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透明な水
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美緒は寿司が好物だったので、泉水は行きつけの寿司屋に美緒と美緒の母親を連れて行った。
美緒が食べやすいように大将は、それぞれのネタに合うように、醤油、甘だれは刷毛で塗り配慮してくれた。
美緒は見えないのが嘘のように大将の説明を聞きながら、それぞれのネタを愉しんだ。
「いくらでも好きに頼んでね。美緒君が美味しそうに食べてくれて本当に嬉しいよ」
泉水は美緒の母親と大吟醸を味わいながら美緒を見つめる。
「ありがとうございます。じゃあ、中とろください」
「この子ったら。すみません、遠慮を知らなくて」
恐縮する母親に泉水は微笑む。
「いいえ。本当にそんな美緒君が大好きですから。美緒君と出会えて知り合えて、私は本当に美緒君にもお母さんにも感謝です」
泉水の言葉が嬉しくて母親は涙ぐむ。
食事を終え、泉水はタクシーを止めた。
「お母さん、お母さんだけ先に帰って。御笠社長。もう少しだけ僕に時間をください。ダメですか?」
美緒の申し出に泉水は驚いたが、泉水は良いよと返事をした。
「責任を持ってお送りします」
泉水がそう言うと、母親は何度もお辞儀をして先に帰って行った。
「ありがとう、社長」
にっこり美緒は微笑む。
「美緒君。そろそろ私のことを名前で呼んでくれないかい?どうも他人行儀というか、私は美緒君を友達だと思ってるんだよ」
美緒の肩に手を置き、泉水は優しく美緒に言った。
「分かりました。泉水さん」
にっこり笑った美緒が可愛くて堪らない。本当に天使にしか見えない。
「では王子様。どちらに参りましょうか?」
泉水が手を握ってエスコートすると美緒は杖を付くのをやめた。
「前に話していたバーに連れて行ってください。妖しいマスターに会ってみたいです」
泉水はフッと笑った。考えてみれば美緒はもう26歳。十分大人だった。
「承知しました。では、私の腕におつかまりください。ここからすぐなので歩いていきましょう」
美緒は泉水に腕を組むと楽しそうに歩き始めた。
重厚なドアを開けると、いつものように妖しいマスターが美しい微笑みで出迎えてくれた。
「今日は私の大事な友達を連れてきたんだが」
泉水がそう言うと、マスターは美緒を見て驚いた。
「夕月美緒さんですね。お会いできるなんてとても嬉しいです」
マスターはそう言って泉水と美緒を奥のソファー席に案内した。
「お飲み物はいかがしますか?」
「素敵な声ですね。聞いているだけで、お顔が浮かんできそうです」
美緒は声が聞こえる方向を見ている。そこにはマスターがちゃんと居る。
「ありがとうございます。美緒さんには、私の顔がどんな風に見えているのか、とても知りたいです」
熱い眼差しでマスターは美緒を見つめる。
「目鼻立ちが整っていて、少し切れ長の目。薄い唇。とても美しい人」
まるで本当に見えているように美緒はぴったりと言い当てた。
「泉水さん。ご自分の印象を美緒さんにお話ししてますね」
ジロリとマスターは泉水を笑って睨む。
「やっぱりバレたか」
泉水は笑う。
「でも、良い印象を言っていただけて嬉しいです」
マスターの美しい笑顔に泉水は魅了された。
「でも、本当に見えてきそうです。声だけでも僕の心の目に見えるんです。良い人か悪い人かも。マスターは……」
「私は?」
「ドSでしょ」
天使の微笑みにマスターは何も言い返せなかった。ちらっと泉水を見たが泉水は首を振る。
「僕、生まれた時から目が見えなくて、とても大人しくて引っ込み思案だったんです。でもある時気がついたんです。周りの音が、僕に色々語りかけているように聞こえてきたんです。人の喜怒哀楽、全ての感情が見えてくるようになりました」
天才は、本当に存在するんだと泉水とマスターは思った。感受性がとても豊かだと思った。
「あ、僕お酒飲めないんです。ノンアルコールの物でお任せします」
「では私は先日の水割りを。レモンは無しで」
泉水がそう言うとマスターは微笑んだ。
「かしこまりました。少々お待ちください」
マスターがカウンターに戻ると美緒は泉水に顔を向ける。
「泉水さん、迷っていませんか?半年前に会った時よりもさらに何か苦悩してませんか?」
美緒の言葉に泉水は驚く。
「二人きりになりたかったのは、それもあったから。お話を聞きたかったんです。僕で良ければ泉水さんの心を癒したくて」
美緒の言葉に泉水は美緒を抱きしめてしまいたくなる。全ての心の中を解放して欲しくなる。
「私は、美緒君と違って穢れた大人だ。君のように純粋で透明な存在ではない」
美緒は右手を出した。
「泉水さんの頬に触れさせてください」
泉水は左手で美緒の手を頬に導く。
「温かい。泉水さんの熱が」
美緒の親指が頬を撫でる。とても気持ちがいい。
「泉水さんは本当は本能に素直なんだと思います。でも、素直になれない相手がいるんですね。だから悩んで迷っている」
泉水は頷いた。
「僕だって、人に言えないこと、たくさんあって、悩んでもがいて。でも僕にはピアノがあった。そして僕を愛してくれている人もいる。だから僕は素直に音楽と愛する人を守っていける」
美緒の愛している相手が知りたくなった。どんな人なんだと想像してしまう。
「僕の愛する人が知りたいですか?」
本当に見透かされていると泉水は焦った。
「あ、うん」
泉水は照れる。美緒は泉水の頬から手を離した。
「今は内緒です。いつか紹介します」
はぐらかされてしまって泉水は消化不良だった。
美緒が食べやすいように大将は、それぞれのネタに合うように、醤油、甘だれは刷毛で塗り配慮してくれた。
美緒は見えないのが嘘のように大将の説明を聞きながら、それぞれのネタを愉しんだ。
「いくらでも好きに頼んでね。美緒君が美味しそうに食べてくれて本当に嬉しいよ」
泉水は美緒の母親と大吟醸を味わいながら美緒を見つめる。
「ありがとうございます。じゃあ、中とろください」
「この子ったら。すみません、遠慮を知らなくて」
恐縮する母親に泉水は微笑む。
「いいえ。本当にそんな美緒君が大好きですから。美緒君と出会えて知り合えて、私は本当に美緒君にもお母さんにも感謝です」
泉水の言葉が嬉しくて母親は涙ぐむ。
食事を終え、泉水はタクシーを止めた。
「お母さん、お母さんだけ先に帰って。御笠社長。もう少しだけ僕に時間をください。ダメですか?」
美緒の申し出に泉水は驚いたが、泉水は良いよと返事をした。
「責任を持ってお送りします」
泉水がそう言うと、母親は何度もお辞儀をして先に帰って行った。
「ありがとう、社長」
にっこり美緒は微笑む。
「美緒君。そろそろ私のことを名前で呼んでくれないかい?どうも他人行儀というか、私は美緒君を友達だと思ってるんだよ」
美緒の肩に手を置き、泉水は優しく美緒に言った。
「分かりました。泉水さん」
にっこり笑った美緒が可愛くて堪らない。本当に天使にしか見えない。
「では王子様。どちらに参りましょうか?」
泉水が手を握ってエスコートすると美緒は杖を付くのをやめた。
「前に話していたバーに連れて行ってください。妖しいマスターに会ってみたいです」
泉水はフッと笑った。考えてみれば美緒はもう26歳。十分大人だった。
「承知しました。では、私の腕におつかまりください。ここからすぐなので歩いていきましょう」
美緒は泉水に腕を組むと楽しそうに歩き始めた。
重厚なドアを開けると、いつものように妖しいマスターが美しい微笑みで出迎えてくれた。
「今日は私の大事な友達を連れてきたんだが」
泉水がそう言うと、マスターは美緒を見て驚いた。
「夕月美緒さんですね。お会いできるなんてとても嬉しいです」
マスターはそう言って泉水と美緒を奥のソファー席に案内した。
「お飲み物はいかがしますか?」
「素敵な声ですね。聞いているだけで、お顔が浮かんできそうです」
美緒は声が聞こえる方向を見ている。そこにはマスターがちゃんと居る。
「ありがとうございます。美緒さんには、私の顔がどんな風に見えているのか、とても知りたいです」
熱い眼差しでマスターは美緒を見つめる。
「目鼻立ちが整っていて、少し切れ長の目。薄い唇。とても美しい人」
まるで本当に見えているように美緒はぴったりと言い当てた。
「泉水さん。ご自分の印象を美緒さんにお話ししてますね」
ジロリとマスターは泉水を笑って睨む。
「やっぱりバレたか」
泉水は笑う。
「でも、良い印象を言っていただけて嬉しいです」
マスターの美しい笑顔に泉水は魅了された。
「でも、本当に見えてきそうです。声だけでも僕の心の目に見えるんです。良い人か悪い人かも。マスターは……」
「私は?」
「ドSでしょ」
天使の微笑みにマスターは何も言い返せなかった。ちらっと泉水を見たが泉水は首を振る。
「僕、生まれた時から目が見えなくて、とても大人しくて引っ込み思案だったんです。でもある時気がついたんです。周りの音が、僕に色々語りかけているように聞こえてきたんです。人の喜怒哀楽、全ての感情が見えてくるようになりました」
天才は、本当に存在するんだと泉水とマスターは思った。感受性がとても豊かだと思った。
「あ、僕お酒飲めないんです。ノンアルコールの物でお任せします」
「では私は先日の水割りを。レモンは無しで」
泉水がそう言うとマスターは微笑んだ。
「かしこまりました。少々お待ちください」
マスターがカウンターに戻ると美緒は泉水に顔を向ける。
「泉水さん、迷っていませんか?半年前に会った時よりもさらに何か苦悩してませんか?」
美緒の言葉に泉水は驚く。
「二人きりになりたかったのは、それもあったから。お話を聞きたかったんです。僕で良ければ泉水さんの心を癒したくて」
美緒の言葉に泉水は美緒を抱きしめてしまいたくなる。全ての心の中を解放して欲しくなる。
「私は、美緒君と違って穢れた大人だ。君のように純粋で透明な存在ではない」
美緒は右手を出した。
「泉水さんの頬に触れさせてください」
泉水は左手で美緒の手を頬に導く。
「温かい。泉水さんの熱が」
美緒の親指が頬を撫でる。とても気持ちがいい。
「泉水さんは本当は本能に素直なんだと思います。でも、素直になれない相手がいるんですね。だから悩んで迷っている」
泉水は頷いた。
「僕だって、人に言えないこと、たくさんあって、悩んでもがいて。でも僕にはピアノがあった。そして僕を愛してくれている人もいる。だから僕は素直に音楽と愛する人を守っていける」
美緒の愛している相手が知りたくなった。どんな人なんだと想像してしまう。
「僕の愛する人が知りたいですか?」
本当に見透かされていると泉水は焦った。
「あ、うん」
泉水は照れる。美緒は泉水の頬から手を離した。
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