鳴かない杜鵑-ホトトギス-(鳴かない杜鵑 episode1)

五嶋樒榴

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透明な水

8

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流星は電車の中で疾風を思っていた。
鍵を返してしまったのは、別に別れようとは思っていなかった。
ただ、疾風を束縛してはいけないと思った。
また前の何もない状態で付き合えば良いと思った。
お互いが望んだ時に求め合えば良いと思った。
鍵を貰ったことで流星の中で、疾風を独占したい気持ちが芽生えていたのだった。
色々思うことが多くて、もう疲れたのも正直な気持ちだった。
疾風が鍵を見つけてどう解釈するかまで考えられなかった。
会社の最寄駅につき、流星は駅に降りた。


あ、スーツ。
ネクタイも。
泉水さんにきっと気づかれる。


外泊したことがバレると流星は思った。
でもそれも仕方ないと流星は思った。
別に泉水にバレたところで、泉水に咎められるわけでもない。
片思いはずっとただ平行線のまま。


泉水さんもゲイだったら良かったのに。


心の中で呟くと社長室のドアを開け、全てをリセットした。

「おはようございます」

女性秘書達はもう朝の掃除を終わらせてパソコンに向かっていた。

「おはよう」

流星も挨拶をしてデスクに座るとメールのチェックを始めた。
今日の泉水のスケジュールの確認をすると、給湯室でコーヒーを淹れた。

一方の疾風は捜一に入ると注目を浴びた。

「主任、やっぱり風邪っすか。昨日顔死んでましたからね」

疾風はマスクを外すとわざとらしく咳をした。

「ちょッ!移るじゃないですか!」

「移すとすぐ治るからな」

ニヤリとして疾風は言う。

「椎野、刑事部長が呼んでる」

課長に声をかけられ、疾風は何事だと刑事部長の元に行った。

「昨日は被疑者逮捕ご苦労だったな。風邪か?鬼の霍乱だな」

わははと刑事部長は笑う。


全く、キャリアのくせして、ただのおっさんにしか見えねーぜ。


疾風はそう思いながら刑事部長を見る。

「先日の、当麻議員の私設秘書の件で、なにやら不穏な事があってね」

「それは?」

「検察が押収した物の中から、警察上層部と政龍組の繋がりを示す物が見つかったと言うんだ」

疾風は嫌な予感がした。

「しかし、それは組対(組織犯罪対策部)の仕事では?」

刑事部長は首を振る。

「その組対に内通者が居る。君は以前マル暴にいたから、政龍組にも詳しいだろ?何か情報があれば私と監察に知らせてくれないか?」

「犬になれ、と言う事ですか」

刑事部長は厳しい顔をする。

「国民の平和の一端を担っているのは警察庁だ。それが国民を裏切る行為を許せるのかね?」

「なにをすれば良いのですか?通常業務もありますので」

「渋谷で政龍組の幹部の傷害事件があったのは知ってるかね?その後にその幹部の下にある、誠竜会の幹部事務所が襲撃された事件。恐らく政龍組の内紛に手を貸している警察関係者がいる。どちらも殺害まではされていないので、事を大きくしないように正式に組対には上がってはいない。しかし秘密裏に勿論動いている。だがその情報が流れている。幹部事務所が襲撃されて内通者がいると確信した。民間人を巻き込む前に収束し、警察上層部の誰が政龍組の誰と繋がっているか知りたい」

やれやれと疾風は思った。
全てこれで繋がったと理解した。真幸が疾風に接触を求めたのも、真幸が警察上層部と組の関係を知っているんだと思った。

「慎重に接触してくれ。だが危険な時は引け」

「どうして俺を?マル暴にいたと言う理由だけじゃないですよね。なにを知っているんです?」

刑事部長はフッと笑った。

「襲撃を受けた飯塚と接点を持っているだろ?3年前の事件の時。運が良かったな。その活躍のお陰でお前は命拾いしたんだ」

やはりバレていたかと疾風は笑った。

「マル暴とヤクザが仲良くなることがないのは信じている。ただお互い利用していることは知っている。逸脱しなければ目を瞑るまでだ」

もうなにも言うことは無かった。
流星と別れた今、正直、真幸と接点は持ちたくなかった。真幸にのめり込みそうで怖かった。
ただ逆に思えば、流星が去ったおかげで、危険な任務に就いても流星を遠ざける理由を考えなくて済んだとも思った。
この任務が終わるまでは身軽でいなければならないからだった。
喫煙所に寄り煙草を吸う。だいぶ鼻もまともになってきたと思った。

「刑事部長の話は何だった?」

同期入庁のキャリア、警視の田所が声をかけてきた。

「さあ、何だろねー。ここで話しちまったら、刑事部長の所に行った意味ないでしょ」

「鬼の霍乱か、そのマスク」

疾風が顎にかけていたマスクを見て田所はフッと笑う。嫌味な笑いに疾風は無視をする。

「悪化させんなよ。じゃあな」

疾風はため息をつく。
誰も彼も疑ってしまう。

「難儀な商売だぜ」

何もかもが嫌になってきた。
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