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otto
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HCUから無事に一般病棟に工は移ったが、体力が回復していないせいか口数も少なく、目を瞑ってばかりだった。
それでも真春は毎日病室にやってきて、献身的に看病していた。
やっと少しずつ容態が安定して来ると、工は目を覚ましている事が多くなった。それでも工から口を開く事はなかったが、静かな時を過ごせるのが真春にとっては幸せだった。
「随分安定してきて良かった。個室だからお見舞いも気兼ねもないし」
真春は工の手を摩る。
落ち着いて工の看病がしたいのもあるが、ふたりきりになれるように個室にした。
「大学、ちゃんと行ってくださいね。俺は、もう大丈夫ですから」
「分かってる。ちゃんと行ってるから気にしないで。それよりも早く元気になってもらわないと。俺の送迎はやっぱり工じゃないとさ」
真春が笑顔で言うと、工は無表情なまま外に目を向けた。
「不思議なもんですよ。いつ死んだって良いって気持ちでこの世界に入ったのに」
ポツリポツリと工は言葉を発する。
「どうでも良かったのに。どうでも良いとずっと思っていたのに。誰かにこの命を奪われても良いと、ずっと思っていたのに」
工は外に顔を向けたまま語り続ける。
「そんな事言わないでよ!俺のせいで工が死んだら、俺、後悔してた!死ななくて、本当に良かったんだよ!」
真春は工を気遣いながら、そっと腕に手を触れた。
「ええ。真春さんが無事で本当に良かった。守れなかったら頭に怒られますから」
達観した顔で工は真春を見て言う。
「真幸さんのことなんて気にしなくて良いよ!工が無事だって分かってるのに、あの人一度も見舞いにも来ないんだから!」
工はフッと笑った。
真幸が姿を現さないのは、わざとだと分かっている。
きっと自分に姿を見せられない理由があるんだと思った。
でも、もうそれを詮索するつもりもなかった。
「…………いざとなると、人間欲が出るもんですね。死にたい、なんて考えていながら、俺は刺されたナイフを意識的に抜き取る事ができなかった。どこかで、死にたくないと思ってしまった。生きたいと、思ってはいけないのに思ってしまった」
工は死ねなかったことに弱音を吐く。
自分が生きることに執着してしまったことに罪悪感を抱く。
「どうして、生きたいと思ったらダメなんだよ!工はなんでそうやって生きてることに後悔してるんだよ!」
工の心の闇が真春には全く分からない。
何にこんなに縛られて、どんな十字架を背負っているのか知りたくて仕方ない。
「俺に話しても楽にはならないだろうけど、俺は工の気持ちを少しでも楽にしたい!俺に無理だと分かってるけど、それでも、工が自由に生きたいと思って欲しい!」
力説する真春に工はただ微笑む。
その穏やかな微笑みが、真春は不安になる。
「思ったんです。俺の居場所は、もうとっくになくなっていたんだって。必要とされる価値のない人間なんだって。だから、誰かのために、この命が無くなっても良いって。それが俺の最期に相応しいって。だから頭に出会って、頭の為に死のうと思って今日まで来ました」
真幸のために生きていると言われて、真春は胸が苦しくなる。
工を生かすも殺すも真幸次第なんだと思った。
「いざとなって死ねなかったのは、あなたを守らなくてはいけないと思ったからだ。ちゃんとあなたが安全な場所に戻るまで、死んではいけないと思った」
ナイフを抜けなかったのは、生きることを選んだのは、多少なりとも自分の事を思ってのことだと知り真春は嬉しくなった。
「…………ありがとう。守ってくれて。それが真幸さんの命令だったとしても俺は嬉しい。俺は工に死んで欲しくない」
真春は泣きそうになった。
工に寄り添い続けたいと思った。
「時間はかかっても、ちゃんと元の体に戻れるようにします。だから、もう大丈夫です。真春さんは大学を優先してください。頭の舎弟方も世話をしてくれてますから」
工がやんわりと、真春を遠ざけようとしていると真春にも分かっている。
「無理のないように工の世話をしてるんだから、工は余計なこと気にしないでよ。リハビリだって無理しないでね」
真春の言葉に工は頷く。
「すみません。少し眠くなってきました。眠らせてください」
工はそう言うと目を瞑った。
「うん。また、明日来るね。おやすみ」
真春も素直に病室を出た。
病室の外には、飯塚組長の子分が立っていた。
八神の件がまだ解決してないので、真春の護衛になって側にいる。
「帰るよ」
真春が声を掛けると、護衛の子分は真春の後ろにピッタリと付いた。
早く工が良くなって、また工に側に居て欲しいと真春は願った。
真春が帰ると工は目を開け、ひとりになってホッとする。
もう真春の側に居てはいけないと思った。
それでも真春は毎日病室にやってきて、献身的に看病していた。
やっと少しずつ容態が安定して来ると、工は目を覚ましている事が多くなった。それでも工から口を開く事はなかったが、静かな時を過ごせるのが真春にとっては幸せだった。
「随分安定してきて良かった。個室だからお見舞いも気兼ねもないし」
真春は工の手を摩る。
落ち着いて工の看病がしたいのもあるが、ふたりきりになれるように個室にした。
「大学、ちゃんと行ってくださいね。俺は、もう大丈夫ですから」
「分かってる。ちゃんと行ってるから気にしないで。それよりも早く元気になってもらわないと。俺の送迎はやっぱり工じゃないとさ」
真春が笑顔で言うと、工は無表情なまま外に目を向けた。
「不思議なもんですよ。いつ死んだって良いって気持ちでこの世界に入ったのに」
ポツリポツリと工は言葉を発する。
「どうでも良かったのに。どうでも良いとずっと思っていたのに。誰かにこの命を奪われても良いと、ずっと思っていたのに」
工は外に顔を向けたまま語り続ける。
「そんな事言わないでよ!俺のせいで工が死んだら、俺、後悔してた!死ななくて、本当に良かったんだよ!」
真春は工を気遣いながら、そっと腕に手を触れた。
「ええ。真春さんが無事で本当に良かった。守れなかったら頭に怒られますから」
達観した顔で工は真春を見て言う。
「真幸さんのことなんて気にしなくて良いよ!工が無事だって分かってるのに、あの人一度も見舞いにも来ないんだから!」
工はフッと笑った。
真幸が姿を現さないのは、わざとだと分かっている。
きっと自分に姿を見せられない理由があるんだと思った。
でも、もうそれを詮索するつもりもなかった。
「…………いざとなると、人間欲が出るもんですね。死にたい、なんて考えていながら、俺は刺されたナイフを意識的に抜き取る事ができなかった。どこかで、死にたくないと思ってしまった。生きたいと、思ってはいけないのに思ってしまった」
工は死ねなかったことに弱音を吐く。
自分が生きることに執着してしまったことに罪悪感を抱く。
「どうして、生きたいと思ったらダメなんだよ!工はなんでそうやって生きてることに後悔してるんだよ!」
工の心の闇が真春には全く分からない。
何にこんなに縛られて、どんな十字架を背負っているのか知りたくて仕方ない。
「俺に話しても楽にはならないだろうけど、俺は工の気持ちを少しでも楽にしたい!俺に無理だと分かってるけど、それでも、工が自由に生きたいと思って欲しい!」
力説する真春に工はただ微笑む。
その穏やかな微笑みが、真春は不安になる。
「思ったんです。俺の居場所は、もうとっくになくなっていたんだって。必要とされる価値のない人間なんだって。だから、誰かのために、この命が無くなっても良いって。それが俺の最期に相応しいって。だから頭に出会って、頭の為に死のうと思って今日まで来ました」
真幸のために生きていると言われて、真春は胸が苦しくなる。
工を生かすも殺すも真幸次第なんだと思った。
「いざとなって死ねなかったのは、あなたを守らなくてはいけないと思ったからだ。ちゃんとあなたが安全な場所に戻るまで、死んではいけないと思った」
ナイフを抜けなかったのは、生きることを選んだのは、多少なりとも自分の事を思ってのことだと知り真春は嬉しくなった。
「…………ありがとう。守ってくれて。それが真幸さんの命令だったとしても俺は嬉しい。俺は工に死んで欲しくない」
真春は泣きそうになった。
工に寄り添い続けたいと思った。
「時間はかかっても、ちゃんと元の体に戻れるようにします。だから、もう大丈夫です。真春さんは大学を優先してください。頭の舎弟方も世話をしてくれてますから」
工がやんわりと、真春を遠ざけようとしていると真春にも分かっている。
「無理のないように工の世話をしてるんだから、工は余計なこと気にしないでよ。リハビリだって無理しないでね」
真春の言葉に工は頷く。
「すみません。少し眠くなってきました。眠らせてください」
工はそう言うと目を瞑った。
「うん。また、明日来るね。おやすみ」
真春も素直に病室を出た。
病室の外には、飯塚組長の子分が立っていた。
八神の件がまだ解決してないので、真春の護衛になって側にいる。
「帰るよ」
真春が声を掛けると、護衛の子分は真春の後ろにピッタリと付いた。
早く工が良くなって、また工に側に居て欲しいと真春は願った。
真春が帰ると工は目を開け、ひとりになってホッとする。
もう真春の側に居てはいけないと思った。
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