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第二章
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放課後。僕は白峰茜との約束を守り、無人の空き教室まで来ていた。
僕自身、彼女との約束は守りたくない。悪意の聞こえない彼女の悪意を引き出したくない上に、クラスメイトが見ている前で言われてしまっては僕には約束を守るという選択肢しか残されていなかっただけだ。
はあ……。とため息をつく。どうしてこんなことになってしまったのだろう。僕は、高校生の間、ずっと一人で過ごすつもりだったのに……
考えを巡らせていると、教室の扉がガラリと音を立てて開いた。
白峰茜だ。
「あ、もう来てたんだ。ごめん待った?」
「そんなに待ってないです」
「良かった」
彼女が安堵の息を漏らす。
「じゃあ、さっそく本題なんだけど……空太君は何に怯えているの?」
彼女の問いかけに一瞬体が硬直する。
え?え?
「あ、ごめん。聞こえなかった」
「だ……だいじょうぶ……です」
何とか声を絞り出して答える。
正直、昨日のような質問をされることは想定していた。回避方法こそ思いついていなかったが、ズルズルと回答を引き延ばすことによって最適な質問の回避方法が見つかるだろうと考えていた。
だが、彼女から出てきた問いは、僕の想像を遥かに超えていて、同時に僕にとって一番恐ろしい質問であった。
「じゃあ、答えて空太君。あなたは一体何に怯えているの?」
「あ……あ……」
再度問われて何か言わなければと声を出そうとするが口から発せられるのは声になっていない声だけだ。
「呻いているだけじゃわからない。教えて空太君、あなたは何に怯えているの?」
三度目の問い。今度こそ何か答えなければと口を開こうとしたとき身体は反射的に教室の扉に向かっていた。
「ちょっ、空太君!?」
彼女はそんな僕の手を慌ててつかむ。
「はな……して……く゚だ……さい……」
理性では質問に答えなければと思っている。だが心は逃げたがっていた。その質問にだけは答えたくないと悲鳴を上げていた。
「うんん。離さない。空太君が質問に答えてくれるまで」
無情にも彼女が再度通告してくる。
「離してくださいよ!」
大声を張り上げる。
こうなってしまったらもう、どうでも良かった。彼女が僕の手を放してくれさえすれば彼女や周りの人から悪意を向けられても構わない。彼女の質問に答えるより幾分かましだ。
だが、自棄になった僕を見ても、彼女は僕の手をつかむ力を緩めない。それどころかその力は必死に振りほどこうとしても振りほどけないほどにどんどん強くなっている。
どうして、どうして!
イライラする。どうして、僕なんかに構うのだろう。僕みたいなやつ放っておけばいいのに。
次第に僕の中で怒りが、不満が溜まっていく。そして、怒りはとうとう声になった。
「大体、どうして陰キャで一人でいる僕なんかに構うんですか!?陽キャは陽キャ同士でつるんでいればいいじゃないですか!?」
「私が空太君を構うのは私がそうしたいから。それじゃあ駄目?」
「なんで、こんなに怒りを見せているのに僕の手を放してくれないんですか?僕なんか放っておけばいいのに!?」
「手を離さないのは、手を離したら空太君が私の手の届かないところまで行っちゃいそうだから。それと『僕なんか』なんて言わないで。空太君は『なんか』じゃない」
「なんで僕の領域に踏み込む質問をしたんですか?放っておいてくれればいいのに!」
「空太君の領域に踏み込む質問をしたのは、いつも一人でいる空太君を助けたかったから。空太君が怯えているものを知ることで空太君が楽に生きられる環境を作りたかったから。それに放っておくなんてできなかった。だって一人でいる時の空太君、いつも辛そうだったから」
僕がどれだけ彼女に対する不満を喚き散らしても彼女は引いてはくれない。それどころか優しい言葉をかけてくれる。
彼女から悪意は聞こえない。あれだけの感情に任せた怒号を聞いても彼女は悪意を持たずに僕の不満に一々優しい言葉をかけてくれている。
「どうして……」
声にならない声で呟く。
膝から崩れ落ち、そのまま涙を流しそうになる。それをギリギリでせき止める。
瞬間、暖かい感触があった。彼女が僕を静かに抱き寄せてくれていた。
「泣きたいなら泣けばいい。泣いているのが私のせいなら思いっきり罵倒してくれたって構わない。だから好きなだけ泣いて」
その言葉で僕は我慢の限界を迎えた。
せき止められていた涙は一気に溢れ、泣き声は次第に嗚咽へと変わっていく。
「うわあああああああああああああああああああああああ!?」
そうして僕は一生分流れたんじゃないかというほどの涙を流した。
その間、彼女はずっと僕のことを抱きしめてくれていた。
彼女から悪意は聞こえなかった。
どうして彼女から悪意が聞こえないのかようやくわかった。
彼女が純粋に優しいからだ。それ以外の理由なんてなかったんだ。
彼女になら打ち明けてもいいのかもしれない。
彼女はあいつじゃない。打算的な考えなんて存在しないだろう。
現状は変わらないかもしれない。いや、変わらないだろう。でも、それでも……
「あの……」
「ん。何?」
「聞いてくれますか、僕が怯えているもの?」
「もちろん!」
彼女は笑って答えてくれる。
僕は一泊置いて話を始めた。
「僕は人の悪意を聞くことができるんです」
僕自身、彼女との約束は守りたくない。悪意の聞こえない彼女の悪意を引き出したくない上に、クラスメイトが見ている前で言われてしまっては僕には約束を守るという選択肢しか残されていなかっただけだ。
はあ……。とため息をつく。どうしてこんなことになってしまったのだろう。僕は、高校生の間、ずっと一人で過ごすつもりだったのに……
考えを巡らせていると、教室の扉がガラリと音を立てて開いた。
白峰茜だ。
「あ、もう来てたんだ。ごめん待った?」
「そんなに待ってないです」
「良かった」
彼女が安堵の息を漏らす。
「じゃあ、さっそく本題なんだけど……空太君は何に怯えているの?」
彼女の問いかけに一瞬体が硬直する。
え?え?
「あ、ごめん。聞こえなかった」
「だ……だいじょうぶ……です」
何とか声を絞り出して答える。
正直、昨日のような質問をされることは想定していた。回避方法こそ思いついていなかったが、ズルズルと回答を引き延ばすことによって最適な質問の回避方法が見つかるだろうと考えていた。
だが、彼女から出てきた問いは、僕の想像を遥かに超えていて、同時に僕にとって一番恐ろしい質問であった。
「じゃあ、答えて空太君。あなたは一体何に怯えているの?」
「あ……あ……」
再度問われて何か言わなければと声を出そうとするが口から発せられるのは声になっていない声だけだ。
「呻いているだけじゃわからない。教えて空太君、あなたは何に怯えているの?」
三度目の問い。今度こそ何か答えなければと口を開こうとしたとき身体は反射的に教室の扉に向かっていた。
「ちょっ、空太君!?」
彼女はそんな僕の手を慌ててつかむ。
「はな……して……く゚だ……さい……」
理性では質問に答えなければと思っている。だが心は逃げたがっていた。その質問にだけは答えたくないと悲鳴を上げていた。
「うんん。離さない。空太君が質問に答えてくれるまで」
無情にも彼女が再度通告してくる。
「離してくださいよ!」
大声を張り上げる。
こうなってしまったらもう、どうでも良かった。彼女が僕の手を放してくれさえすれば彼女や周りの人から悪意を向けられても構わない。彼女の質問に答えるより幾分かましだ。
だが、自棄になった僕を見ても、彼女は僕の手をつかむ力を緩めない。それどころかその力は必死に振りほどこうとしても振りほどけないほどにどんどん強くなっている。
どうして、どうして!
イライラする。どうして、僕なんかに構うのだろう。僕みたいなやつ放っておけばいいのに。
次第に僕の中で怒りが、不満が溜まっていく。そして、怒りはとうとう声になった。
「大体、どうして陰キャで一人でいる僕なんかに構うんですか!?陽キャは陽キャ同士でつるんでいればいいじゃないですか!?」
「私が空太君を構うのは私がそうしたいから。それじゃあ駄目?」
「なんで、こんなに怒りを見せているのに僕の手を放してくれないんですか?僕なんか放っておけばいいのに!?」
「手を離さないのは、手を離したら空太君が私の手の届かないところまで行っちゃいそうだから。それと『僕なんか』なんて言わないで。空太君は『なんか』じゃない」
「なんで僕の領域に踏み込む質問をしたんですか?放っておいてくれればいいのに!」
「空太君の領域に踏み込む質問をしたのは、いつも一人でいる空太君を助けたかったから。空太君が怯えているものを知ることで空太君が楽に生きられる環境を作りたかったから。それに放っておくなんてできなかった。だって一人でいる時の空太君、いつも辛そうだったから」
僕がどれだけ彼女に対する不満を喚き散らしても彼女は引いてはくれない。それどころか優しい言葉をかけてくれる。
彼女から悪意は聞こえない。あれだけの感情に任せた怒号を聞いても彼女は悪意を持たずに僕の不満に一々優しい言葉をかけてくれている。
「どうして……」
声にならない声で呟く。
膝から崩れ落ち、そのまま涙を流しそうになる。それをギリギリでせき止める。
瞬間、暖かい感触があった。彼女が僕を静かに抱き寄せてくれていた。
「泣きたいなら泣けばいい。泣いているのが私のせいなら思いっきり罵倒してくれたって構わない。だから好きなだけ泣いて」
その言葉で僕は我慢の限界を迎えた。
せき止められていた涙は一気に溢れ、泣き声は次第に嗚咽へと変わっていく。
「うわあああああああああああああああああああああああ!?」
そうして僕は一生分流れたんじゃないかというほどの涙を流した。
その間、彼女はずっと僕のことを抱きしめてくれていた。
彼女から悪意は聞こえなかった。
どうして彼女から悪意が聞こえないのかようやくわかった。
彼女が純粋に優しいからだ。それ以外の理由なんてなかったんだ。
彼女になら打ち明けてもいいのかもしれない。
彼女はあいつじゃない。打算的な考えなんて存在しないだろう。
現状は変わらないかもしれない。いや、変わらないだろう。でも、それでも……
「あの……」
「ん。何?」
「聞いてくれますか、僕が怯えているもの?」
「もちろん!」
彼女は笑って答えてくれる。
僕は一泊置いて話を始めた。
「僕は人の悪意を聞くことができるんです」
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