恋するシャボン玉(鳴かない杜鵑 side episode2)

五嶋樒榴

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No.1 恋するシャボン玉

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蒲田の町工場の社長が亡くなり、そのフィリピン人妻は、息子と生きていくためにソープで働いている。

あの息子が吹いて飛ばした無数のシャボン玉が、高く高く屋根まで飛んだ光景が目に浮かんだ。
人生、落ちるのは簡単だ。
這い上がるより容易い。
俺がどうしてこのヤクザ稼業にまで身を落としたかも、実に簡単なこと。
楽な方に逃げれば逃げるほど、抜け出せない闇に堕ちていくだけなんだ。
いつか自由になりたいと思っていながら、俺は真逆の道を自ら選んでしまった。
この先の未来も全く分からない。

23で家を出て、それなりに昔のダチとも付き合いがあった。
早いやつはもう23の時には子供がいたりして、やんちゃな奴あるあるだと思ったよ。

「秋はまだ女いないのかよ」

高校の時、1番仲の良かった一歩かずほが言った。
一歩はできちゃった婚で23で一児のパパ。

「そうなんだよねー。全く、困るよねー」

一歩の娘を抱っこしてあやしながら俺は言った。
生後半年ぐらい。一歩に似なくて良かったねと俺は心の中で呟いた。
ぷくぷくの柔らかい手を、あむあむと口一杯しゃぶりながら、一歩の娘はご機嫌だった。

「そういや奥さんは?」

来てからまだ一度も姿を見てない。

「買い物に出てる。出かけるとなげーんだよ、女ってさ」

一歩が笑う。
そんなものなんだ。
俺の知らない世界。
そうやって外で息抜きしてるんだろうなと俺は思った。

「ふにゃ、ふにゃあッ」

一歩の娘がぐずり出した。
ブリブリブリと勢いよく爆裂音。
俺はつい笑ってしまった。

「あ、出たッ!よしよし、パパのところおいで。キレイキレイしてこような」

俺は一歩に娘を返した。
すっかりパパの顔の一歩を見て笑った。

「なんだよ!何笑ってんだよ」

真っ赤になって一歩は俺を睨む。

「ちゃんとパパしてるなって思ってさ。一歩は元々優しいから、当たり前の風景なんだろうけど、なんか微笑ましいぜ」

からかったわけじゃない。本気でそう思った。
こう言う幸せもあるんだなって、少しだけ羨ましい。
俺には見えない風景。

一歩は隣の部屋でオムツを替え始めた。
ツンとした、赤ん坊の独特な匂いが風に流れてきた。

「微笑ましいかね。でも結構大変だぜ。一晩中夜泣きもすれば、まるで手がつけられないほど癇癪起こして、壊れるんじゃないかって大声で泣きまくる時もあるし、突然グッタリして熱出す時もあるしな。手がかかるんだぜ」

愚痴が愚痴に聞こえないほど穏やかな横顔で一歩はオムツを替え終わった。
気持ちよくなった娘はまたご機嫌でニコニコ笑う。
本当に愛想のいい娘だと思った。

「何か悩み事でもあるのか?」

一歩がおむつを捨てて、真剣な顔で俺を見る。

「悩みっちゃ悩み。違うっちゃ違う」

「どっちだよ」

そう言って一歩は笑う。

「んー、俺さ、インポになったみたい」

さらっと俺はカミングアウトした。一歩はびっくりして俺を見る。

「いつから?」

「気がついたのは最近。シコっても勃たねぇ」

あははと俺は笑ってみた。
俺にとっては、インポは深刻な悩みじゃない。
原因が分かっているのと、正直性欲もない。

「前まで彼女いたよな?確か。別れたのが原因か?」

一歩の言葉に俺は苦笑い。

あいつのことを彼女と言う設定で話したことがあった。
だから一歩は俺が女とやりまくっていたと思ってる。
本当は、俺がケツ掘られまくってた。
でも、その時はもちろんインポでもない。

「ま、そのうち治るだろう。今度風俗でも行くか?」

一歩がにやけて言った瞬間玄関が開いた。

「ただいま。遅くなってごめんね。秋君、いらっしゃい」

一歩の妻がいいタイミングで帰ってきた。
まるで旦那が浮気をしそうになったのをキャッチしたかのように。

「お邪魔してます。娘可愛いな。ゆうちゃんに似たんだね」

お世辞でご機嫌を取ってみた。一歩の妻はニコニコで、そのおかげか旨い飯に俺はありつけた。

一歩は結局俺と風俗に行きそびれた。
幸せなんだからいいじゃん。俺はそう思う。
荒波立てない生活が1番なんだよ。
俺は、全てを壊してしまったから、平凡な幸せに憧れる。

その後、もっと世間の荒波に、俺は揉まれることになる。
それからただ5年生きるためだけの生活だった。
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