鳴かない杜鵑-ホトトギス-(鳴かない杜鵑 episode1)

五嶋樒榴

文字の大きさ
40 / 188
透明な水

4

しおりを挟む
美緒は寿司が好物だったので、泉水は行きつけの寿司屋に美緒と美緒の母親を連れて行った。
美緒が食べやすいように大将は、それぞれのネタに合うように、醤油、甘だれは刷毛で塗り配慮してくれた。
美緒は見えないのが嘘のように大将の説明を聞きながら、それぞれのネタを愉しんだ。

「いくらでも好きに頼んでね。美緒君が美味しそうに食べてくれて本当に嬉しいよ」

泉水は美緒の母親と大吟醸を味わいながら美緒を見つめる。

「ありがとうございます。じゃあ、中とろください」 

「この子ったら。すみません、遠慮を知らなくて」

恐縮する母親に泉水は微笑む。

「いいえ。本当にそんな美緒君が大好きですから。美緒君と出会えて知り合えて、私は本当に美緒君にもお母さんにも感謝です」

泉水の言葉が嬉しくて母親は涙ぐむ。
食事を終え、泉水はタクシーを止めた。

「お母さん、お母さんだけ先に帰って。御笠社長。もう少しだけ僕に時間をください。ダメですか?」

美緒の申し出に泉水は驚いたが、泉水は良いよと返事をした。

「責任を持ってお送りします」

泉水がそう言うと、母親は何度もお辞儀をして先に帰って行った。

「ありがとう、社長」

にっこり美緒は微笑む。

「美緒君。そろそろ私のことを名前で呼んでくれないかい?どうも他人行儀というか、私は美緒君を友達だと思ってるんだよ」

美緒の肩に手を置き、泉水は優しく美緒に言った。

「分かりました。泉水さん」

にっこり笑った美緒が可愛くて堪らない。本当に天使にしか見えない。

「では王子様。どちらに参りましょうか?」

泉水が手を握ってエスコートすると美緒は杖を付くのをやめた。

「前に話していたバーに連れて行ってください。妖しいマスターに会ってみたいです」

泉水はフッと笑った。考えてみれば美緒はもう26歳。十分大人だった。

「承知しました。では、私の腕におつかまりください。ここからすぐなので歩いていきましょう」

美緒は泉水に腕を組むと楽しそうに歩き始めた。
重厚なドアを開けると、いつものように妖しいマスターが美しい微笑みで出迎えてくれた。

「今日は私の大事な友達を連れてきたんだが」

泉水がそう言うと、マスターは美緒を見て驚いた。

「夕月美緒さんですね。お会いできるなんてとても嬉しいです」

マスターはそう言って泉水と美緒を奥のソファー席に案内した。

「お飲み物はいかがしますか?」

「素敵な声ですね。聞いているだけで、お顔が浮かんできそうです」

美緒は声が聞こえる方向を見ている。そこにはマスターがちゃんと居る。

「ありがとうございます。美緒さんには、私の顔がどんな風に見えているのか、とても知りたいです」

熱い眼差しでマスターは美緒を見つめる。

「目鼻立ちが整っていて、少し切れ長の目。薄い唇。とても美しい人」

まるで本当に見えているように美緒はぴったりと言い当てた。

「泉水さん。ご自分の印象を美緒さんにお話ししてますね」

ジロリとマスターは泉水を笑って睨む。

「やっぱりバレたか」

泉水は笑う。

「でも、良い印象を言っていただけて嬉しいです」

マスターの美しい笑顔に泉水は魅了された。

「でも、本当に見えてきそうです。声だけでも僕の心の目に見えるんです。良い人か悪い人かも。マスターは……」

「私は?」

「ドSでしょ」

天使の微笑みにマスターは何も言い返せなかった。ちらっと泉水を見たが泉水は首を振る。

「僕、生まれた時から目が見えなくて、とても大人しくて引っ込み思案だったんです。でもある時気がついたんです。周りの音が、僕に色々語りかけているように聞こえてきたんです。人の喜怒哀楽、全ての感情が見えてくるようになりました」

天才は、本当に存在するんだと泉水とマスターは思った。感受性がとても豊かだと思った。

「あ、僕お酒飲めないんです。ノンアルコールの物でお任せします」

「では私は先日の水割りを。レモンは無しで」

泉水がそう言うとマスターは微笑んだ。

「かしこまりました。少々お待ちください」

マスターがカウンターに戻ると美緒は泉水に顔を向ける。

「泉水さん、迷っていませんか?半年前に会った時よりもさらに何か苦悩してませんか?」

美緒の言葉に泉水は驚く。

「二人きりになりたかったのは、それもあったから。お話を聞きたかったんです。僕で良ければ泉水さんの心を癒したくて」

美緒の言葉に泉水は美緒を抱きしめてしまいたくなる。全ての心の中を解放して欲しくなる。

「私は、美緒君と違って穢れた大人だ。君のように純粋で透明な存在ではない」

美緒は右手を出した。

「泉水さんの頬に触れさせてください」

泉水は左手で美緒の手を頬に導く。

「温かい。泉水さんの熱が」

美緒の親指が頬を撫でる。とても気持ちがいい。

「泉水さんは本当は本能に素直なんだと思います。でも、素直になれない相手がいるんですね。だから悩んで迷っている」

泉水は頷いた。

「僕だって、人に言えないこと、たくさんあって、悩んでもがいて。でも僕にはピアノがあった。そして僕を愛してくれている人もいる。だから僕は素直に音楽と愛する人を守っていける」

美緒の愛している相手が知りたくなった。どんな人なんだと想像してしまう。

「僕の愛する人が知りたいですか?」

本当に見透かされていると泉水は焦った。

「あ、うん」

泉水は照れる。美緒は泉水の頬から手を離した。

「今は内緒です。いつか紹介します」

はぐらかされてしまって泉水は消化不良だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

男の娘と暮らす

守 秀斗
BL
ある日、会社から帰ると男の娘がアパートの前に寝てた。そして、そのまま、一緒に暮らすことになってしまう。でも、俺はその趣味はないし、あっても関係ないんだよなあ。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...