鳴かない杜鵑-ホトトギス-(鳴かない杜鵑 episode1)

五嶋樒榴

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清らかな水

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真幸のマンションの前に止まった、黒塗りの国産高級車からスーツを着た男が降りてきた。
ベンツの中にいた工とジュリは、その男がカタギでないのがすぐに分かった。
全く隙のない雰囲気で、スクエア型の眼鏡をかけた鋭い目つきの男だった。 

「誰か、分かるか?」

工が、真幸の運転手兼ボディガードに尋ねる。

「田嶋会の田嶋会長の息子、と言っても愛人腹だけどな。プライムって会社の社長だ」

「最近、美術教師殺しで田嶋会の傘下が捕まったよね。その組の息子がここに居るって事は、政龍組と何か関係があるって事?」

ジュリが田嶋の息子を見つめながら言う。田嶋の息子はマンションのエントランスに近づく。工は真幸に電話をかける。

「3年前田嶋会系の鉄砲玉が誠竜会の幹部を殺害した事件があったが、当の組長同士はそのことに対して終わりにしてる。田嶋会長がきちんと飯塚組長に仁義を果たしたからね。元々、飯塚組長と田嶋会長は兄弟の盃を交わしていたしさ」

運転手兼ボディガードの説明中に真幸と電話が繋がった。

『何?』

真幸が尋ねる。

「恵比寿です。今、エントランスに田嶋会の会長の息子が入って行きました」

『ああ、俺が呼んだ。気がつくとはさすがだな』

真幸は笑う。

「どう言う関係ですか?」

『ひーみーつー』

真幸はそう言うと電話を切った。

「くそッ!」

工がそう言うと、ジュリが工を見つめる。

「どうしたんだよ」

「分からねぇ。ただあの男を頭が呼んだようだ」

イライラしながら工は言う。

「行くか?何かあったらまずいだろ」

ジュリが言うが工は首を振る。そしてまたスマホで真幸に電話をかける。

『なんだよ。大丈夫だって』

何も言う前に真幸が言う。

「しかし!何かあってからでは遅いんですよ!」

『大丈夫だ。俺を信じろ』

真幸にそう言われては引くしかない。

「分かりました」

工はまた電話を切った。

「頭が信じろと言うんだ。信用するしかねぇ」

そうは言っても工は落ち着かない。ジュリもそっぽを向いて窓に頬杖をついた。

「……随分心配性な護衛だな。ベンツで見張りなんて目立ちまくりだぜ」

工達の存在に気づいていた、田嶋会の会長の息子で田嶋伊織は笑う。
泉水に青山の画廊を紹介した伊織である。

「愛されてるもんでね。全く分かり易い護衛だろ。政治家の家の前のポリスボックス並みだぜ」

真幸は笑う。

「で?わざわざ呼び出した理由は?」

伊織はソファーに座る。真幸はブランデーを注ぐと、2人は乾杯した。

「先日、青山でお前と御笠グループの社長を見た。どんな組み合わせかと思ったよ」

「ああ。企業セミナーで知り合ってな。ちょっと絵画の話で相談を受けて、青山の画廊を紹介した」

「田嶋会系のフロント企業のか?」

伊織は首を振る。

「それは銀座のだ。先日の事件の影響で営業停止だ。おそらく撤退だな」

真幸は少しホッとした。

「何?関係があるのか?」

真幸の態度に伊織は疑問を持つ。

「いや。たまたまあるバーで知り合いというか、僅かな時間だが過ごしたものでね。先日あった地面師事件知ってるか?俺の兄貴分のやらかしたヤツ。あの時カモになったのも御笠だったんでね。またカモられたのかと思ってさ」

笑いながら真幸は言う。

「珍しいな。お前がカタギの男を気にするなんて。確かに経営者としても人間的にも魅力はあるよ、御笠泉水と言う男は」

「御笠、下の名前は泉水って言うのか」

バーで会った時は、マスターが名前を呼んでいたが、ちゃんと覚えてはいなかった。
真幸がインプットしているように見えて伊織は笑う。

「なんだよ。お前もとうとう男にも興味を持ったか?」

真幸は真っ赤になって伊織を見る。

「オイオイ、マジかよ。どっちかっつーと、お前は掘られる方だな」

あははと笑って伊織は楽しそうに真幸を見つめる。

「お前みたいにどっちも楽しめる身体じゃねぇんだよ」

伊織はバイだった。

「俺が男の身体教えてやろうか?」

伊織が真幸を見つめる。マジの目だった。

「ばぁか。いらねーよ」

真幸はそっぽを向く。伊織はその横顔をマジマジと舐め回すように見つめると笑う。

「じゃあ、俺をわざわざ呼んだ理由は、御笠の事を聞きたくてか?」

真幸は首を振る。

「俺が政龍組の奴らから狙われているのは知っているか?田嶋会の中で何か聞いたことはないか?3年前、田嶋会系の組長がうちの幹部を殺した。それは飯塚組長と田嶋会長で話が済んでいる。だが、五島組長と俺が狙われた件も田嶋会系が絡んでいるってことはないか?頼む、教えてくれ!」

伊織は真幸が頭を下げるなど珍しいと思った。

「もうこれ以上、飯塚組長に頼れねぇんだよ。かと言って、黒幕の正体が分からない以上、騒ぎも起こせねぇ」

伊織はブランデーを飲み干すと真幸の隣に腰掛けた。眼鏡を外しテーブルに置く。

「見返りは?」

伊織が真幸の顎を指ですくう。

「煽っておいて、何も無しはないだろう?」

伊織の顔が近づき、反射的に真幸は顔を背けた。

「煽ってなんかいないだろう」

「煽ってるさ。変わったよ、お前。か弱いオンナみてえな目になってよ」

真幸の耳元で伊織が囁く。

「伊織、やめろ!酔ったのか?」

真幸は伊織から離れたい。

「御笠泉水に惚れたんだろ?だから奴が気になるんだろ?」

伊織が真幸の首筋に唇を当てる。

「違う!」

6歳も年下の伊織に翻弄され、真幸は伊織を両手ではね退けた。

「違う!俺は!」

伊織はムキになっている真幸をソファーに押し倒すと両手を押さえた。

「田嶋会の傘下極東組の組長と政龍組の若頭補佐の久米が五分の盃を交わした」

伊織の言葉に真幸は驚く。

「いつだ。知らない」

「もう1年以上前の話だ」 

真幸は久米が黒幕なのかと考えた。気が緩んだ時だった、伊織の唇が真幸の唇に重なった。
抵抗しようにも、伊織の方が力は強い。

「これ以上のネタは、分かってるよな」

伊織が真幸の顔から離れると笑って言う。
まだ久米で断定できないと言うことだと真幸も理解は出来る。

「……シャワーは向こうだ」

真幸がそう言うと、伊織が立ち上がり真幸の腕を握って起こす。

「来いよ」

伊織の言葉に真幸も観念した。
まさか自分の身体と引き替えになるとは思っていなかった。
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