯船は大人が数人余裕で浸かれるほど大きかった。
「あ、あー、ふぅ、あー」
お湯は少し熱めだったが、久しぶりに足を伸ばして入ることが出来たのでとても気持ちが良かった。
「あれ・・・」
部屋に戻ると食事を載せた膳と冷えたビールが置かれていた。声を掛けたが誰もいないようだった。少し気味が悪かったが、お風呂に入っている間に持ってきてそのまま帰ったんだろうと思い直し、ありがたく頂くことにした。
食事は山菜の天麩羅と和え物、味噌汁にご飯と決して豪華なものではなかったが、地元で採れるものなのか、いつも食べているものとは違い素材の一つ一つの味がしっかりと感じられ、とても美味しかった。山道を歩いたこともありお腹が空いていたので、普段なら一杯で十分なはずが三杯も食べた。
食事のあと、男が膳を下げに来るかと思い、男が来たら色々聞いてみようと待っていたが一向に現れる気配がなかった。そうしているうちに強烈な眠気に襲われた。
「そうだ、携帯の充電・・・」
携帯の充電が切れかけていたことを思い出したが、辛うじて布団に入るのが精一杯だった。
布団に入ると直ぐに意識が遠のいて行った。完全に眠る前に部屋の襖が開き男が入って来るのを見た気がしたが、夢なのか現実なのか分からなかった。
目の前には古い学校の校舎のような2階建ての建物があり『霧山村役場』と黒々と書かれた木の銘版が掛けられていた。
朝早くに自宅を出て電車とバス乗り継ぎ、そこから随分と山道を登ってきた。もう夕方になっていた。
役場を見上げながら営業部にいる同期の斉藤から昨日聞いた話を思い出した。
いきなりの業務命令に戸惑いながら会社を出たところで、ちょうど営業から戻って来た斉藤とばったり会った。
同期といっても特に仲がいい訳ではなく普段は顔を会わせても二言三言簡単に話す程度でしかないが、営業部の斉藤ならこのプロジェクトや霧山村のことを知っているかもしれないと思い、会社に入ろうとした斉藤をなんとか呼び止め近くのカフェに連れて行った。
「え、あれ、お前がやるの」
斉藤がびっくりして言った。
「あれ、うちの大木課長と阪本主任が2人で行って駄目だってなったやつだぞ。それがなくならないってことは、やっぱりあれか・・・」
何か知っているような口振りだった。
「占いだな。多分・・・」
「何だその占いって」
斉藤が何を言っているのか分からなかった。
「いや、あくまで噂だけど・・・、社長、最近占いにはまったらしくって、このプロジェクトもその占い師に相談して出てきたって話なんだ。でも営業部の課長と主任が駄目だって判断した案件をそこまで引っ張るか、凄いな・・・」
どうやら社長が占い師に唆されて立ち上がったプロジェクトのため、さっさと諦めるわけにもいかず部長の登場となったようだった。
「それで霧山村のことについて課長は何か言ってなかったか」
少しでも情報があればと思い聞いてみた。企画書を読んだあとにネットで検索してみたが霧山村のことは何も出てこなかった。
「いや、実は2人とも村の近くまで行ったけど、余りにも遠くて着くのが遅くなったんで村には入らず早々に引き返してきたらしいんだ。兎に角、事業化するには駅や空港から遠すぎるって判断したらしい」
結局何も情報は得られずじまいだった。ただ後で村への行き方を主任に聞いてメールしてくれたので、迷わず来ることが出来た。
役場には電気がついていた。少しの間躊躇したが他に頼るところもないので役場に入ろうと近づくと役場の電気が消え男が出てきた。男は身長はそれほど高くはなかったが、肩幅が広く柔道でもやっていそうながっちりとした体格をしていた。
男は目の前に人が立っていることに驚いた様子だったが直ぐに笑顔を浮かべ話し掛けてきた。
「いやあ、巽さんですか。お待ちしてましたよ。もう来られないかと思い帰るところでした。いやあ、行き違いにならなくて良かった」
男が何故自分の名前を知っており待っていたのかが分からず、今度はこちらが驚いてしまった。
「あ、課長の林さんから電話があったんですよ。巽さんが今日行くから宜しくってね。・・・巽さんですよね」
男が心配そうに訪ねてきた。
「あ、ああ、はい。そ、そうです。いや、課長から話が・・・、そうですか」
課長がわざわざ連絡を入れているとは思わず意外だったが、役場に着いても何をどう話していいか思い付いていなかったのでほっとした。
「さ、さ、こちらへ。取り敢えず今日は集会所へ泊まって下さい。食事は後で運ばせますから。詳しい話は明日で。さ、さ、どうぞ」
言われるがまま後に続いた。男は役場の横に回って行ったが、そこから結構な坂道が山の上の方に伸びていた。周りはすっかり暗くなり電灯もないので何も見えなかったが、男は黙々と迷うことなく登って行った。男の足は速く後ろから早足で追いかけなければ置いて行かれそうだった。
さっき男が見せた柔和な笑顔を思い浮かべながら、こちらのペースを気にするそぶりも見せず決して振り返らない男に違和感を覚えた。
「さ、ここです」
早足で山道を登りいい加減疲れたと思ったとき、唐突に男が右手を指し示しながら言った。
そこには思いの他新しい平屋の建物が建っていた。中に入ると玄関のすぐ奥が20畳程の広間になっており、換えたばかりなのか真新しい畳の匂いがしていた。
「さ、どうぞ。これで寝て下さい」
そう言いながら男は奥の襖の向こうから布団を一式持ってきた。
「奥にお風呂も沸いてます。ゆっくり浸かって休んで下さい。私は食事の手配をしてきます」
そう言うと男はさっさと集会所を出ていった。話し掛けるタイミングが掴めず、男とは役場の前で話しただけでまだ名前も聞いていなかった。
部屋の中には何もなく仕方がないのでお風呂に入ることにした。
奥の襖を出ると廊下があり進んで行くと右側にトイレ、左側にお風呂があった。トイレもお風呂も新しく綺麗だった。湯船は大人が数人余裕で浸かれるほど大きかった。
「あ、あー、ふぅ、あー」
お湯は少し熱めだったが、久しぶりに足を伸ばして入ることが出来たのでとても気持ちが良かった。
「あれ・・・」
部屋に戻ると食事を載せた膳と冷えたビールが置かれていた。声を掛けたが誰もいないようだった。少し気味が悪かったが、お風呂に入っている間に持ってきてそのまま帰ったんだろうと思い直し、ありがたく頂くことにした。
食事は山菜の天麩羅と和え物、味噌汁にご飯と決して豪華なものではなかったが、地元で採れるものなのか、いつも食べているものとは違い素材の一つ一つの味がしっかりと感じられ、とても美味しかった。山道を歩いたこともありお腹が空いていたので、普段なら一杯で十分なはずが三杯も食べた。
食事のあと、男が膳を下げに来るかと思い、男が来たら色々聞いてみようと待っていたが一向に現れる気配がなかった。そうしているうちに強烈な眠気に襲われた。
「そうだ、携帯の充電・・・」
携帯の充電が切れかけていたことを思い出したが、辛うじて布団に入るのが精一杯だった。
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