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透明な水

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仕事が終わると流星は疾風のマンションに向かった。
ドアに鍵が掛かっていたのでまだ帰ってないのかと合鍵を使って玄関を開けた。
リビングに電気が点いていたので疾風が部屋にいるのが分かった。

「疾風?」

ベッドの部屋を覗くと、ベッドに疾風が寝ていた。

「疾風?大丈夫?」

顔色が悪かった。汗をかいていたが、疾風は目を閉じている。

「流星か。風邪だよ。移るとまずいから帰れ」

布団を被ってゴホゴホ咳をする。

「薬飲んだのかよ!」

布団が動いた。

「食事は?」

また布団が動く。

「わかんねーよ!」

布団をめくると、マジでキツそうな顔をしている。

「飯は食ってない。家に何もなかったしな。とりあえず薬は飲んだ」

「何時に?」

「3時ぐらいかな」

もう5時間経っている。流星はコンビニに向かい、ポカリとレトルトのおかゆ、おでこを冷やすものとマスクを買った。

「おかゆを温めてきたよ。少しでも良いから食えよ」

疾風が気にしないように流星がマスクをしている。
疾風は笑い起き上がった。
体温計で熱を測ると38.4度だった。

「水分取ってないだろう。熱がこもってんだよ」

おかゆを疾風に食べさせ、水分を取らせる。

「薬飲め」

疾風が薬を飲むと、次は着替えさせた。

「汗かけば楽になるから。全く、不摂生だからだよ。もう歳なんだから気を使え」

甲斐甲斐しく世話をする流星の手を握る。

「サンキューな。来てくれて助かった」

穏やかな顔に流星はキュンとなった。

「元気になったら、ヤらせろよ」

流星はビタンと乱暴におでこにシートを貼った。

「全く、病気の時くらい大人しくしてろ」

「だって、悔しいんだよ。せっかく会えたのに、抱けねーとか。ずっと抱きたかったのに」

大型犬が弱ってる姿も萌えなんだと流星は思った。
でも昼間はこの大型犬を手放そうとしていた。

「どのぐらい抱きたかった?」

「会えなくなってからずっとだよ。今夜はもう帰れ。風邪うつるし、寝る場所もねーし」

「ソファーで寝るから良い。俺のことより、早く熱下げろ。下がらなかったら明日は病院行けよ」

「下がったら抱いて良い?」

それには答えずに流星は部屋を出て行った。
疾風は笑うと安心したのか、久しぶりにゆっくり眠った。

寝汗が気持ち悪くて夜中に目を覚ますと、ベッドから起き上がり着替えをした。だいぶ楽になっていてホッとした。
トイレに行こうとリビングに行くと流星がソファーに毛布をかけて寝ていた。
美しい寝顔を見て、疾風は安心した。
真幸との関係を話した後からずっと会えなかったので、流星が離れていくと思っていた。
流星の頬に軽く触れるとトイレに行って、水分補給をするとまた眠りについた。

「37.2度か。まだ微熱だね」

朝になって流星が体温計で熱を測った。

「とりあえずシャワー浴びて仕事行くわ。お前も仕事だろ。看病してくれてサンキューな」

洗濯機に汗まみれの着替えを全て突っ込み洗濯を始めると疾風はシャワーを浴び始めた。
流星はおかゆをあっためる。
疾風がバスタオル姿で出てくると、着替えを流星は渡した。

「サンキュー」

「おかゆあっためたから食べて薬飲めよ。今日はなるべく大人しくすること。他人に移さないように、マスクもしてけよ」

ダイニングテーブルの上に、全て用意されていた。

「治ったら連絡して。抱かせてやる」

流星はそれだけ言うと玄関で靴を履く。疾風が玄関まで見送りに来た。

「気をつけて行けよ」

「お前の方こそな」

流星はそう言って笑うと疾風のマンションを後にした。
疾風はリビングに戻るとおかゆを食べる。昨日より味覚が戻っている気がした。
大人しく言われた通り薬を飲み、マスクをして出かける準備をした。
ふとテレビの所に目がいく。
部屋の鍵が置いてあった。
流星が合鍵を返したんだと疾風はわかった。

「バーカ。もう、抱けなくなっちまったじゃん。嘘つき」

ふと寂しい気持ちがあったが、自分の蒔いた種だと思い、疾風は合鍵を引き出しに入れると部屋を出て仕事に向かった。
傘を広げて、透明な雨の中歩き始めた。
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