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透明な水
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「サラトガクーラーです。自家製のジンジャーシロップで作ったジンジャーエールとライムジュースを合わせたカクテルです」
ノンアルコールカクテルでも一切の妥協がないなと泉水は思った。
「どうぞごゆっくり」
マスターが行こうとすると泉水は呼び止めた。
「先日会った男性は、あれから来たかな」
つい気になってしまった。わずかな時間だったがなぜか楽しかった。
「いえ。お忙しい方なので、いつお見えになるか分からないんです」
マスターはフッと笑った。
「またいらっしゃったら、泉水さんが会いたがっていたと伝えます」
そう言ってマスターはカウンターへ戻った。
「待たせてごめんね。美緒君のこれからの活躍に乾杯」
「ありがとうございます」
グラスを重ねると美緒は美味しそうにカクテルを飲んだ。
「さっきの続きいい?あ、私の話ね」
美緒はにっこり微笑む。
「何をそんなに悩むんですか?何を抱えてしまったんですか?」
「……2年前から好きな人がいるんだ。でもその人に自分の気持ちを打ち明けられないまま、他に恋人を作ってしまったんだ」
美緒は黙って聞いている。
「恋人のことはもちろん愛しているし、ずっとそばにいて欲しいとも思ってる。なのにいつまでたってもどこかで好きな人を諦めきれない」
美緒の瞳がなぜか優しい。軽蔑されると思っていたのだ。
「辛いですよね。僕には分からない感情だけど、泉水さんのように悩む人をたくさん見てきました」
美緒はそう言って胸に手を当てた。心の目と言いたいのだろう。
「今私は、恋人にちゃんと向かい合ってない。身体ばかりの関係になってしまってる気がする」
ワタルの笑顔が浮かぶ。失いたくないと思っている。
「どうしてその人が好きなのに恋人を作ったんですか?」
「私が狡いから」
「はい。僕も狡いなって思います。でも僕は今お付き合いしている方が、本当に泉水さんに必要な人だと思いますけどね」
美緒が大人に見えた。自分よりも深く人間観察していると思った。
「いつか気がつく時が来ると思います」
穢れなき天使はそう言って微笑んだ。
狡いとはっきり言われて今夜は心の澱が少しだけ流れ落ちた気がした。
すっかり遅くなったが美緒を無事送り届けると泉水も帰宅した。
ワタルはまだ帰っていないようだった。
シャワーを浴びて部屋の電気を真っ暗にして泉水はベッドに潜る。
美緒からワタルが本当に自分には必要だと言われたことは嬉しかった。
それなのに、なぜこんなに流星を求めるのかがわからなかった。
手に入らないから欲しがるとか、そんな子供っぽい感情でもない。
どうして好きになったのかと聞かれて、自分は流星の見た目に恋した。
秘書として側にいてくれる流星を好きになった。
でも、素の顔をどこまで知っているかと聞かれたら答えられなかった。
メールが入ってきた。
【今、仕事終わった。泉水さんはもう家かな?】
ワタルのメールを見て、こんな夜中まで仕事かと思った。不規則な仕事なのは分かっていたが、今すぐにそばにいて欲しかった。
【もうベッドの中。気をつけて帰っておいで】
返事を返す。いつもなら直ぐ何かしら返事があるのに返事が帰ってこない。
なぜか苛立つ。
その理由が泉水には分からなかった。
流星に対する苛つきと、ワタルに対する苛つきが混在している。
バカか、私は。何を苛つく?
ワタルにモデルの仕事を続けるように言ったのは私だ。
流星のプライベートを知らないからと、なぜワタルに当たる?
ワタルは自分を本気で愛してくれているのに。
自己嫌悪になる。
ため息をつく。
このままではワタルを失う気がしてきて不安になる。
泉水はそう思いながら闇の中で眠りに落ちた。
朝になり目がさめると泉水はワタルの部屋に入った。
ワタルが寝ていてホッとした。
ベッドに座り、ワタルの髪を撫でる。
ワタルは疲れているのか目覚める気配がなかった。
静かに部屋を出ると、泉水は朝食を一人で取り出勤の支度を始めた。
もう一度ワタルの部屋に入ると、ワタルは部屋に居なかった。
部屋を出て廊下に出ると、シャワーを浴びてきたのか廊下の奥から歩いてきた。
「泉水さん、おはよう」
爽やかな笑顔を泉水に向ける。
「シャワーなら私の部屋を使えばいいのに。その方が近いだろ」
「ありがとう。次回からそうするね」
ワタルは泉水の頬にキスをして自分の部屋に入った。泉水も続けて入る。
「どうして昨日返信してこなかった?心配しただろ」
「もうベッドだって言うから、悪いと思って。泉水さん、疲れてると思ったから」
泉水はカッとなってワタルを抱きしめてベッドに押し倒す。
「泉水さん?」
「私の返事には必ず返事してきなさい」
自分のことは棚に上げて泉水は言う。
どうしようもなく苛つく。
「………はい」
ワタルが困惑している。泉水はため息をつく。
「すまない。私のわがままだ。それをワタルに押し付けようとしてる」
ワタルは無言で泉水を抱きしめて髪を撫でる。
「いいよ。そんな泉水さんも好きだよ。泉水さんなら、どんな泉水さんでも好き」
「今夜から一緒の部屋で寝たい」
要求がどんどんエスカレートしていく。ワタルは笑った。
「住む前はエッチも禁止だったのに」
「……こうなるのが怖くて、エッチ禁止にしようって言ったの」
「今から、エッチ禁止にする?」
ワタルが意地悪っぽく言う。
「やだ。もう無理。もうワタルと一緒に寝る」
「駄々っ子」
笑うワタル。泉水も笑う。
「私はワタルに甘えすぎだね。ごめん」
泉水はそう言ってワタルにキスをした。
「僕だけに甘えるなら良いよ」
何か釘を刺された気がした。泉水はワタルを見つめた。
「どう言う意味?」
「美緒さんにも甘えたでしょ?」
プイっとワタルは顔を背けた。どうも美緒にライバル意識があるようだった。
「美緒君が言ってた。私に本当に必要なのはワタルだって」
それを聞いてワタルは真っ赤になる。
「ごめんなさい。嫉妬して。あー、もう僕、どうしようもないね」
落ち込むワタルに泉水は微笑む。
「そんなワタルも好きだよ」
泉水が言うと、ワタルは笑った。
その後は優しいキスをした。
ノンアルコールカクテルでも一切の妥協がないなと泉水は思った。
「どうぞごゆっくり」
マスターが行こうとすると泉水は呼び止めた。
「先日会った男性は、あれから来たかな」
つい気になってしまった。わずかな時間だったがなぜか楽しかった。
「いえ。お忙しい方なので、いつお見えになるか分からないんです」
マスターはフッと笑った。
「またいらっしゃったら、泉水さんが会いたがっていたと伝えます」
そう言ってマスターはカウンターへ戻った。
「待たせてごめんね。美緒君のこれからの活躍に乾杯」
「ありがとうございます」
グラスを重ねると美緒は美味しそうにカクテルを飲んだ。
「さっきの続きいい?あ、私の話ね」
美緒はにっこり微笑む。
「何をそんなに悩むんですか?何を抱えてしまったんですか?」
「……2年前から好きな人がいるんだ。でもその人に自分の気持ちを打ち明けられないまま、他に恋人を作ってしまったんだ」
美緒は黙って聞いている。
「恋人のことはもちろん愛しているし、ずっとそばにいて欲しいとも思ってる。なのにいつまでたってもどこかで好きな人を諦めきれない」
美緒の瞳がなぜか優しい。軽蔑されると思っていたのだ。
「辛いですよね。僕には分からない感情だけど、泉水さんのように悩む人をたくさん見てきました」
美緒はそう言って胸に手を当てた。心の目と言いたいのだろう。
「今私は、恋人にちゃんと向かい合ってない。身体ばかりの関係になってしまってる気がする」
ワタルの笑顔が浮かぶ。失いたくないと思っている。
「どうしてその人が好きなのに恋人を作ったんですか?」
「私が狡いから」
「はい。僕も狡いなって思います。でも僕は今お付き合いしている方が、本当に泉水さんに必要な人だと思いますけどね」
美緒が大人に見えた。自分よりも深く人間観察していると思った。
「いつか気がつく時が来ると思います」
穢れなき天使はそう言って微笑んだ。
狡いとはっきり言われて今夜は心の澱が少しだけ流れ落ちた気がした。
すっかり遅くなったが美緒を無事送り届けると泉水も帰宅した。
ワタルはまだ帰っていないようだった。
シャワーを浴びて部屋の電気を真っ暗にして泉水はベッドに潜る。
美緒からワタルが本当に自分には必要だと言われたことは嬉しかった。
それなのに、なぜこんなに流星を求めるのかがわからなかった。
手に入らないから欲しがるとか、そんな子供っぽい感情でもない。
どうして好きになったのかと聞かれて、自分は流星の見た目に恋した。
秘書として側にいてくれる流星を好きになった。
でも、素の顔をどこまで知っているかと聞かれたら答えられなかった。
メールが入ってきた。
【今、仕事終わった。泉水さんはもう家かな?】
ワタルのメールを見て、こんな夜中まで仕事かと思った。不規則な仕事なのは分かっていたが、今すぐにそばにいて欲しかった。
【もうベッドの中。気をつけて帰っておいで】
返事を返す。いつもなら直ぐ何かしら返事があるのに返事が帰ってこない。
なぜか苛立つ。
その理由が泉水には分からなかった。
流星に対する苛つきと、ワタルに対する苛つきが混在している。
バカか、私は。何を苛つく?
ワタルにモデルの仕事を続けるように言ったのは私だ。
流星のプライベートを知らないからと、なぜワタルに当たる?
ワタルは自分を本気で愛してくれているのに。
自己嫌悪になる。
ため息をつく。
このままではワタルを失う気がしてきて不安になる。
泉水はそう思いながら闇の中で眠りに落ちた。
朝になり目がさめると泉水はワタルの部屋に入った。
ワタルが寝ていてホッとした。
ベッドに座り、ワタルの髪を撫でる。
ワタルは疲れているのか目覚める気配がなかった。
静かに部屋を出ると、泉水は朝食を一人で取り出勤の支度を始めた。
もう一度ワタルの部屋に入ると、ワタルは部屋に居なかった。
部屋を出て廊下に出ると、シャワーを浴びてきたのか廊下の奥から歩いてきた。
「泉水さん、おはよう」
爽やかな笑顔を泉水に向ける。
「シャワーなら私の部屋を使えばいいのに。その方が近いだろ」
「ありがとう。次回からそうするね」
ワタルは泉水の頬にキスをして自分の部屋に入った。泉水も続けて入る。
「どうして昨日返信してこなかった?心配しただろ」
「もうベッドだって言うから、悪いと思って。泉水さん、疲れてると思ったから」
泉水はカッとなってワタルを抱きしめてベッドに押し倒す。
「泉水さん?」
「私の返事には必ず返事してきなさい」
自分のことは棚に上げて泉水は言う。
どうしようもなく苛つく。
「………はい」
ワタルが困惑している。泉水はため息をつく。
「すまない。私のわがままだ。それをワタルに押し付けようとしてる」
ワタルは無言で泉水を抱きしめて髪を撫でる。
「いいよ。そんな泉水さんも好きだよ。泉水さんなら、どんな泉水さんでも好き」
「今夜から一緒の部屋で寝たい」
要求がどんどんエスカレートしていく。ワタルは笑った。
「住む前はエッチも禁止だったのに」
「……こうなるのが怖くて、エッチ禁止にしようって言ったの」
「今から、エッチ禁止にする?」
ワタルが意地悪っぽく言う。
「やだ。もう無理。もうワタルと一緒に寝る」
「駄々っ子」
笑うワタル。泉水も笑う。
「私はワタルに甘えすぎだね。ごめん」
泉水はそう言ってワタルにキスをした。
「僕だけに甘えるなら良いよ」
何か釘を刺された気がした。泉水はワタルを見つめた。
「どう言う意味?」
「美緒さんにも甘えたでしょ?」
プイっとワタルは顔を背けた。どうも美緒にライバル意識があるようだった。
「美緒君が言ってた。私に本当に必要なのはワタルだって」
それを聞いてワタルは真っ赤になる。
「ごめんなさい。嫉妬して。あー、もう僕、どうしようもないね」
落ち込むワタルに泉水は微笑む。
「そんなワタルも好きだよ」
泉水が言うと、ワタルは笑った。
その後は優しいキスをした。
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