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配属
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「ええ、山村さん。えっと、・・・むさし、かな。えっと山村むさしさん」
手元のファイルを少し離し、縁の黒い眼鏡をずらしながら見て、年配の女性が声を掛けてきた。
「あ、はい。僕ですけど・・・。あの、その、ムサシではなく、タケルです。山村武尊です」
タケルが座っていたパイプ椅子から立ち上がり、少し小さめの声で言った。
「あら、まあ、字が小さくて・・・、ほほほ。タケルさんですか。どうぞ、こちらに来て下さい」
その女性は、そう言うと廊下を歩き出した。
「あ、あの・・・、この部屋じゃないんですか」
タケルは、てっきり自分も他の同期と同じように目の前の部屋に入ると思っていたので、驚いて女性に声を掛けたが、女性は振り向きもせず、先に進んで行った。
タケルは仕方なく、女性の後について行くことにした。
タケルは、この春に大学を卒業し、大手銀行の一つである、あけぼの銀行に入ったばかりの新入行員だった。
四月一日の入行式のあと、新入行員はそのまま郊外の研修施設で、二週間の集合研修を受け、そして研修の最終日となる今日、本社で配属先の辞令を貰い、日本全国の支店に別れて行くことになっていた。
タケル以外の新入行員は、一人ずつさっき目の前にあった部屋に呼ばれ、配属先の辞令を貰っていたが、タケルの名前は、タケルが最後の一人になっても、暫くは呼ばれなかった。
いい加減タケルが心配になった頃、女性が現れたのだった。
廊下の突き当たりを右に曲がると、一台のエレベーターがあった。女性はそのエレベーターに乗ると、最上階のボタンを押した。
「え、えっ、えええ・・・」
タケルはエレベーター内の案内板を見て、大きな声を出してしまった。
最上階は役員専用フロアとなっていた。
女性はそんなタケルを気にする風もなく、黙ってタケルに背を向けて立っていた。
タケルには何が起きているのか、全く分からなかった。
最上階のフロアは、ホテルのロビーのように厚手の絨毯が敷かれ、受付が置かれていた。
女性は軽く会釈をしながら受付の前を素通りし、フロアの奥に進んで行った。
タケルは、全くタケルの方を見ずにまっすぐ前を見て歩く女性を追いかけながら、その足裏に伝わる柔らかな絨毯の感触に戸惑っていた。
「あ、す、す、すいません」
いきなり女性が止まったので、タケルは危うくぶつかりそうになり、謝った。
女性は立派な木製の大きなドアを、タケルが新人研修でならった通りに三回ノックし、部屋に入って行った。
「山村さんをお連れしました」
女性は大きな机に座り、手元の資料を熱心に読んでいる男性に声を掛けた。
男性は手元の資料を置き、顔を上げた。
タケルは男性の顔を見て、驚きで声が出なかった。
タケルの目の前にいる男性は、頭取として二週間前の入行式で挨拶をした人物だった。
「いやあ、どうも、わざわざ来てもらってすまない。君には私から辞令を渡そうと思ってね」
頭取はそう言いながら、机の上の書類箱から書類を手に取り、立ち上がった。
「はい、これが辞令です。山村武尊さん。ここは特別な部署だから最初は戸惑うと思うけど、大丈夫。周りの皆が助けてくれるから」
頭取が優しく言いながら、タケルに辞令を差し出した。
「総務部・・・、ん、何だ・・・マレイ課」
タケルは頭取の手から貰った辞令を見て、思わず呟いた。
「ああ、それはシンレイカだよ。読めないよねえ」
頭取が笑いながら言った。
タケルの手元の辞令には、タケルの配属先として「総務部真霊課」と書かれていた。
手元のファイルを少し離し、縁の黒い眼鏡をずらしながら見て、年配の女性が声を掛けてきた。
「あ、はい。僕ですけど・・・。あの、その、ムサシではなく、タケルです。山村武尊です」
タケルが座っていたパイプ椅子から立ち上がり、少し小さめの声で言った。
「あら、まあ、字が小さくて・・・、ほほほ。タケルさんですか。どうぞ、こちらに来て下さい」
その女性は、そう言うと廊下を歩き出した。
「あ、あの・・・、この部屋じゃないんですか」
タケルは、てっきり自分も他の同期と同じように目の前の部屋に入ると思っていたので、驚いて女性に声を掛けたが、女性は振り向きもせず、先に進んで行った。
タケルは仕方なく、女性の後について行くことにした。
タケルは、この春に大学を卒業し、大手銀行の一つである、あけぼの銀行に入ったばかりの新入行員だった。
四月一日の入行式のあと、新入行員はそのまま郊外の研修施設で、二週間の集合研修を受け、そして研修の最終日となる今日、本社で配属先の辞令を貰い、日本全国の支店に別れて行くことになっていた。
タケル以外の新入行員は、一人ずつさっき目の前にあった部屋に呼ばれ、配属先の辞令を貰っていたが、タケルの名前は、タケルが最後の一人になっても、暫くは呼ばれなかった。
いい加減タケルが心配になった頃、女性が現れたのだった。
廊下の突き当たりを右に曲がると、一台のエレベーターがあった。女性はそのエレベーターに乗ると、最上階のボタンを押した。
「え、えっ、えええ・・・」
タケルはエレベーター内の案内板を見て、大きな声を出してしまった。
最上階は役員専用フロアとなっていた。
女性はそんなタケルを気にする風もなく、黙ってタケルに背を向けて立っていた。
タケルには何が起きているのか、全く分からなかった。
最上階のフロアは、ホテルのロビーのように厚手の絨毯が敷かれ、受付が置かれていた。
女性は軽く会釈をしながら受付の前を素通りし、フロアの奥に進んで行った。
タケルは、全くタケルの方を見ずにまっすぐ前を見て歩く女性を追いかけながら、その足裏に伝わる柔らかな絨毯の感触に戸惑っていた。
「あ、す、す、すいません」
いきなり女性が止まったので、タケルは危うくぶつかりそうになり、謝った。
女性は立派な木製の大きなドアを、タケルが新人研修でならった通りに三回ノックし、部屋に入って行った。
「山村さんをお連れしました」
女性は大きな机に座り、手元の資料を熱心に読んでいる男性に声を掛けた。
男性は手元の資料を置き、顔を上げた。
タケルは男性の顔を見て、驚きで声が出なかった。
タケルの目の前にいる男性は、頭取として二週間前の入行式で挨拶をした人物だった。
「いやあ、どうも、わざわざ来てもらってすまない。君には私から辞令を渡そうと思ってね」
頭取はそう言いながら、机の上の書類箱から書類を手に取り、立ち上がった。
「はい、これが辞令です。山村武尊さん。ここは特別な部署だから最初は戸惑うと思うけど、大丈夫。周りの皆が助けてくれるから」
頭取が優しく言いながら、タケルに辞令を差し出した。
「総務部・・・、ん、何だ・・・マレイ課」
タケルは頭取の手から貰った辞令を見て、思わず呟いた。
「ああ、それはシンレイカだよ。読めないよねえ」
頭取が笑いながら言った。
タケルの手元の辞令には、タケルの配属先として「総務部真霊課」と書かれていた。
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