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優しいあなたは……
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部長との話が終わった美紅は、部長室を出ると直ぐに千秋に呼び止められた。もう決定したことだが、東堂ホールディングスへの移籍の話がある事は千秋にはしたくないと思った。
「少し話がしたい。美紅に聞きたいこともあるし」
少しだけならと、会社の広場のオープンカフェで、二人はコーヒーを飲む事にした。
「シェアハウスを出て行くって前に亘理に聞いた。もう引っ越したの?まだなら俺は実家に帰るから、マンションは美紅が使えば良いよ。家賃は俺が払うから」
龍彦とそんな話をしているんだと美紅は恥ずかしくなる。
千秋はジッと美紅を見ている。
「ううん、まだ。でもあのマンションじゃ私一人で住むには広すぎて寂しいし、思い出がいっぱいあって辛いから無理だよ」
本当なら、今だって幸せに暮らしていたはず。
千秋の裏切りがなければ、ここでこんな形で向かい合って、コーヒーを啜ることもなかった。
「ごめん。俺と住んでいたマンションなんて嫌だよね。無神経だったね。とにかく家賃は払うから、気に入ったところがあったら遠慮なく言って」
美紅のためにと思ったが、美紅が帰れなくしたのは自分だと千秋は思った。
せめて、できる事で償いたかった。
「ううん。もうずっとシェアハウスに居るつもり。みんなと離れたくないから」
まだ龍彦と一緒に生活するのかと思うと、千秋はどうしてもやり切れない思いになる。嫉妬する資格もないのに、美紅と龍彦を離したくて仕方ない。
「そうなんだ。すっかり馴染んでいるんだね」
「…………私たち離婚したんだから、もう私のこと気にしないで。心配してくれてありがとう。もうあの人と付き合っても良いし、千秋さんの好きにして良いよ」
美紅は、本当はこんな事は言いたくなかった。もう二度と美奈子に会って欲しくもない。
それでも千秋から逃げた自分が、千秋を束縛する理由もない。
「もう二度と川瀬には会わない。美紅はちゃんと幸せになれよ。ちゃんと美紅を大事にしてくれる奴と幸せになること祈ってる。じゃあ」
居た堪れなくなり、千秋は先に立ち上がった。
美紅に許して欲しい。
でもそれを言うことができない以上、そばにいるのが辛い。
「千秋さん!私、千秋さんと結婚できて良かったよ。千秋さんのこと、本当に大好きだったし愛してた」
美紅の言葉に千秋は立ち止まる。
気持ちが抑えられなくなる。
今ここで土下座してでも、美紅に縋りつきたい。
でも、そんな事をすれば困るのは美紅だ。
もう美紅に嫌われたくなかった。
「俺もだよ。本当はまだやり直したいって思ってる。無理だってわかっても、どうにかして許して欲しいって思ってる。未練たらしくてごめん」
千秋はそれだけがやっと言えた。
もちろん本心だった。
「ごめんなさい」
でもそれを美紅は受け入れられない。
「美紅が謝ることじゃないでしょ。でももしいつか許されるなら…………」
「え?」
「ううん。マジ、未練たらたらでカッコ悪いよな。また仕事で会ったら普通に話しかけて。それ以上は望まないから」
もう戻れない。
戻らない。
それでも千秋は美紅の笑顔が見たいと思った。
「はい。また仕事でよろしくです」
美紅は笑顔を見せてはくれなかったが、千秋はにっこり笑って立ち去る。
千秋はふと振り返り、遠く離れていく美紅の後ろ姿を見ながら、自分への愛情が美紅から完全に無くなっていることに気がついた。
「少し話がしたい。美紅に聞きたいこともあるし」
少しだけならと、会社の広場のオープンカフェで、二人はコーヒーを飲む事にした。
「シェアハウスを出て行くって前に亘理に聞いた。もう引っ越したの?まだなら俺は実家に帰るから、マンションは美紅が使えば良いよ。家賃は俺が払うから」
龍彦とそんな話をしているんだと美紅は恥ずかしくなる。
千秋はジッと美紅を見ている。
「ううん、まだ。でもあのマンションじゃ私一人で住むには広すぎて寂しいし、思い出がいっぱいあって辛いから無理だよ」
本当なら、今だって幸せに暮らしていたはず。
千秋の裏切りがなければ、ここでこんな形で向かい合って、コーヒーを啜ることもなかった。
「ごめん。俺と住んでいたマンションなんて嫌だよね。無神経だったね。とにかく家賃は払うから、気に入ったところがあったら遠慮なく言って」
美紅のためにと思ったが、美紅が帰れなくしたのは自分だと千秋は思った。
せめて、できる事で償いたかった。
「ううん。もうずっとシェアハウスに居るつもり。みんなと離れたくないから」
まだ龍彦と一緒に生活するのかと思うと、千秋はどうしてもやり切れない思いになる。嫉妬する資格もないのに、美紅と龍彦を離したくて仕方ない。
「そうなんだ。すっかり馴染んでいるんだね」
「…………私たち離婚したんだから、もう私のこと気にしないで。心配してくれてありがとう。もうあの人と付き合っても良いし、千秋さんの好きにして良いよ」
美紅は、本当はこんな事は言いたくなかった。もう二度と美奈子に会って欲しくもない。
それでも千秋から逃げた自分が、千秋を束縛する理由もない。
「もう二度と川瀬には会わない。美紅はちゃんと幸せになれよ。ちゃんと美紅を大事にしてくれる奴と幸せになること祈ってる。じゃあ」
居た堪れなくなり、千秋は先に立ち上がった。
美紅に許して欲しい。
でもそれを言うことができない以上、そばにいるのが辛い。
「千秋さん!私、千秋さんと結婚できて良かったよ。千秋さんのこと、本当に大好きだったし愛してた」
美紅の言葉に千秋は立ち止まる。
気持ちが抑えられなくなる。
今ここで土下座してでも、美紅に縋りつきたい。
でも、そんな事をすれば困るのは美紅だ。
もう美紅に嫌われたくなかった。
「俺もだよ。本当はまだやり直したいって思ってる。無理だってわかっても、どうにかして許して欲しいって思ってる。未練たらしくてごめん」
千秋はそれだけがやっと言えた。
もちろん本心だった。
「ごめんなさい」
でもそれを美紅は受け入れられない。
「美紅が謝ることじゃないでしょ。でももしいつか許されるなら…………」
「え?」
「ううん。マジ、未練たらたらでカッコ悪いよな。また仕事で会ったら普通に話しかけて。それ以上は望まないから」
もう戻れない。
戻らない。
それでも千秋は美紅の笑顔が見たいと思った。
「はい。また仕事でよろしくです」
美紅は笑顔を見せてはくれなかったが、千秋はにっこり笑って立ち去る。
千秋はふと振り返り、遠く離れていく美紅の後ろ姿を見ながら、自分への愛情が美紅から完全に無くなっていることに気がついた。
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