鳴かない杜鵑-ホトトギス-(鳴かない杜鵑 episode1)

五嶋樒榴

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渋い水

6

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御笠地所レジデンスの社員、中本は、池袋支店近くの定食屋で昼食を取っていた。
営業成績がイマイチ振るわず、何か大口の売買が欲しいところだった。
マンションを建てる土地が欲しいが、なかなかそんな好条件の土地を見つけることは困難だった。

「おばちゃん、焼肉定食2つね」

中本の隣の席に、スーツ姿の男が2人座った。

「あー、あちーなー。もうガキ共は夏休みだもんねー」

年配の方の男が言った。

「お盆前には買い手見つけねーと売主に怒られるわ」

「ですねー。でも、買い手もなかなか無理っすよ。目白であれだけ広さがあって、30億っすからね」

若手の男の言葉に、中本は反応した。

「あのすぐ近くの高級ホテルが買い取ってくれたらねー。隣接地だったら、一発で買ってくれただろうけどさ」

焼肉定食が運ばれると男達の話が止まった。中本は続きが聞きたくて仕方がない。


目白だと。30億の価値ってことは、そこそこ広さも1000坪はありそうだ。


中本は耳を研ぎ澄ませて、男達が話し始めるのを期待する。

「売主ももう歳だし、今売れなきゃ相続だろ?そうなればバラ売りになるだろうね」

また話が再開されて、中本はホッとした。
肝心の場所が知りたくてうずうずする。
ただ高級ホテルの近くというと、あの辺りかと中本は場所に見当は付いた。
もし仕入れられれば、十分にマンション建設は可能だ。
不動産の登記情報を取るために場所が知りたい。
売主の名前でも。
その時、年配の方の男のスマホが鳴った。

「はい、あ、澤田さん!ええ、分かってますって。来週までには探しますって」

年配の男は立ち上がって、外に話に行ってしまった。
戻ってくるとグッタリとした表情だった。

「噂をしてたのがバレてんのかね。澤田さんだよ、例の目白の売主の」

澤田と聞いて、中本はその名前をインプットした。
残りの生姜焼き定食をかき込むと、水を飲んで席を立ち上がった。

「おばちゃん、お会計して」

生姜焼き定食の料金を払うと足早に中本は定食屋を出て行った。
男2人は顔を見合わせて笑う。

「うまく行ったな」

年配の男が言うと、若い男は笑う。

「チョロいもんだったな。まあ、御笠は今までの中で一番金持ってるから、直ぐにアクション起こすべ」

年配の男はそう言って笑う。

中本はスマホの住宅地図アプリで本当に澤田と言う家が実在するのか調べる。

「澤田、澤田。あった!」

中本は急ぎ法務局へ行き地番を調べると、土地と建物の登記全部事項証明書と公図を取得した。
土地の広さは1000坪弱あった。所有者は澤田涼子となっていて、住所も地番の位置で間違いがなさそうだった。権利登記以外、抵当権など、乙区は一切なかった。

「30億って言ってな。建物はどうせ取り壊すから、この値段ならまあまあだな」

中本は興奮していた。好立地の土地を見つけて、取らぬ狸の皮算用を頭の中で巡らせた。
中本が法務局を出ようとした時だった。さっきの定食屋の2人と入り口ですれ違った。中本はチャンスと思い声をかける。

「あの、すみません!」

2人はわざと怪訝そうな顔で中本を見る。

「あ、あの、私、こう言うものでして」

中本は、震える手で名刺を差し出す。
年配の男が中本の名刺を手に取る。

「あ、御笠地所レジデンスの営業の方ですか!すげー、大手じゃないですか!」

横から覗き込んだ若い男がわざとらしく驚く。

「すみません。さっき定食屋でお2人の話を、その、聞いてまして」

中本は顔を下に向けた。年配の男は笑う。

「すごい、行動力ですね。俺らの話を聞いて直ぐここに来られるとは。さぞかし優秀な営業さんなんですね」

年配の男がそう言うと中本は照れた。年配の男は自分の名刺を出した。

「笹原と言います」

笹原は新宿のセントラル不動産の社員。新宿では中堅だがなかなか有名だった。都内数カ所に支店もある。中本は名刺を見て、目の前の男の素性もハッキリしてホッとした。

「あの、先ほどの澤田さんの仲介をなさってるんですよね。上司に相談してオーケーが出たら、ご連絡差し上げてもよろしいでしょうか?」

中本の言葉に笹原はにっこり笑う。

「はい。ただ、売主さんも早急に売りたがっているので、早めにご連絡頂かないと。他にも数社から連絡が来ておりますので」

わざと焦らすように笹原は言う。もちろん手だと、その辺は中本も承知はしているが、あまりにも好物件すぎて内心焦る。
中本は法務局を出ると支店へ急ぎ戻る。

「よし、思ったように動いてくれたわ。組長に連絡するべ」

2人は車に戻ると電話をかける。

『おう、どうだ、今回の首尾は』

電話に出たのは半田だった。

「御笠地所レジデンスの営業の中本ってが引っかかりました。おそらく明日、明後日中に連絡が来るでしょう」

笹原は報告する。

『分かった。餌に食いついてきたら、後はこっちで釣り上げる』

電話を終えると笹原は笑う。

「まさか地面師に騙されるとも知らずに。ちーん」

笹原がそう言うと、若い男も笑う。
この短時間で、中本は詐欺のターゲットになったのだった。
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